47.帰還そして謝罪
耳にかかっていた圧が消えて、シィアはトーリの胸元から顔をあげた。
少し湿気った空気、半壊した部屋。その隅にある荷物もどうやら無事だったらしい。つまりは戻ってきた。フランを残して。
シィアはトーリの服を握りしめて俯く。それが正解だったかどうかなんて、きっと誰もわからない。答えを知ってるのはフランで、それこそもう誰も知ることは出来ない。
俯いたシィアの頭の上に大きな手が乗り優しく撫でる。
見上げれば眉尻を下げ小さな笑みを浮かべたトーリ。
「取りあえず無事で良かった。おかえり、シィア」
「…っ」
不意に色んな感情が押し寄せ重なって、シィアはぎゅっと眉を寄せる。
フランのこと。酷いことを言ったのにわざわざ迎えに来てくれたトーリのこと。シィアの心がざわざわと騒ぎ焦燥感に駆られる。
( 今度こそ謝らなきゃ! )
そう思い、口を開きかけたシィアは、急にぐいっと後ろに体を引かれトーリから離される。そしてそのまま強い力で抱きしめられた。
「わっ! ちょ…、…――グエンダルっ!?」
シィアを抱えたのはグエンダルで、鼻面をシィアの頭に擦りつける。
「…ああ、シィアだ。よしよし、ちゃんと戻ったな」
「ちょっと! 離してよ!」
「いやー、良かったー」
「聞いてる? 離してって!」
「にしても、マジで俺だけ置いて行きやがって…、しかも割りと痛かったぞ」
暴れるシィア腕の中に閉じ込め、グエンダルが後半会話の矛先を向けたのはトーリ、呆れた声が返る。
「だから弾かれるって言ったろ」
「それは確かに聞いた、けど大体何なんだよ、条件って? シィアとお前がいけてオレがいけないって」
「は、そんなの簡単だろ」
「何だよ?」
「まあそうだな、馬鹿か、馬鹿じゃないか、ってとこだな」
「はぁ!? …お前っ!」
「ていうか、いい加減に離して!じゃないとグエンダルのこと嫌いになるから!」
頭上で交わされる会話にシィアが大きな声でそう言い放つと、グエンダルは慌てたようにパッとシィアを手放した。
でも、グエンダルは当然として、トーリまで焦った顔をしたのは何でだろう。
グエンダルはシィアに睨まれ耳と尻尾を下げた。と、そんなグエンダルの背後に戦闘で荒れた庭が見え、でもそこにアンガルダドゥの死体がないことに気づく。
( アンガルダドゥはグエンダルに倒されたって聞いたけど… )
外に視線を向け怪訝な顔をしたシィアにグエンダルが気づき言う。
「アンガルダドゥの死骸なら、もう森に捨ててきたぞ」
「え…? どうやって?」
「どうやってって…、普通に引きずって行ったけど?」
「え!?」
「…え?」
驚くシィアにグエンダルも驚く。けど、アンガルダドゥはグエンダルの倍以上あった。引きずるったって重さは並じゃないだろう。
確かに、森の一部の草木が不自然に倒れ道が出来ている。いや、でもこんなのもう、力こぶだけの問題じゃない。
唖然とするシィアの肩をトーリが叩く。
「シィア、『馬鹿』力って言うだろ。つまりはそう言うことだ。ということで、馬鹿は放っておいて夕食の準備でもしようか」
「だからお前っ!」
牙を剥くグエンダルを涼しい顔で無視したトーリ。ある意味トーリが一番強いのかもしれない。
帳の下りた景色の中に温かな焚き火の火が灯る。薪はグエンダルが沢山作ってくれたので燃料には事欠かない。
器に盛られたスープをひとくち口にして、シィアはホッと息を吐く。森の夜は少し肌寒くて香料の効いたスープは体を温めてくれる。そして炎を挟んだのは向かいではトーリが干し肉を炙り、いい匂いが鼻をくすぐる。
「こんなもんかな。はい、シィア、熱いから気をつけて」
「ありがとう」
トーリから渡された干し肉を、熱さを逃がすため両手で交互に持ちながら齧り付く。炙ると少し柔らかくなり香ばしさが増すのがいい感じだ。
「グエンダルもわざわざ狩りにいかなくても、干し肉だって美味しいのに…」
そう零すシィアに「まあ、肉食獣人だからね」と、適当な感じで答えてトーリは新たな干し肉を炙る。
そのグエンダルは、「干し肉より新鮮な方がいい!」と夜の森に狩りに行ってしまって今は不在だ。あと、夜の森は魔獣も増え危険らしいので狩りへの同行はトーリにもグエンダルにも止められてしまった。
「明日の昼頃には出発しようかと思うんだ」
肉を炙りながらトーリが言う。シィアはパチリと目を瞬いた。
「もう移動するの?」
「ああ。 フランの話からここに探し物はないってわかったからね。長居の必要はないかな」
「ふーん…」
フランとの会話でそんな話しをしてただろうか? と首を捻る。だから思わず尋ねてしまった。
「トーリは何を探しているの?」と。
トーリは困ったように眉を下げてシィアを見た。それでも、答えてくれる気はあるようでゆっくりと口が開く。
「…シィアもたぶん察しただろうと思うけど、僕が探しているのは落し子に関するものなんだよ」
やはり、と思う。なので続けた。
「それは…、何?」
「心臓だよ」
「――え!?」
トーリの答えにシィアはギョッと目を剥く。
心臓? 心臓って…。
驚くシィアに少し笑って、トーリは炙っていた肉を一旦避け、薪を一本投入するとパチッと爆ぜた焚き火に視線を落とした。
「『カナンの心臓』って言う、膨大な魔力を秘めた――、…魔石だよ」
「カナン…、魔石…」
言葉の終わりが少し不自然な気がしたが、心臓と言ってもそのままの意味ではなかったようだ。でも何でそんなものをトーリは探しているのだろう。
「トーリはそれをどうするつもりなの?」
ついでとばかりに尋ねれば、トーリは暫し沈黙を落とした。炎の揺らめきがトーリの顔を照らす。その陰影を帯びた顔からは、沈黙の意味は読めない。
考えているのか、言いたくないのか、教える必要がないと思っているのか。
トーリは小さくひとつ息を吐いた。
「…僕はそれを壊したいと思っている」
「え? 壊す?」
返してくれた答えにシィアは再び驚く。
「でも、凄い魔石なんだよね? 壊すなんてもったいない」
「そうだね、もったいないかもしれないけど、あってはならないものでもあるんだ」
「どういうこと?」
「カナンの心臓は確かに凄い魔石だ。何でも叶うだろう素晴らしいもの。皆んながこぞって手に入れたいと思う至高の宝。だからこそ、壊さないといけない。…過ぎた力は破滅を呼んでしまうから」
俯くトーリの目には赤い炎が映り込み揺れる。
シィアはよくわからなくて眉間にシワを寄せると、ぼんやりとどこか遠くを漂っていたトーリの目がそんなシィアに気づき、一度瞬いたあと緩く笑った。
「まあどちらにしても、見つからない限りどうともならないけど」
それはそうだ。そしてどこか誤魔化すような終わらせ方。けれど最初に言った「落し子に関するもの」という言葉からすると、その『カナンの心臓』というものは…。
シィアは小さく首を振った。今はそれ以上追求することは止めよう。そんなことよりも。ずっと後手後手となっているが、シィアには終わらせねばならない大事なことがある。
「トーリ、あの…、ごめんなさいっ!」
「え?」
トーリは何事だというようにキョトンとした顔をする。それに構わずシィアは続けた。
「シィア、トーリに酷いことを言った、嫌いって…」
「あー…、…ああ」
「でもそんなことないから。シィア…、トーリが一番好きで、一番大事だから。…嫌いになんてなるわけないのにあんなこと言っちゃって。……ごめんなさい、トーリ…」
ペタンと耳を倒したシィアは頭を下げる。そして恐る恐る顔をあげると、炎の向こうにいるトーリは微かに目を見開き何とも言い難い顔をしていて。不意に顔を伏せると大きな息を吐いた。
( ――え、ため息… )
今さらと呆れられたのかと思ったが、トーリはすぐに顔をあげ、片手で覆ったその顔は何故か少し赤い。
「…うん…、いや、そんな直球ストレートな告白を受けると思わなくて」
「…?」
告白ってなんだろう。シィアは謝っただけだ。
怪訝な顔で眺めていればトーリはコホンと咳をつく。
「謝るのはこっちもだよ。シィアの気持ちも考えずに色々と言ってしまった」
「そんなことっ」
「いや、本当にごめん。今回シィアに嫌われたのにはだいぶん堪えたよ」
「嫌ってなんかないよっ、シィア、トーリが好きだもん!」
「ああ…、や、うん…」
身を乗り出して訴えるシィアに、トーリは眉尻を下げて相好を崩す。そして次に思い出したようにポケットに手をいれると、取り出したものをシィアへと渡した。




