【5章】緊急対策会議
政府庁舎地下、防衛危機対策センター。
国家有事の際に稼働する特設会議室──そこに、主要省庁の
幹部たちが集結していた。
会議室には、重く張り詰めた空気が流れている。
防衛大臣が静かに声を発した。
「……現状報告を」
内閣特務機動隊の幹部が即座に応じる。
「今回の暴動は、公特第4課による夜桜のカウンターコード散布が奏功し、
沈静化に向かっています。
感染AIデバイスの駆除率は現在85%に到達。夜桜は現在もウイルス散布を
継続中です」
特設防衛支援部隊長が、報告に補足を加える。
「特機隊の増援も間に合い、現在は収束の見通しが立ちつつあります。
しかし、完全な鎮圧にはなお時間を要する見込みです」
情報局長が、さらに次の報告を促す。
公安幹部はやや渋い表情を見せ、言葉を継いだ。
「SNS上で拡散された“機動隊による一般市民への暴行”のフェイク映像が
引き金となり、新たな暴動が発生しています。
こちらは初動が遅れたこともあり、現在も混乱が拡大中です」
防衛政策局長も、低い声で重ねる。
「……警察戦力だけでは限界が近い。
我々が後手に回ったのは、現場判断を優先した結果です。
責任を取る覚悟は出来ています」
室内に、一瞬の静寂が落ちる。
誰もが、この事態の深刻さを改めて噛みしめていた。
情報局長が、核心に踏み込む。
「──中央管理AIの状況は?」
公務特任第三課幹部が表情を引き締め、簡潔に答えた。
「大量負荷により、補助プロセスに不安定性が生じています。
現在は補助AI《夜桜》が防御処理を継続中。
NS-CORE本体は、かろうじて中枢稼働を維持しています」
「つまり──NS-COREは、既に危うい均衡の上に立っているわけだな」
情報局長の冷静な声が、会議室に響く。
張り詰めた静寂を切り裂いたのは、防衛政策局長だった。
「……今回の暴動は、国家中枢AIの制御崩壊を狙った、極めて計画的な破壊工作と推測されます。
外乱とサイバー攻撃の連携は、極めて巧妙です」
「首謀者の特定は?」
公特第三課幹部は、小さく首を横に振った。
「現時点では、特定に至っていません。
反政府勢力、国外組織、AI犯罪ネットワーク──
複数の勢力が関与している可能性も否定できません」
再び、重い沈黙が室内に降りた。
……そして、ひときわ異質な静寂が、会議室の空気を変える。
情報局長の視線が、会議テーブルの一角へと向けられた。
その場に同席していた内閣特務機動隊長官にして公務特任第4課設立の
立役者──霧島長官は無言のまま腕を組み、会議に耳を傾けていた。
視線は鋭いまま、しかし口を開くことはない。
白髪混じりの髪、隈のある目元。だがその眼差しには一分の曇りもない。
……いや、正確には──曇りがないように“見せている”だけかもしれない。
霧島の、その存在感は“格”を超えていた。
無言で状況を見つめている──この場では“官僚の一人”に過ぎないはずだが、
なぜか、空気は彼を中心に回っているようにも感じられた。
情報局長が、踏み込む。
「結局、AIが暴走した責任はどこにあるのかね?
君たち第4課にも監視責任があったはずだが?」
霧島長官は重々しく、鋭い眼光を放ちながら返答する。
「責任の所在は、全て解決してからでも遅くはない。
我々は“防げなかった”が、我々ならば“止められる”事も事実だ」
その言葉には、単なる官僚の枠を超えた“意思”があった。
防衛大臣すら、これには異を唱えなかった──
それが、この男の“位置”を何より雄弁に語っていた。
情報局長も怯みながらも続ける。
「い、いずれにせよ、これは国家中枢の情報戦だ。
首謀者の特定が遅れれば──すべてが手遅れになる」
冷たく重い空気の中で、会議は続けられていった。
──
優斗はモニター越しに霧島の横顔を見つめていた。
表情はいつもの無表情。だが──わずかに揺れた瞬きを見逃さなかった。
霧島の動揺を感じ取っていたのだった。
(……長官も、何か気づいてる…?
──それとも、気づいていて“言えない”のか?)
そして、その水面下で──
すでに、NS-COREの深層システムに向けて。
静かに、異変が侵入を始めていた。
──【5.5章 いつかの場所】へ続く




