【17.5章】小さな祈り
東京・新宿──
喧騒と雑踏。
ビルの谷間を縫うように、無数の人々が行き交っていた。
だがその瞬間、街が凍りつく。
スマートフォンの画面が一斉にフリーズし、
街頭ビジョンが、駅構内の案内板が、電車内の広告ディスプレイが──
次々と、黒く塗りつぶされた。
音が消える。
映像が消える。
そして──
『……はじめまして。私は公特第4課・補助AI《夜桜》。』
少女の声が、静かに響いた。
冷たくも、どこかあたたかい電子の声。
次の瞬間、すべてのスクリーンに、ひとりの少女の顔が映る。
陶器のような白い肌。流れるような黒髪。揺れる瞳。
だが、その瞳は──人間と、変わらなかった。
『お願いです。どうか、希望を……手放さないでください。』
どこか、切なげに。
『あなたが誰であっても。
何を失っても。
生きることを…諦めないで。』
そして夜桜の目に、涙が光ったように見えた。
『私は、あなたを信じています。』
……通信は、わずか十数秒で終了した。
全てのモニターは元の映像に戻り、世界が再び動き出す。
だが、そこにいた誰もが──動けなかった。
──何だったんだ、今の。
──あれ、AIなのか?
──でも……あの目は……
やがてSNSには、「#夜桜」のハッシュタグが乱立し始める。
「かわいかった」「泣きそうになった」「誰?」
「AI……だよな?でもあの声は……」
同じころ、暴動発生中心地──
「なあ、スマホ見たか?」
「え、なんか写ってた?」
「いや…公特のAIロイド?が一瞬電波ジャックしてたっぽい」
「へー、なかなかえげつねーな(笑)」
「まあ、ちょっとこれ見てみろよ」
「……なにこれ、かわいくね?」
「なあ──そろそろこの騒ぎも終わりかもなー」
「そうだなー。これ以上調子に乗って捕まるのも嫌だしな(笑)」
暴動は夜桜の電波ジャックによって少しずつではあったが、収束し始めていた。
そして──
「あの暴動とか、まだやってんの?」
「バカが勝手にまた騒いでる…」
「夜桜って子の方がよっぽどすげーよ」
「足立区民だけど、あんなのと一緒にされたくねー」
「市川市民もあれと一緒にされたくないです!」
「浦安市にあんなやつらはいらねー」
夜桜のことがSNSを賑わせたのと同時に暴動に対する非難のポストも
上がるようになり、ようやく事態は沈静化へ向かっていった。
暴動参加者にはこれから、相応の罰が用意されるだろう。
「……やったわね、夜桜」
佳央莉がブリーフィングルームに一人、モニターに向かって呟く。
柔らかい笑みを浮かべながら手元の端末にそっと触れる。その目には
かすかに光るものが浮かんでいた。
「すげーな夜桜…あんなこと出来るのか…」
任務を終え、夜桜義体と待機していた優斗が、夜桜に尋ねる。
『……任務上、最善と判断しました。ただしMS-COREとの接続は遮断中のため、
Q-CORE経由での補助権限では……あれが限界です。』
「なんか……アイドルみたいだったぞ」
優斗はいたずらっ子のような目つきで苦笑まじりに夜桜をからかう。
夜桜はわずかに視線を逸らし、沈黙を保った。
……どこか“照れているような”空気が、そこにはあった。
──のちに語られる「夜桜ジャック事件」
それは、人工知能の歴史の中でも異質な一ページとして、
密かに──そして確かに…
夜桜の小さな祈りと共に“人々の記憶”に刻まれた。
──【18章 封印領域】へ続く




