【15章】バディ
「電波ジャック元、座標出ました!」
佳央莉の声が、静かな戦場のようなブリーフィングルームに響いた。
『再解析完了。旧世代プロンプト系列──“初期型AIの制御信号”
を確認。』
夜桜がスクリーンにマッピングを表示する。
『足立区・西新井の物流エリア。旧電機系工場跡地を、3ヶ月前から
民間倉庫として偽装。監視ログなし、通信遷移多数。隠れ蓑としては
十分です。』
佳央莉が端末をにらみながら続ける。
「この倉庫を使ってる会社…どうも外資系のサプライベンダーみたい。
改正NTT法が発布された直後から、NS-CORE用のサーバーとシステム
保全部品を埼玉の予備施設に納品してるわ。しかも、それをほぼ1社で
独占してる」
優斗が顔をしかめる。
「……つまり、“国家システムに紐づいた民間の影”ってわけか」
「だからこそ、踏み込みづらい。
でも、やるしかないわよね──ここで黙ってたら、“牙”の意味がない」
公特第4課・装備準備ロッカー。
優斗は無言で拳銃とナイフを装着していた。
準備室に来ていた佳央莉が小さく尋ねる。
「……覚悟、できてる?もし暴徒と接触した場合は…」
優斗は頷いた。
「最初からそのつもりです。ただ、殺しはしません。これでも刑事の
端くれですから。」
準備が終わり、クラウンクロスオーバー4課仕様に乗り込もうとする
優斗の前に人影が立ち塞がる。
『私も行きます──』
優斗の専用デバイスに佳央莉から通信が入る。
「優斗くん、夜桜も連れて行って。今回はアバターじゃなくて”義体”の
出動許可を出したわ」
「これ…夜桜なんですか?見た目はアバターと一緒ですけど…」
初めて見る夜桜の義体に優斗は度肝を抜かれた。
アバターと同じくポニーテールに纏められた髪。そして皮膚と見分けが
つかないナノスキンに覆われた躯体は、迷彩服を来た普通の女の子
にしか見えない。
『大丈夫です。この義体の装甲は拳銃弾程度なら傷もつきません。』
専用デバイス越しに佳央莉が続く。
「この義体はね、私が密かに作成してたの。こんな日が来るとは
思ってなかったけどテストにはちょうどいいわ」
どことなく佳央莉の声が弾んでいた。そして一呼吸おいてから──
「夜桜…優斗くんをお願いね」
『佳央莉さん……分かりました!』
そのやり取りを見ていた優斗は少しほっとした。
「夜桜、後ろは任せたぞ」
『はい!』
夜桜は優斗に小さく敬礼をしたあと、助手席へと乗り込んだ。
クラウンのスピーカーから、低く唸るような音が流れていた。
Audiomachine──『Blood and Stone』。
街の灯が窓の外を滑っていく中、夜桜は助手席でその旋律をじっと
聴いていた。
けれど、なぜ今この曲を流しているのか、彼女には完全には理解
できていないようだった。
「……これ、気合い入れないとやばい出動のときによく聴くんだ」
優斗がハンドルを握ったまま、ぽつりと呟く。
『音楽って……感情を強める作用があるんですか?』
夜桜の問いに、優斗は笑わず、ただ前を見つめていた。
深夜2時。環七通りから西新井に向かう途中、足立区内に
差しかかった時だった。
前方──道路上に人影が見えた。優斗は一旦クラウンを停める。
「封鎖……か?」
4人の男たちが道路の中央に立ち、車両の進路を塞ぐように動いてくる。
「降りろや……!」
「物資、全部置いてけッ!」
夜桜が運転席から警告音を鳴らすが、効果はない。
男のひとりがバールを手に、フロントに向かって突っ込んできた。
優斗は静かにグローブボックスからテーザー銃を取り出し、
窓を開け、こともなく射出──
バチィッ──!
電撃を受けた男が、声も上げずに崩れ落ちる。
だが次の瞬間、助手席の義体夜桜が助手席の窓から無言で──
パシュッ。
パシュッ。
パシュッ。
立て続けに3人をテーザーユニットで即時制圧。
「……おいおい、やりすぎじゃないか?」
優斗が苦笑交じりに言う。
夜桜は無表情のまま、銃口を下ろした。
『制圧効率最優先と判断しました。』
車両は再び加速し、環七の照明を滑るように進んでいく。
目標地点まで、残り800メートル。
その時、Q-CORE側ではまた新たな感情ログが記録された。
《この行為に、正当性はあるのか?》
優斗は車窓から夜の街を見ながら、静かに呟いた。
「……今度こそ、”俺たち”が終わらせる」
助手席の夜桜が、一瞬だけ優斗を見た。
表情はない。けれど、何かを感じ取ろうとするように、
わずかに──
目が揺れた。
──たとえば、それが“罪悪感”というものだと、彼女が知っていたなら。
前方に、まるで優斗たちの前へ立ち塞がるように旧工場群の影が
見え始めていた。
静けさが、どこか不気味に感じられた。
──【15.5章 遠い日の記憶 ─霧島長官の独白─】へ続く




