48.星空へ還る
トーリから受け取ったもの、それは淡い紅色の宝石のような石。
「これは、…魔石?」
「まあ、そうとも言えるし違うとも言えるかな。それはフランの核だよ」
「え?」
「フランの心臓とでも言えばいいか。フランの主人がフランを造った時に自分の魔力を石に込めて分けて与えたものだよ」
「…フランの…」
そういえば、トーリはフランの胸元から何かを抜き去った。それがこれか。
手のひらの石は炎にあおられ揺らめく。
シィアは視線をあげトーリに尋ねた。
「…これ、どうするの?」
「シィアに任せるよ。シィアが持っていてもいいし、特殊ではあるけど一応は魔石だ。加工して使うことも出来し、もちろん売ることも出来る。シィアが好きにすればいい」
「……、好きに…」
使うことも売ることも最初から念頭にはない。シィアは再び石を見つめ、しばらく考えたあとに口を開く。
「トーリ、魔力は何処にでも存在するって言ったよね」
「ん? ああそうだね。この場にも、森にも、海や川だって、微量の魔力は存在する」
「だったら、フランの石…じゃなくて、魂も、その中に解き放てるかな」
「解き放つ?」
心臓と言うならばそれは魂だ。
死んだあとにたどり着く海の果ての世界。その世界で魂は一度まっさらになり、再びこの現世へと戻って来るという。そしてまた近しい人に巡り会えるのだとシィアは教えられた。
それはシィアの知ってる宗教観だとしても。フランの、その魂が魔力だと言うのなら、この世界を巡るそれに乗せればいつか大好きなご主人の元にたどり着けるじゃないか?
そんなシィアの提案にトーリは目元を緩め「…なるほど」と頷いた。
シィアの手からまたトーリへと、フラン自身を思い起こさせる淡い紅色の石が渡る。
トーリはそれを手のひらに乗せ炎の上に翳した。
シィアの知らない言葉をトーリが呟き始めると、手のひらの石から小さな光がポツポツと浮かび始め、そして火の粉と同化し舞い上がる。シィアはつられるように上を見上げたら、そこには満天の星々。
光は紺碧の空を埋め尽くす星の瞬きの中に紛れ込み、シィアの目にはもうどれがどれだがなんてわからなくなった。
いつしかトーリの声は聞こえなくなり、終わったのかと視線を戻すと手のひらにはまだ石がある。ただし輝きは随分と褪せたように感じる。
「石…、まだあるね」
「ああ。でもこれはもうただの石だよ。シィアもさっき見てただろ」
トーリは空を仰ぐ。
そこにはもう光の痕跡はないけれど。
「シィアの願った通り、きっとフランは主人と会えるさ」
「うん…、だといいね」
今度目を覚ました時には、フランの横に大好きなご主人様がいてるだろう。
そして役目を果たし終えた石は再びシィアに戻った。今は取りあえずポケットにしまうが、今度小さな小袋を作ってアミュレットの紐に一緒に結びつけようと思う。
いそいそとポケットに石をしまい込む、そんなシィアにトーリが声をかける。
「シィア、フランのいた場所に移動した時に体に異変とかはなかった?」
そう尋ねるトーリの顔は割りと真面目で。シィアは軽く目を瞬かす。
「…別に、何もなかったけど?」
「痛いこととか?」
「うんん、全然。一瞬真っ白になって、気づいたらあそこにいた」
「そうか…」
トーリは思案顔で頷く。
さっき、グエンダルは弾かれたって言ってたけどその件だろうか。確か「条件」とも言っていた。
馬鹿だから弾かれる的なことは当然冗談だろうけど、じゃあその条件とはなんだ。
( トーリとシィアがいけて、グエンダルが弾かれる…? )
シィアとグエンダルならば獣人という括りでいけるけども、トーリとシィアじゃあ被るものがわからない。
結局トーリがそうやって冗談で終わらせたのには、きっと答えたくなかったのだ。なので尋ねても教えてはくれないだろう。
別にどうしても知りたいことではないので、まあいいやと中断していた食事を再会すると、背後の森でガサッと音がした。
「ほら、獲物狩ってきたぞ」
そう言って暗闇の森から現れたグエンダルが焚き火の横にドサリと落としたのは、毛が長くそして耳も長く、額に鋭い角を持った生き物だ。大きさは中型の犬くらいか。
「ジャッカロップだ」
「え!? ……それって…、魔獣だよね?」
「ああそうだ。魔獣でもこいつの肉は限りなく元のうさぎと一緒だ。煮ても焼いてもいける」
「うさぎ…」
シィアの眉がぎゅっと寄る。
「シィアいらない」
「え、何でだ? 美味いぞ」
「でも今は絶対にいらない!」
そう言い切ると、トーリが嬉々として話しを継いだ。
「まったく…、デリカシーのない男だな」
「あ? なんだよデリカシーって。オレそんな変なこと言ったか?」
「わからないのか? つまりはそういうことだ」
「だからどういうことだ!」
また言い合ってる二人をシィアは若干呆れた顔で眺める。でもグエンダルがフランのことを知らないのは当然で、タイミングが悪かったとしか言えない。
シィアが頑なに断ったためにジャッカロップは全てグエンダルの腹に治まった。そう、全部だ。
やっぱりあれだけ食べないと力が強くならいんだろうか?
その食いっぷりに感心していると、お腹が満ちて大変満足そうなグエンダルが「ああ、そうだ」とシィアに話しかける。
「ワイズがさ、シィアに会いたがってるんだけど」
「ワイズ?」
「会っただろ、ナドレーで」
「んん?」
グエンダルの言ったことに記憶がなくてトーリを見やれば、トーリは軽く眉を寄せ、あまり乗り気でなさそうにグエンダルに話を振る。
「バインガレエズのトップが確か『ワイズ』という名だったな」
「ああそうだ、誰よりも強い狼獣人だ」
「狼獣人…」
狼の獣人と聞いてシィアは眉を寄せる。
何故ならナドレーで見た狼獣人たちに、シィアは良い印象を持っていない。今なら半端な狼獣人のシィアに対しての牽制であったとわかるけど、それでも一度ついた印象はそう簡単には拭えない。
浮かない顔のシィアに気づかずグエンダルは続ける。
「まだ思い出さないか? シィアも助けられただろ?」
「助けられた?」
――と、そこで思い出すのは巨大な狼だ。同時に苦い感情も思い出すがそれは過ぎたこと。
そして確かに狼には助けられた。
「シィアを檻から出してくれたのは、大きな砂漠色の狼だったけど…?」
「――は? …檻ってなんだ? シィアを檻にいれたのか!?」
「や、じゃなくて…」
グエンダルは「誰だそいつは!」と憤る。でも今はそうじゃなくて。
憤るグエンダルに代わりトーリが答えをくれた。
「力のある獣人は獣化が出来るんだよ」
「じゅうか?」
「読んで字のごとく、獣に化けることが出来る。つまりは、狼獣人なら狼本来の姿になれるってことだ」
「え? …じゃあ、あの狼は獣人なの」
「そうだ、シィアを助けた狼ってのがワイズだ。てことは、シィアを檻にいれたやつをワイズが殺ったってことだな」
落ち着いたらしいグエンダルが話を締める。そうなのか、と驚きつつも納得したシィア。でも。
「何でシィアに会いたがってるの?」
「え…、…それは、」
「それは?」
「………いや、だってお前言うなって言ったろ?」
「え?」
「そういう話はいらないって」
「…ああ…」
なるほど。つまりは身内なのか、あの大きな狼も。
「……」
シィアは「うーん…」と唸る。身内の話はあまり広げたくないが、あの狼がワイズと言う人で助けてもらったことは事実だ。しかもお礼も言えてないことも。ただ、シィアに行き先の決定権はない。
シィアの眼差しがトーリに向かうと、気づいたグエンダルが言う。
「次は何処に向かうつもりだ」
「お前に――…いや、そろそろガレーアに移動しようと思ってるとこだ」
「へえ。じゃあトリポイから船に乗るのか?」
「ああそうだ。だから残念ながらお前とはお別れだな。ガレーア大陸にはバインガレエズは上陸禁止だろう?」
ひとつも残念そうでなく言うトーリ。シィアは首を傾げた。
「何でバインガレエズは上陸しちゃ駄目なの?」
「それはね、十数年前にガレーア大陸にあるログニア帝国と大きく揉めたんだよ。それ以来、公に渡航を禁止されているんだ。まあバインガレエズの一員と知られなければいけるだろうけど。なんせ顔が知られるくらい有名なようだから」
「トーリ…」
これは完全な嫌みだろう。初っ端にグエンダルが言ってたことに対しての嫌がらせだ。
何故だかわからないが、見てる限りトーリはグエンダルが本当に気に入らないようだ。
そんなトーリの嫌みにいつもなら突っかかるはずのグエンダルだが、何故か余裕の笑みを浮かべていて。
「最新情報を教えてやろうか? 今度バインガレエズとログニアは和解の条約を結ぶことになったんだ」
「は、」
「なのでトリポイから出る船のガレーア側到着港、ログニアの港湾都市ヒュルセイにバインガレエズの上層部は集まることになったんだよ。まさに絶好のタイミングだなぁ」
「……は」
トーリは目を見開いたあと、物凄く苦虫を噛み潰した顔をする。
つまるところ、向かう先にはそのワイズがいるのだということ。
今回の勝敗はどうやらグエンダルにあがったようだ。
トーリの口から深いため息が零れる。
「まあけれど、お前と一緒に行く必要はないよな」
「それも残念」
「は?」
「狩りの仕方を教えるって約束したんだよ、――な、シィア」
ニカッと牙を見せ笑うグエンダルにシィアは「…あ、」と零す。
( そうだった… )
楽しげなグエンダル、そして再び苦い顔にになったトーリ。
シィアはペタンと耳を倒した。
〜 微睡みの中の本当〜 終




