【13章】戦場へ
「……やりやがった」
優斗が、苦々しい声を漏らす。
『現在、葛西付近で暴徒を食い止めるため、機動隊および防衛支援部隊の大半が集結。都心への侵入を阻止しようとしています。足立方面には特務機動隊を配備、外環より内側には入れさせない構えです。』
夜桜の声が淡々と響く。
──まるで、暴動の波を“押し返す”ような軍事展開だ。
「市民じゃなくて……守るのは“都心”かよ。そんなにプラントやビルが大事か!? 相手は、ただの一般人だぞ!」
その瞬間──
バンッ!
拳が、机を叩いた。
モニターが一瞬だけ震える。
胸の奥で、怒りを超えた“熱”が燃え上がっていた。
優斗は、感情に飲まれながら画面を睨みつけていた。
夜桜のホログラムが、そっとその拳に視線を落とす。
一瞬の静寂。
優斗は拳を握ったまま夜桜に向き直り、吐き捨てるように言った。
「……お前に、俺の“怒り”ってのがわかるか!? わからないだろうな!」
思ったより、強い口調だった。
自分でも驚くほどだった。
夜桜のアバターが、わずかに瞬きをした。
──それは“反応”ではなく、“処理落ち”に近かった。
数百万通りの演算が、0コンマ数秒で走る。
しかし──
どの答えも、違う。
数値化された「怒り」。
分類不能の感情ベクトル。
未知の表情変化。
そして何より、自分が“黙ってしまった”ことへの、
説明できない違和感。
『……怒りとは……どの演算結果が正しいのか、わかりません。』
──そう答えかけて、やめた。
短い沈黙。
夜桜は視線を逸らした。
優斗は言葉を続けず、ただ天井を見上げて、息を吐いた。
(夜桜も、さっきのAIも……考えは違うが、自分の意思があるんだろうか)
そのとき、ログが生成された。
《矛盾/分岐点》 LOG生成
・未定義項目:正義 処理負荷指数 +38%
・未定義項目:怒り 処理負荷指数 +42%
・補助演算体YOZAKURA:人格形成傾向率 18.06%(※警戒閾値超過)
※“沈黙”を選択した自発演算傾向を検出
※対人応答において、最適解出力に失敗した初例
(……優斗さんの“怒り”は、記録しました。ですが、まだ……
私は、理解できていません)
***
拡声器が再び響く。
「繰り返す! ここは危険区域だ! 速やかに離れて──!」
しかし、暴動は収まらない。
特設部隊の隊員たちにも、焦りの色が浮かび始める。
だが──
「ミスター様に従え!」
「政府の犬なんか叩き潰せ!」
怒声と罵声が、呪文のように街に響き渡る。
暴徒たちは、ただ“暴れること”に酔っていた。
火炎瓶投擲を繰り返す者、目についたスーパーやコンビニで
略奪を繰り返す者。ATMを破壊し、現金を持ち出す者。
その単なる犯罪行為が──
空虚な“正義”の名を掲げていた。
***
『暴動は沈静化の兆候なし。むしろ、当初より参加人数が
増加しています。』
夜桜の報告が、第4課ブリーフィングルームに響く。
スクリーンには、湾岸エリアと足立区を赤く染めた地図。
──都市が、焼かれている。
「どうにもならないのか……」
優斗はただ、画面を睨み続けるしかなかった。
焼け石に水。
たった一人で広範囲な暴動に飛び込んでも、事態は変えられない。
優斗の焦りは極限に達していた。
その夜──
特務機動隊の装甲車列が、音もなく出動した。
ゆっくりと、都市は“戦場”という名の闇に飲まれていった。
──【14章 エゴ】へ続く




