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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 波立つ行く手 〜
49/53

49.船出

閑話的な感じです、全五話


「大丈夫、グエンダル?」

「うぅ…、駄目だ、無理、死ぬ…」

「えっ?」

「いや、ただの船酔いだから死ぬことはないよ。さあシィア、そいつは放っといてもう中に入ろう」

「おまっ――うっぷ…、…クソっ! 船ごときに負けるか!」

「……( 勝負なんだ… )」



 色々あったが結局予定通りトリポイから船に乗り、ログニア帝国のヒュルセイまでは一日と半日。

 それだけの時間を過ごすためレテから出る船とは大違いの巨大な船で、寝る場所や食堂、その他諸々の施設が備えられている。


 手すりで項垂れるグエンダルを残し、トーリと通路を行けば大きな部屋に出た。



「ここが二等客室用のサロンだよ」

「二等?」

「一応ね、客層の割り振りがあるんだよ。この階より上は一等客室で、少し面倒くさい人たちがいるからシィアは近づかないように」

「面倒くさいの?」

「ああ、貴族とかもいるからね」

「ふーん」



 そう言われたが別に用はないので近づくことはないだろう。

 シィアは割りと広い室内を見渡す。人はそこそこいる。みんな談笑していたり、休憩していたり、本を読んだりとくつろいでいる。

 ただ二人が室内に入って来たとき、皆んな一瞬奇異な目でシィアを見たが、でもそれだけで。すぐに自分たちの興味事へと戻ってくれたのは有難かった。

 気にしないとは言えジロジロ見られるのはやはり居心地が悪い。

 

 トーリに促され席につく。けど落ち着きなくソワソワと辺りを見渡すシィアに、トーリが笑って言う。



「まだ出航したばかりだから焦らなくても見る時間はいくらでもあるよ」

「うん…、そうなんだけど色々気になって」



 前に乗った船とは違いこの船は大きく、見るところが沢山ある。やれこれはなんだ、あれはなんだと部屋にある設備を指差し尋ねるシィアに、苦笑を浮かべながら答えてくれたトーリは「…ああ、そうだ」とポンッと手を打った。



「乗船してそのままだったけど一旦部屋に荷物を置きに行こうか?」

「部屋? 部屋って?」

「船で一泊することになるからね。雑魚寝場じゃなくて、ちゃんと部屋を取っておいたんだよ」

「自分の部屋があるの?」

「ああ。でもまずは鍵をもらいに行かないと」




 同じ階にある受付所に鍵をもらいに行く。それにしても広い。ここに来るまでにも通路やドアが沢山あって一人なら絶対迷子になっていただろう。

 キョロキョロしながら受付所があるロビーに入ると、壁に地図が張り付けてあるのを見つけた。



「トーリ、地図がある」

「ん? ああ、船内地図だね」

「ここで地図を見ていていい?」

「構わないよ。じゃあ僕は鍵をもらってくるから」

「うん」



 受付カウンターに向かうトーリを見送ってシィアは地図を見る。

 乗り込んだ乗船口、グエンダルを置いてきた甲板、そしてサロンから今通ってきた通路を指差しながら目で追う。

 

( なるほど、こうなってたんだ… )


 ウンウンと頷きながら地図を眺めている、そんなシィアの背後に近づく人影。鼻につくアルコールの匂いに振り向くと、顔を赤らめた男がシィアを見下ろしていた。



「なんだぁ、このちっこいのは? 頭に耳が生えてるぞ」



 アルコール臭い息を吐き、ジロジロと不躾にシィアを見下ろす男は見るからに酔っ払いである。だけど着ている服は上等そうで、トーリが言うところの貴族なのかもしれない。

 関わらない方が賢明だと横に避けようとしたら、行く方向にドン!と棒が横切る。男が、持っていた(ステッキ)を壁に突きつけたのだ。



「おい、話しかけてるんだぞ、答えろ」



 酔ってるからなのか、それとも元々の性格か、男は横柄な口調で言う。どうやら逃がしてはくれないらしい。

 シィアは小さく息を吐いた。



「…シィアは獣人だよ」

「は、獣人だぁ? ……ふん、シィアと言ったな? よく聞け、獣人はお前みたいな姿はしていない」

「でも…、シィアは獣人だから」

「まだ言うか。 …まぁそれにしてもよく出来た耳だな。ちゃんと動いてるし、本物みたいじゃないか」



 そう言って男の手が伸び、シィアは逃れるように耳を伏せる。


 ――と、



「そんなに触りたいならオレのを触ればいい」



 シィアと男の間に割って入った声。

 行く手を阻んでいた杖にも黒い手が掛かり杖がミシリと音を立てた。

 その手の主、グエンダルは男に顔を寄せ、見せつけるように耳を揺らすと鋭い牙を見せて笑う。



「ほらどうぞ」

「ひっ…!」

「遠慮すんなよ、何なら尻尾でもいいぞ」

「い、いや…」

「だから遠慮すんなって」

「い――、いやっ、ちょっと用事が出来たので失礼する!」



 男は赤かった顔を急速に白くして慌てて去っていった。



「あ、おい、この杖……ってもう使いもんになんねぇか」



 逃げてく男が置いていった杖は握った手の両側でダラリとぶら下がる。

 「どうすっかなコレ…」と頬を掻くグエンダルをシィアはじとりと見上げた。



「ズルい」

「あ?」

「グエンダルはズルい」

「は?」



 シィアの恨めしい声にグエンダルは怪訝な顔をする。

 でもだ、男の態度はあからさまだった。シィアには尊大な態度であったのに、グエンダルに対してはコロッと態度を変えた。



「シィアだって獣人なのに…」

「そうだぞ?」

「グエンダルみたいになればいいの…?」

「んん?」



 シィアは口を横に引っ張り牙をグッと出してみせる。

 やっぱり顔か、顔の怖さか。そう思って牙を出してみたのだけど、軽い笑い声が背中側から届いた。

 


「シィアがそうやってみせても怖くはないよ」



 戻って来たトーリが笑って言う。



「怖くない?」

「ああ、これっぽっちも」

「…じゃあグエンダルみたいにならない?」

「全くもって全然」

「いや、ちょっと待て、オレの顔が怖いってことか?」



 グエンダルの不満な声は聞き逃してシィアは肩を落とす。顔でも無理ならばやっぱりもっと大きくなってムキムキになるしかなさそうだ。

 そう言えばと、シィアはまだ納得のいかない顔のグエンダルを見た。



「船酔いは治ったの?」

「そんなの当然、気合で勝った」

「……やっぱり勝負なんだ」

「ん?」

「うんん、なんでもない」



 

 鍵が来たのでさっそく部屋に向かう。

 部屋は一階下にあり、狭い階段を下りると同じような狭い通路が伸びてその両側にドアが並ぶ。そのひとつにトーリは足を止めた。



「ところで、この部屋は僕とシィアの二人部屋だが、――お前は?」



 トーリが話を振ったのはふらりと後ろをついて来たグエンダル。



「ん? ああ、オレは大部屋だ」

「大部屋?」



 それはなんだと尋ねればトーリが答える。



「ほら、さっきシィアに言ったろ? 雑魚寝の場所があるって」

「ああ」

「そう、その名の通りデカい部屋で、皆んな適当に場所取りして寝るんだ」



 続いたグエンダルの声にシィアは「へえ…」と興味深げに目を瞬く。船内の探索をしようと思ってるのでそこも要確認だ。

 あとで大部屋を見に行く約束をして今はトーリが取ってくれた部屋に入った。



 部屋は、はっきり言って広くはない。

 けれどシィアが一際興味を引いたもの。

 


「凄い! ベッドが二段になってる!」

「船の面積が限られてるからね。こうなるんだろう」

「ね、トーリ、シィア上使っていい?」

「ああ、構わないよ」



 トーリが笑って頷くと、シィアは勇んで小さな梯子を登り上のベッドにあがる。流石にベッドの上で立ちあがることは出来ないが、シィアの身長なら座っていても天井までは十分空間がある。

 下から「気に入ったかい?」とトーリ。



「ふふっ、おもしろいね!」

「寝ぼけて落ちないように気をつけないと」

「うん」



 存分に上のベッドを堪能しシィアは身軽に梯子を下りる。

 他にベッドの横には小さな机と椅子が二脚あり、扉の正面の壁にははめ殺しの四角い窓。その向こうには青い海が見えた。

 窓から海を見ていると、シィアは段々とソワソワしだす。そしてトーリを見れば、机に座り何か用事をしているようだ。



「…トーリ、グエンダルのとこに行っていい?」

「ん? あー…、場所はわかってる?」

「地図には通路の奥に大きな部屋があったけど、そこで合ってる?」

「ああうん。じゃああとは、なるべくグエンダルから離れないように。さっきみたいな奴もいるからね」

「うん」



 どうやらトーリにも見られていたようだ。

 不服だけど余計なトラブルを避けるには、一人で歩く時はフードを被った方がいいかもしれない。





***


挿絵(By みてみん)

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