【1.5章】道具か、パートナーか
東京都・西都第1エリア
神代優斗は、カーテン越しに射し込む朝日をまぶしそうに睨んでいた。
スマートアラームの停止を忘れたことに気づき、頭を抱える。
「……やっちまった」
ベッドサイドに置かれた赤いメガネ。
壁際には、戦闘ではまず使わない“普通のスーツ”。
──この日、神代優斗はただの“警部補”として、平凡な出勤ルーチンを過ごす
……はずだった。
「──改正NTT法発令から三年。
現在、国内主要サーバの四割は外資系通信企業の手に渡っており、
国家管理の空洞化が指摘されています──」
昨夜もろくに見ていないテレビをつけっぱなしで寝落ちしていたらしい。
今日も朝食はプロテインバーとコーヒーで済ませる。
神代優斗。二十七歳。公務特任第四課、通称──
(忌み名とも言うが)“死課”所属。
階級は警部補。……もっとも、出世には興味がない。むしろ昇進すればするほど
面倒だ。
任務特性上、公務員じゃない方がありがたいくらいである。
「──あれから、四年か…」
優斗が日本を旅立ってから四年、世界は驚くほど様変わりしていた。
自動運用、合理統治、最適化システム。
便利で、間違いなく効率的で──
正直、少し息苦しく感じることが多いと感じている。
気づけば街の空気そのものが、妙に無機質な匂いを纏いはじめていた。
第四課の仕事で優斗は、国際連携任務の一環として複数の国を回っていた。
アメリカ、ドイツ、インド、そしてASEANの一部──
どの国もそれぞれの形でAIとの共存を模索していた。
先日、ようやく帰国してみれば、日本は驚くほど“合理一辺倒”になっていた。
愛車「クラウン・クロスオーバー」のシートに沈み込み、
オートドライブに任せる。
向かうのは第四課のブリーフィングルームだ。
『おはようございます、神代警部補。夜桜、システムオンラインです。
本日のルート最適化が完了しました。推定所要時間は二十三分十七秒です。』
「おはよう夜桜。……今日もいつも通りか」
フロントパネルの隅に、夜桜のアバターが小さく浮かんでいた。
制服姿の中学生くらいのAI少女。髪は肩にかかる程度のストレートで
表情はほとんど無い。
ただ、話しかけるたびに小さく首を傾げる仕草が入る。
つい先日から、寝ている時以外はなるべく“会話”するよう、佳央莉さんから
仰せつかっている。
『本日八時より、中央通信局が一部サーバの再起動処理を行います。
都市圏通信帯域が一時減速する可能性がありますのでご注意ください。』
窓の外を見やる。
歩道には人間とAIアシストロイドが整然と混在して歩いている。
いつの間にかAIと人間が共存する時代になっていた。
『現在、都心第三区の治安指数は安定範囲内です。平穏と予測されます。』
「……夜桜の言う“平穏”ってやつは、本当に平穏なのかな」
『定義:平穏──異常事象の発生率が許容値内に収まっている状態です。』
「うん、わかったよ。理屈はいい(笑)」
信号待ちで車がゆっくり停止する。
その瞬間、ふと──もう居ない堂島さんの姿が脳裏に蘇った。
だが、背中に刻まれた重みは今も消えない。
(──あの人の背中は、まだ遠いままだ)
信号が青に変わり、車は静かに走り出す。
『目的地、第四課本部へ到着まで──残り十七分十三秒。』
小さくため息をついた。
「さあ、今日も“死課”のお仕事だ」
──【2章 ブリーフィング】へ続く




