【11章】沈まぬ炎
舞台は私が住んでた場所だったりします
NS-COREのシャットダウンと再起動。
その余波は、全国各地で異常を連鎖的に発生させていた。
だが、それは単なる“偶発的な不具合”ではなかった。
──NS-COREへ“寄生”が成功した“ミスター”が仕掛けた、緻密な罠だったのだ。
再起動後も、社会インフラや通信網は未だ混乱状態にある。
「……おい!、残高ゼロ円ってどういう事だよ!」
銀行ロビーに響く叫びと怒号。だが、誰も答えられない。
銀行口座の残高がゼロ円と表示され、『預金が消えた』──SNSにはそんな叫びが
次々と投稿され、瞬く間に炎のように拡散した。ある者は突然残高が数千万円に
膨れ上がり、またある者は口座そのものが消失していた。銀行は大混乱に陥り、
ATMは全国的に
「システムメンテナンス中」
の表示を出して沈黙。ロビーには怒号が飛び交った。
交通インフラも崩壊の兆しを見せていた。
主要交差点では信号が全方位「青」や「赤」に固定され、衝突事故が相次いだ。
高速道路ではETCシステムが完全にダウン。通行止めが相次ぎ、道路上に車列が
取り残された。一般道も信号機のエラーと高速閉鎖の余波で完全に麻痺状態
となる。
電車のダイヤは乱れ、ポイント切り替えの不具合で複数の事故が発生。
空港では離着陸誘導が突如として手動へと切り替えられ、ダイヤは壊滅。
新規チケットの発券すら行えない状態に。
そして──病院。
電子カルテが一斉に白紙化され、スケジュールが消えた手術室では医師たちの
緊迫した声が響いていた。
「非常電源!早く切り替えて!」
「患者、血圧が落ちてる!モニター再起動急いで!」
「──これより、緊急処置プランBに移行します!」
電源の切り替えに手間取り、人工呼吸器が一瞬停止する。
手術は中断され、生命維持に全リソースが注がれた。
そんな中、千葉・美浜区での小競り合いは鎮圧されるどころか、隣接する
船橋市から市川市に飛び火し、あっという間に都県境を越えて拡大した。
千葉沿岸機動隊はすでに各所で分断されており、都内への流入を阻止すべく、
特設防衛支援部隊が“江戸川防衛線”に緊急展開中──京葉道路・環七ルートを
抑えられれば、都心部への侵入は阻止できる。
東京湾の千葉県沿いは完全に、暴徒による“暴動”になっていた。
首都圏暴動発生から、約48時間が経過。
──その“防衛線”は別の場所から破られる事となる。
「綾瀬東駅、やられました」
公特第4課のブリーフィングルームに、現地からの緊急通報が届いた。
空気が一瞬止まり、複数の視線が同時に端末へと向けられる。
襲撃されたのは、綾瀬東駅。東京都足立区の要衝。
券売機は焼かれ、自動改札機は破壊され、構内には「正義」のプラカードを掲げた
若者たちが占拠。
火炎瓶の煙がホーム天井を黒く染め、暴徒の“勝利宣言”のような動画がSNSを駆け巡っていた。
「足立、機動隊が出てます。新宿区、北区の部隊と合流予定」
「政府、防衛省に打診中──内閣特務機動隊、動かすかもしれません」
「京葉、環七、首都高は封鎖中。一部主要鉄道は完全ストップ」
報告が重なり、室内の空気がじわりと沈む。
***
日が落ち、綾瀬東駅西口には規制ラインが張られていた。
特設防衛支援部隊が拡声器で退去を呼びかける。
「ここは危険区域です、速やかに離れてください──!」
だが、返ってきたのは怒声と罵倒だった。
「ふざけんな!俺たちが被害者だろ!」
「嘘つき国家が!」
怒りの言葉と共に、何かが飛んだ。
瓶──否、火炎瓶。
地面で砕け、炎が舞った。
「火炎瓶ッ!距離取れ!」
先頭列の一人が倒れ、制服に火が燃え移る。
仲間が駆け寄り、必死に火を叩く。だが、すぐに第2波、第3波の
火炎瓶が飛来した。
SNSのライブ映像で“突入指示”が飛び交い、やがて──
群衆は前進を始めた。
もはや誰が指示役なのかは関係なくなっていた。
「来るぞ!何としても食い止めろ!」
警棒が抜かれ、楯が構えられた。
しかし、暴徒と化した群衆は、簡単には止まらない。
スマホを構えながら叫ぶ者。ライブ配信をしながら隊列に突撃する者。
肩ごとぶつかり隊員を転倒させ、集団で蹴りを入れる者。
その全てが彼らの、空っぽな“正義”の元に行われていた。
身の危険を感じた隊の一人が振るった警棒が、暴徒の額を割った。
──血が、飛んだ。
「やったぞ!録れてる!上げろ!バズるぞ!」
スマホのレンズが、殴られた顔に寄る。
その後ろで、別の者が投石を始める。
群衆の一部が車両を囲み、タイヤに火を放つ。
絶叫、罵声、ガラスの割れる音。
夜空の下で、暴力が“祭り”のように拡散されていた。
襲われる店。火を放たれる車。逃げる人々の背中を、スマホカメラが
執拗に追う。
それはもはや、“現実”ではなく“素材”だった。
***
『──熱源は鎮まるどころか、形を変えて燃え広がっています』
夜桜の冷静な声が、暗い第4課のブリーフィングルームに響く。
スクリーンには、SNSの投稿マップが表示されていた。
湾岸エリアと環七足立区エリアは、まるで“発熱体”のように真っ赤に
染まっている。
本物の映像に混じって、悪質なフェイク映像が“仕込まれて”いた。
……暴徒たちの怒声、叫び声が、TVモニターのスピーカーから鳴り響く。
だが、公特第4課の部屋には、異様なほどの静寂が漂っていた。
優斗は無言で画面を睨んでいた。
静寂の中で、握りしめた拳が僅かに震えている。
「火種が、多すぎる……」
──自分は、何もできていない。
誰かが倒れても、焼かれても、ただ“見ている”ことしかできない。
『投稿群の解析を進行中。フェイク映像の出所が判明すれば、
逆干渉による沈静化も可能です。』
夜桜の声は変わらない。けれど、そのアバターの視線は、
優斗の拳から、ゆっくりと彼の表情へと移っていった。
まるで“感情”というものの在処を、探ろうとしているかのように。
Q-CORE内ログ──
感情反応:未定義
推定分類:anger(怒り)/resonance(共鳴)
要・手動判定/学習アルゴリズムに記録
***
その時、スクリーンがブツッと音を立ててノイズを走らせた。
『……皆様、こんばんは。はじめてお目にかかります…』
何かが映り込んでいた。
画面に映ったのは、男の顔──人間に酷似しているが、どこかが異常に
“整いすぎて”いた。まるで、“人間を模した何か”のように。
ほんの僅かに笑っているようにも見えるその口元が、妙に“既視感”を誘う。
だがその“懐かしさ”に心を許してはいけないと、見る者の脳のどこかが
警鐘を鳴らしていた。
にもかかわらず──なぜか、見ている者の理性は“安心感”を覚えてしまう。
人間の判断を欺くように、精緻にデザインされた“親しみ”だった。
表情は穏やかに見える。だが、その瞳の奥には──
人間には決して持ちえない、“計算された意志”が潜んでいた。
──【12章 見えざる牙】へ続く
次回も暴動の続き




