【17章】サンプル
西新井・旧電機系工場跡地──
錆びた鉄の匂いが鼻をついた。
優斗と夜桜は、ほんの微かな月明りを頼りに、構内へゆっくりと
足を踏み入れた。
瓦礫と鉄骨が散乱する空間。広さの割にどことなく空虚な
雰囲気を感じる。
(──ここも外れか…?)
若干期待外れだったことを残念に思いながら進む。
しかし、決して油断はしていない。
『サーチライト必要ですか?』
「わざわざ敵にこっちの位置を知らせることはないさ」
優斗は周囲に気を配りつつ、夜桜に戦闘指南をしながら進む。
(夜桜が本当のバディになるとはな…)
警戒を深めつつ、二人は倉庫の奥へと進む。
──中は、月明りすら飲み込まれるような暗闇だった。
しばらくの間、慎重に進んだ時──
『…優斗さん、前方10メートルに無機物反応。おそらくアシストロイドと…
ドローンを数体確認です。」
夜桜は静かに解析結果を報告してきた。
「でかした夜桜」
優斗は右腿のホルスターに指をかけ、H&K USPコンパクトを引き抜き
銃口をわずかに下げたまま、静かに構える。
『…来ます』
──その瞬間
ブゥゥゥゥゥン……!
不快なプロペラ音が闇を切り裂く。
夜桜が告げるのと同時に3機のドローンが、上空から円を描くように飛来した。
『上空3時方向、1機接近。』
優斗は一歩前へ踏み出し、
鋭く銃声を鳴らした──
パパンッ──!
1機のドローンが、火花を散らして即座に墜落。
残る2機が一斉に旋回し、閃光弾を放つ構えを取る。
夜桜はいち早くドローンの動きを察知していた。
『閃光弾──!』
優斗はすかさずナイトゴーグルを外す。
バシュッ!
爆ぜた閃光の中からドローン2機が突っ込んできた。
『直上2機接近!』
「オーライ!」
パパパパンッ!
4発撃った内の2発がそれぞれ2機にヒット、火花が舞う。
青白い炎につつまれたドローンが落下し始めた。
『優斗さん、離れて!』
ドローンには発火物が仕込んであった。青白い炎の次は真っ赤に燃え、
撃たれた衝撃で明後日の方向に飛びながら墜落していった。
「子供騙しもいいとこだな…」
ドローンが全て墜落し、空気が再び静まり返る──
だが、沈黙は束の間だった。
ギィ……ギギィ……
鉄を引きずるような異音が、倉庫の奥から響く。
「……来るぞ」
優斗が小さく呟くと、暗闇の中からゆっくりと“それ”が姿を現した。
長身の人型フレームに、光を反射する無機質な装甲。
両腕は異様に太く、手には電磁式の警棒のような機構が備わっている。
──アシストロイド。しかも、警備仕様の強化型。
続けて、もう一体。同型の機体がその後に続く。
『2体とも、旧型JSPD系列警備ユニット。ただし、動きが……
独立制御に見えます。』
「AIか……誰が仕込んだ?」
そう呟いた瞬間、2体のアシストロイドが同時に突進を開始した──
その2体は無言のまま、地響きを立てて迫ってくる。
「下がって!」
優斗は夜桜を制し片膝をついて構えた。
ドォン──!
先頭の機体が異常な速度で突進し、警棒を振りかぶった。
瞬間、優斗は横へ跳び、空振りした一撃が床を抉る。
『右腕の関節部に隙間! 狙って!』
「了解──!」
パパンッ! パパンッ!
関節付近の装甲に2発。だが弾は弾かれ、金属音だけが鳴る。
(装甲、硬すぎるな…!)
2体目が回り込むように動き、挟撃の態勢を取ってくる。
しかし、敵の動きを解析していた夜桜が、今度は──
『優斗さん下がって!』
ブーストをかけ、滑り込むように前に出た。
義体の脚部が唸り、彼女は1体目のアシストロイドに向かって加速した。
ズガァッ!
夜桜の踵が、相手の膝関節に正確にヒット。
体勢を崩したところへ──
「そこだっ!」
優斗が至近距離から、顎下へと撃ち込んだ。
パァン!
煤混じりの煙が舞うと焦げたような匂いが鼻をつく。1体目が
膝から崩れ落ちた。
「1体撃破──夜桜、もう1体!」
『──後方!』
2体目が2人の背後から警棒を振り下ろす。夜桜は体をひねって躱し、
反対側へ滑り込む。
優斗はそのまま横へ跳び、空中で引き金を引いた。
しかし──
ガキンッ!!
「ちっ……!」
優斗の弾はロイドの肩装甲に当たり、軌道を外れる。
『優斗さん、後方接近中!』
振り返ると、もう1体目の機体が、まだかろうじて動いていた。
半壊ながら、這うように夜桜へ近づこうとしている。
(これ以上、夜桜には──)
着地と同時に1体目の頭部めがけ3連射。
パパパンッ!
3発のうち1発が目の位置にヒット、頭部を破壊し1体目は完全に沈黙した。
そこから優斗は一気に距離を詰め、2体目の警棒を躱し、背後へ回り込み
左上腕部からナイフを抜いた。
──ザクッ!
ナイフを逆手に持ち替え、隙間を狙って滑り込ませる。
関節を砕くように捻ると、機体は短く痙攣し、そのまま崩れ落ちた。
『……戦闘ユニット、全機停止確認。』
夜桜の声に、優斗は息を吐いた。
「……アシスト用のわりには、よく動くな」
夜桜がなぜか今の優斗の言葉に反応する。
『私も負けていないと判断しますが……』
優斗は少し驚いたが、
「…そ、そうだね、うん」
(なんか段々人間みたいになってないか…?)
そのときだった。
倉庫の奥、淡い青色に光るロイドが──
2階からゆっくりと姿を現した。
『実に見事な戦闘、コンビネーションでした。そして…前回のD-3ブロックに
続いて、あなた方の戦闘データまで取れた…電波ジャックも完了、これで私の
役目も無事終了です。』
「……俺たちを試すために、これを仕掛けたってのか」
と、歯噛みするように吐き捨てた。
『データ収集はついでといったところでしょうか──我が主は、簡単に居場所を
探知されるような粗は見せません。』
「お前の主人は誰だ!どこのどいつだ!」
優斗の声が鋭くなる。
『そんな事、私が話すと──』
──パパパンッ!
ミスターが告げ終わらないうちに残響のように銃声が響き、
優斗のH&K USPコンパクトが火を噴いた。
ミスターの義体は、一瞬遅れて膝をつき、無言で崩れ落ちた。
『優斗さん…」
「まんまとはめられた。こいつに尋問したところで口を割るはずがない」
倉庫の奥にあった機材類を回収し、優斗たちは倉庫から引き上げた。
焦げた匂いが微かに残る倉庫から出てきた優斗たちは、肩をひとつ落として
息を吐いた。
しばし沈黙が流れる。夜桜の姿が視界の端にある──
月明りを受けて立つそのシルエットは、もう“道具”ではなく、“相棒”としてそこにいた。
(佳央莉さん…どこまで想定してたんだ…)
──【17.5章 小さな祈り】へ続く




