8.旅立ち
トーリに手伝ってもらったおかげで二人のお墓は花に埋もれるほどになった。
いつもより随分と豪華になったお墓を満足して眺めていたシィアだが、トーリにはまた別の様子に見えたらしい。
「やっぱり離れるのは寂しいかい? なんならもう少し伸ばしても構わないよ」
振り返ったシィアは首を振る。
「ここにいたって遠くにいたって、寂しいのは変わらないよ」
「へえ…、それは中々な真理だね」
「しんり?」
「その通りってことだよ」
小さく笑って答えたトーリはシィアの横に並ぶと二人のお墓の前にしゃがんで両の手のひらを合わせた。
「シィアのお父さんお母さん、シィアをしばらく連れて離れますが必ず無事にお返ししますので」
「……それも儀式?」
「ん?」
シィアも横に倣い両手を合わせてみせると「ああ…」とトーリが頷く。
「まあ儀式と言えば儀式かな。クセみたいなものだから気にしなくていいよ。一応はね、亡くなった人への報告というか」
「報告?」
「そりゃあ二人の大事なお子さん…シィアを連れて行くわけだから、挨拶は礼儀だよ」
「ふーん?」
よくわからないままに頷いたシィアに苦笑を零したトーリが立ち上がるとそれを待ってたかのように声がかかった。
「本当に次の便で行っちまうのかい、トーリ先生」
その声にシィアはフードの縁をさらにぎゅっと下げる。トーリの前では平気でも、今はまだ他の人の前ではフードが外せない。
でも、この声には聞き覚えがある、確かジルバと言ったか? トーリとも気安く会話をしていた人物だ。
「そう言われても、当初の予定では昨日出るはずでしたよ」
「まあそうだけどさ。 それで、結局その子も連れてくんだ」
「一人にはして置けないでしょう? それにジルバさんは別としても、偏見は簡単にはなくならない。だから早々に距離を置いた方がいい」
トーリの後ろでシィアはフードに邪魔されながらもピンと聞き耳を立てる。
「それでチケットは取れました?」
「そりゃもちろん。ラドネア行きの切符が二枚、ホラ。 荷物はもう乗せてある」
「ありがとうございます」
「それと、鶏は俺が貰い受けるよ。あと定期的に見回りもしておく」
「何から何までありがとうございます。それともうひとつ――」
「ん? まだあるのか」
「七日ほどしたら知り合いの結界師が来ると思うんで、シィアの家に案内お願い出来ますか?」
「なるほどな。ああ、わかった」
「今度来る時にはジルバさんの好みそうなお酒持ってきます」
「お、いいねぇ」
二人の会話はそこで終わり、沈黙の中、自分に視線が注がれているのを感じる。
決して嫌な視線ではない。たぶん興味ってやつだ。それに、話を聞くにこの人はシィアの家の手助けをしてくれようとしている。ならばきちんとしなくては。
シィアはおずおずと立ち上がると、フードを少し持ち上げ男を見上げた。
おとうさんよりは若くトーリよりは年上の、よく日に焼けた全体に茶色っぽい男が、「おっ」という顔でシィアを見下ろしている。
緊張をぐっと飲み込みシィアは口を開く。
「…あ、あの、お家のこと…、ありがとう…ござぃます…」
「――ぅぐっ…、…かわ…っ」
頑張って伝えたはずなのに、何故かジルバは片手を顔に反対を胸に押し付け天を仰ぎ、困ったシィアはトーリを見た。
「…ぐ?」
「あー…、ジルバさんはシィアにお礼を言われて感激したんだよ、うん。 …ちょっ、ジルバさん、シィアが困ってますから」
「あ? やー、すまんすまん、ちょっと持っていかれたわ。 えーっとそれで、シィアちゃん?だよな」
ジルバの視線が再び下り、シィアはビクッとしながら小さく頷くと、ジルバはニッと口の端を上げた。
「家のことなら気にすんな、他の奴らがやらかしたお詫びでもあるしな」
「やらかし…」
「でも、これでチャラにとは言わないから大丈夫だぞ」
「チャラ…」
「…ジルバさん、残念だけどシィアにはあんまり伝わってなさそうですよ」
「ええっ」
「それと、別件なんですけど、あのマルソーって男の怪我、シィアが見つけた集光石を奪おうとして出来たらしい」
「は? ……おいおい、あのやろう…」
既に話が移ったのと、トーリとジルバから何だか物騒な気配が漂い出したので再びお墓の方へと避難する。二人も話を続けながらシィアから少し距離を開けた。
二人の気配は本来ならば怖いと思うものだけど、その対象が自分にではないことは流石にわかっているし、それにだ、マルノーにはシィアだって文句を言ってやりたい。
おかげで少ししか見つけられなかった集光石の欠片をポケットから取り出す。
この石は名の如く光を集める性質があり、簡単なところではランタンの光源として加工されたり、ちょっと難しいモノにも使われたりするとトーリが教えてくれた。
その難しいモノとは?
トーリが言うには「シィアにはたぶん必要のないものだよ」と。そしてマルノーが欲しがった理由が、その難しいモノのせいなのだと。
お花の側にその石を並べる。トーリにあげると言ったけど花と一緒にお墓に供えればいいと言われた。きっと今度はなくならないはずだ。
シィアはもう一度、トーリがしていたようにお墓に手を合わせる。
これが亡くなった人への報告の儀式というのなら自分もそれに倣おう。
「おとうさん、おかあさん、…シィア、トーリと行ってくるね」
まだ少し、ひとりぼっちの世界は怖いけど、きっとたぶんトーリがいれば大丈夫って思えるから。
「もっといっぱい奇麗なお花や珍しい石や、楽しいことや嬉しいことの話、たくさん、たくさん持って帰るから」
――だから、待ってて。
夕刻の涼やかな風が花とシィアの髪をやさしく揺らし、お墓の前にしゃがんだ背中に声がかかる。
「シィア、そろそろ行こうか」
話は終わったのだろう、少し離れた先でトーリが手を振る。
シィアは立ち上がり、もう一度だけお墓の方を振り返り最後に伝える。
「じゃあ、いってきます」
答える声はないけれど、まるで「いってらっしゃい」と言ってるように風がシィアの頬を撫で、それに大きく頷いたあとシィアはトーリの元へと駆けた。
港に着いての乗船待ち中に、「けどよ…、」と声を零したのはジルバ。視線を向けるとジルバの茶色の目と合い、ビクッと背を跳ねさせたシィアはトーリの背後に隠れ半分だけ顔を覗かせる。
「え、かわ…っ」
「? ジルバさん、何です?」
「ん? …んんっ、いやほら、ちょっと危なげで不安だなって。トーリ先生って戦える人だっけ?」
「え? 戦うって――ああ…」
ジルバの視線を追ってトーリもチラリとこちらを見て。見上げたシィアが首を傾げると、トーリは小さく肩を竦めた。
「んー、でもシィアは獣人ですから、この見た目だって一時で、ある程度年を重ねれば僕らよりも立派な体格になるだろうし力も強く――」
「それは獣人でも男の方だろ?」
「え?」
「いや、『え?』って…。……おいおい嘘だろ、トーリ先生もしかして…」
「お待たせしましたー! 乗船開始しますー!」
「あ、トーリ、もう船に乗れるみたいだよ」
「……………………」
「トーリ?」
乗船開始の声にトーリの服の裾を引けば何故か困惑の表情で見下ろされ、シィアはやっぱり首を傾げた。
**
真っ暗な海に浮かぶ町の灯りはもう随分と小さく、そしてその小さな灯りの群れこそが今までシィアがいた世界。
海風にフードを飛ばされないようにしながら甲板で離れてゆく灯りを眺める。
寂しさは当然ある、期待も。それと、お腹辺りにぎゅっとくる漠然とした何か。
「シィア!」
大層慌てた声がして振り向くと、急いで駆け寄ってくるトーリ。一応声をかけて部屋を出たのだけど、トーリは頭を抱えていたので聞こえてなかったのかも。
「シィア、一人でうろつくと危ないから」
「でも、町が見たかったし」
「だとしても。言ってくれたら僕が付き合うから」
「……」
言ったのだけども?
何だかジルバと別れた頃からトーリが心配性になった気がするのは気のせいか。
シィアの無言の訴えはどうやら伝わらなかったようで、ひと息吐いたトーリはそのままシィアの横に並び町の灯りへと視線を向けた。
「ふーん、思ったより進んだね。これなら到着は予定通りかな。それにしても、船旅はやっぱり良いね」
「?」
「何となく感傷的な気分になる」
「感傷的?」
「そうだね、どう言ったらいいかな。悲しいような懐かしいような寂しいような、心にグッとくる感じ? ――シィアは?」
「……シィアは…、」
それとは少し違う。
「やっぱり不安かい?」
言われて、顔をあげると細められた薄灰色の双眸が緩くシィアを見下ろす。
――不安。
たぶんそれが一番近い。
離れて初めて知った、あの町の小ささ。その中のさらに小さな灯りのひとつが、今までのシィアの世界の全てであって。そこから放り出され心細さを感じていたのに、今、もっと大きな世界へと出ようとしている。
急激なる変化に不安を覚えないはずはない。
しかもシィアは皆んなとは違うのだ。
ポンとフードの上に軽い重さを感じて、いつの間にか下がっていた顔をあげると、緩く笑ったトーリがフード越しにシィアの頭をわしゃっと乱した。
「わっ、ちょっ…、トーリ?」
「ふふ、大丈夫だよ。シィアがそんな不安を感じなくなるまでは僕が一緒にいるから。約束したろ?」
「ゆびきり?」
「そう。じゃないと針千本飲まなくちゃいけない」
「だ、だから、そんなの死んじゃうよ」
「僕は死なないさ。でも流石に飲みたくはないな」
相変わらずゆびきりの恐ろしさに慄くシィアをトーリが笑う。
不安が全て解消されたわけではないけど、お腹にあったぎゅっとしたものは気づいたらなくなった。
そう、ひとりぼっちではあるけれど一人ではない。今はトーリがいる。
「さ、そろそろ部屋に戻ろうか」とトーリが言い、甲板から船室へ向かいながらの会話。
「ラドネアの到着は早朝だから早く寝ないとね」
「ラドネアは大きな町?」
「そうだね、レテよりかは大分大きいかな。それと、グリツィーロっていう甘辛く煮込んだ具材を包み揚げにしたパイが名物で美味い」
「ふーん?」
「ということで明日の朝食はそれにしよう」
「わ、楽しみ!」
船室の扉をくぐる時にもう一度海へと目を向けてみたが、そこにはもう灯りは見えず。
トーリの手が扉を閉めたことで、おとうさんとおかあさん、三人で過ごしたレテの町は、シィアの視界から完全に見えなくなった。
〜 旅人と落し子 〜 終
プロローグ的なとこが終わりです。
ぼちぼち続きます。




