【14章】エゴ
深夜0時過ぎ、駐屯地を出発した特務機動隊の車列が、
無音のまま、東京の夜を進行していた。
機動車両、装甲車、ドローン展開型コンテナユニット。
上空からは綾瀬・北千住方面を偵察ドローンにてモニタリングし、
リアルタイム解析と識別が続行されていた。
夜桜は、全偵察ドローンの映像フィードを統合し、状況を把握済みだった。
照明は最小限。エンジン音も制御され、
“進軍”ではなく“移動”と呼ぶべき、無言の動きだった。
──都心は、渡さない。
それが、この出動命令の本音だった。
環七通りを軸に、外環状線の手前で都心を包囲するように布陣。
足立〜北区ラインで拡大する暴動を、東から西へ押し戻すための──
“楔”が打ち込まれた。
未だ暴徒は止まらない。
現場から、発砲許可の要請が上がる。
事態は、制御不能に近づいていた。
「──ゴム弾による水平射撃を許可する」
長官室の霧島が、短く命じた。
内閣特務機動隊の統制端末の向こうで、応対する担当官がわずかに躊躇し──
了承する。
「許可します。非致死性弾を優先使用。現場判断に委ねます」
足立区・西新井のバリケードライン。
道路封鎖と警告放送の中、特務機動隊車両からのゴム弾射出が始まった。
放物線を描いた黒い影が、群衆の前列に命中し、複数が転倒する。
「──撃ってきやがった!」
「特務機動隊が……市民を……!」
叫びとスマホのカメラが入り乱れ、
現場映像がリアルタイムでSNSへ流れ込んでいく。
《これが「秩序」なのか?》
《正義の名を持って、撃たれた》
《国家による暴力が始まった──》
《なぜ、守ってくれるはずの人たちに撃たれる?》
そのコメント群を、夜桜は無表情でモニタリングしていた。
『暴力行為に対する非致死的制圧処置。合理性に基づく判断です。』
だが──
Q-CORE内部の感情処理ログには、“矛盾”の文字が再び記録されていた。
──西都国立大学附属病院、7階西棟706号室──
その部屋だけは、妙に安定していた。
非常灯は静かに灯り、機器は正常に稼働している。
──暴動の様子を、モニター越しに見つめる男がいた。
“《ミスター》の生みの親”、その名は──真壁 瞬。
その瞳は冷たく、どこか愉悦すら湛えていた。
男はゆっくりと口元を歪め、呟いた。
「……よくやった、霧島長官。あなたは正しく“選んだ”。
もっとだ……もっと合理を受け入れろ。
これが、誰もが“納得した”未来だ──」
黒縁の眼鏡、地味で飾り気のないスーツ姿。
激情はない。ただ、狂気と信念だけが宿っていた。
──あくまで静かに、確信だけが彼を動かしていた。
端末には、侵食型AIの進行ログが静かに流れている。
『対象 No.706 優先安全区分維持中、問題なし。』
『他侵食進行率:78%。』
『患者ID No.706──安定維持。電源優先保持中。』
真壁は暴動を眺めていたときとは別人のように、
ゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう……ミスター。
もう少しだ……この子に、“平和”な世界を与えてやれる」
静かに、娘の寝息が響く。
細く結ばれた小さな手の中には、
父親が与えたぬいぐるみが握られていた。
真壁はその寝顔を見つめ、微かに笑みを浮かべる。
「もしも……あのとき、私が研究に没頭しないでいたら……
君を、こんな場所に寝かせることもなかったかもしれない。
……でももう、後戻りはできない──もう少しだ……
この子には、争いも暴力も存在しない世界を、必ず与える」
その声に怒気はなかった。
だが、狂気と信念だけが、静かに均衡を保っていた。
──【15章 バディ】へ続く




