6.望むのは
「それでシィアはどうする? いや、どうしたい?」
トーリが入れてくれた、温めたミルクに蜂蜜を落したものを飲みながらシィアは首を傾げる。
「どうしたい?」
「やっぱり、この家で暮らしたい?」
「……?」
トーリは何が言いたいのか?
「ここはシィアの…、シィアとおとうさん、おかあさんの家だよ?」
「ああ、うん、それはそうなんだけど…。でも、君がここで生きていこうと思うなら、少なからず他人と関わらないといけないよ」
「他の、…人と?」
「そうだね、どう見ても君はまだ子供だから、生活していく上では大人という存在が当然必要だ」
テーブルに肘をつき組んだ指の上に顎を乗せたトーリは少しだけ難しい顔でそう話す。
諭されるほどに子供だという自覚はある。だからそこに反発はない。そしてその前の言葉、他の人と関わりることについてはおかあさんも言っていた。
自分一人だけで生きていくことの困難さはこの半年で身に沁みて理解した。それでも割りと頑張ったと思う。気が張っていたから出来たというのもあるけれど。
でも、破綻は直ぐそこに見えていた。
まず備蓄の食料は底をつきかけ、家の片付けはおろそかになり埃が目立ち初め、庭の菜園は草に埋もれて、飼育している鶏は一匹を残し全て獣にやられた。
とても一人で生きていけるとは胸を張って言えない。――だけど、
「…シィアは他の人とは違うから、皆んなきっと嫌がるよ」
「そんなことはない、…とは、気軽には言えないかな。なんせこの国は元々閉鎖的だし、この町も辺境だからね。他者を受け付けないってのはあるだろう」
そう肯定されてシィアは項垂れる。結局、シィアを好きになってくれる、愛してくれる人などいないのだ。
「それはシィアが『落し子』っていうのだから…?」
「ん? や、違うよ、君は落し子じゃない。昨日聞いてたろ? シィアは獣人だよ、獣人の子だ」
「おとうさんと…おかあさんの子供ではない…?」
「どうだろう。二人には会ったことがないから。でも町の人もそうは言っていなかったから、シィアのご両親は獣人ではないだろうね」
「そう…」
つまりはシィアは二人の子供ではないと言うこと。
でもそれは薄々感じていたことだ。
シィアの中にある本能的なものが、二人と自分は違う生き物だと言っていた。
さらに項垂れたシィアを見て、トーリが眉尻を下げる。はっきりと断言したわけではないけれど、ほぼ「そうだ」としかとらえられない発言をしたことを気にしてるんだろう。
けれど変に誤魔化されるよりはそっちの方がいい。
シィアは下がっていた耳をフルと揺らし元に戻すと、改めて目の前の男に尋ねた。
「その、トーリが話していた、シィアと同じって人はどこにいるの?」
「この国にはいないんだ。他の国にいる」
「どうやったら会える?」
「ああ、それで元の話に戻るんだよ」
――と、トーリが言うこととは、先ほど「どうしたい?」とシィアに尋ねたこと。
「良ければ君をその国に連れていってあげようかと」
「シィアと同じ人がいる国?」
「そうだよ。ここからは随分と離れているから、君がここで暮らすかどうかに関わらずしばらくは戻れなくなるけれど」
「しばらく?」
「人に頼んで最短で半年、僕が最後まで同行するなら寄り道が増えるからもっと伸びるかも」
半年――、おかあさんを亡くしてからの期間とほぼ同じ。長くもあるし短くもある。そしてそれを断った場合、自分はこの町で他の人たちと関わって生きていかねばならないということ。昨日あれだけ感情をぶつけてきた人たちと。
シィアは伏せていた視線をあげる。目の前にいるトーリからはやはり嫌な感情は感じない。視線を合わせたトーリが言う。
「まあでも、今直ぐに決めなくても大丈夫だよ。そうだなぁ、一週間くらいならまた遺跡にでもこもって待つから」
「遺跡? 一緒にはいれないの?」
「えっと、それは君の選択次第で。暫くは一緒に過すことになるかもしれないし、今この場でさよならとなるかもしれない」
「――あ…」
その言葉にシィアはハッとする。
そうだ、その通りだ。言うようにシィアの選択によってはこの白髪の男は今直ぐにでもここを離れてしまう。
「さよなら…?」
それは嫌だ、と心が訴える。昨日初めて会った人だというのに不思議だ。
そこからのシィアの決断は早かった。
「決めた、シィアはトーリと一緒に行く」
「え? それは他の獣人に合うってこと?」
「うん?」
返った言葉にシィアは目を瞬かせる。
トーリと離れたくないと思ってのことだが、そういうことになるのか?
返事の意味を肯定と受け取ったトーリは小さく眉をひそめる。
「そんなに直ぐに結論を出さなくても大丈夫だよ。君にとっては軽くない決断だろう」
これに対してシィアは大きく首を振った。
「トーリはシィアを嫌がってないでしょ?」
「え?」
「シィアには他の人の感情がわかるから。皆んなシィアを好きじゃない、でもトーリは違う。だからトーリと一緒に行く」
「あー…なるほど。でも、それは皆んな誤解してたのもあって、今のシィアをそのまま見せれば嫌がらない人だっていると思うけど?」
むしろ囲いたいと思う変態もいてそうだ…と、ごく小さな声でトーリは零す。優秀なシィアの耳はその声をきちんと拾ったがあまり意味が分からなかったのでスルーした。
「嫌がられない?」
「ああ」
「あの黒い人も、シィアを嫌がってなかった…」
「黒い人?」
「大っきな、黒くて怖い人」
「ああ…、バティスト大尉か。あれは確かに、うん…」
何故か緩く笑ったトーリを不思議に見つめながらもシィアは伝える。
「だけどやっぱりトーリがいい」
それが自分の心が出した答え。
シィアの結論を真正面で受け止めたトーリは一度目を瞬かせたあと目尻を軽く狭める。多少苦笑いに近いそれ。
「そうだな、自分で焚き付けておいて、あっさり頷かれれば慌てて諭そうってのは確かに変な話だ。…――よしっ」
独りごちるように呟いたトーリはパンッと軽く両手を合わせた。
「それじゃあ直ぐに結界師に連絡をとって、この家に保存の術をかけて貰おうか」
「…? けっかいし?」
「ん? ああ、特殊な力を使う職業の一種だよ。シィアは魔力ってはわかるかい?」
シィアは小さく頷く。
魔力とは全ての人が持ってるわけではない、でもとても便利なもの。
シィア自体そんなもの持ってないし実際に見たこともないけれど、おとうさんとおかあさんから何となくの話は聞いている。それに、家にある食料を保存する箱や料理をする時の焜炉も、魔道具師という人がいて、その人が魔力を込めて作ったものだとも聞いた。
「便利なもの、だよね」
「便利か…、まあ確かにそうだね。結界師もその魔力で仕事をしているんだ。名前の通り結界を作ったり保護や保存なんかも出来るんだよ。家は住む人が居なくなると直ぐに悪くなってしまうから」
「悪くならないように保存する?」
「そう。それと留守中の防犯を兼ねての結界も必要だな、うん。それであとは――」
一羽残った鶏の貰い先や、一応定期的な見回りを頼むことなど、テキパキと家を開けることの段取りをトーリは話し、よくわからないシィアはひたすら頷くだけ。
「出発は早くても大丈夫かな?」
それに対してもコクンと頷くと、トーリは「ああそうだ」とポンと手を打った。
「離れるに際してやっておきたいことはない? しばらく戻れないからね」
「やっておきたいこと?」
シィアは少しだけ迷ったあと、それならばとトーリにひとつお願いをした。




