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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 微睡みの中の本当 〜
45/53

45.誘う声


 戦闘に水を差してはならないと、なるべく視界に入らないようにシィアは部屋の陰に隠れる。

 ――が、やはり気になるものは気になる。


 ヒョコリと顔だけ出しグエンダルの戦いを眺めるシィアの口は小さく開いたままだ。



「…凄い…」



 シィアは小さく感嘆の声を零す。

 俺の方が強いと言ってただけある。グエンダルは無傷のままに、アンガルダドゥだけが見る間に傷を負ってゆく。

 片目は潰され両牙は折られ、右前足はあらぬ方向に曲がっている。真っ黒な毛並みがペタンと張り付いているのは、おそらく流血によるものだろう。むせるような血の匂いが辺りを漂う。


 体格も力もアンガルダドゥの方が上でも、戦闘に関する能力全てがグエンダルの方が勝っているのだ。それは才能と言うのか。

 

 羨ましいと思う。


 ( 自分も強くなりたい! )


 それが肉食獣人の本能、戦いに興奮し身を乗り出すシィア。

 

 もはや勝負の見えた戦いある。アンガルダドゥは既に立っているのも限界だろうに、それでもグエンダルへとよろめきながら突撃する。それは意地か、誇りか。


 だからといってそんなもので勝敗がひっくり返るわけはない。


 グエンダルは低く身を伏せ、突進してくるアンガルダドゥの側ギリギリを素早くすり抜けると、その際に後ろ足の腱を鋭い爪で断ち切った。

 急に足をとられたアンガルダドゥは地面に崩れ落ちるが突進の勢いは止まらず、体勢を崩したまま転がるように建物へとぶつかりやっと止まった。


 だけどその場所は。


 興奮で隠れることもすっかり忘れたシィアと、転がったアンガルダドゥの視線が、然程の距離もなくぶつかった。



「――ば…っ! シィア!!」

「!?」



 グエンダルの焦った声で、時を止めていたシィアが弾かれたように動き出すが、それは向こうも同じ。


 傷だらけの体のどこにそんな瞬発力を残してた? と驚かせる勢いで起き上がったアンガルダドゥが、まだ無事な左手を伸ばす。


 体の大きさは十分なリーチとなり、鋭い爪がシィアに襲いかかった。


 無理だ! 避けきれない!


(―――誰か )


 助けて!


 誰か――…、


 絶対的な信仰心がないシィアには、救いを求める者の中に神様という選択肢はなく。脳裏には浮かぶのはおとうさんおかあさんの顔で、そしてトーリの顔。


 もしここでシィアが死んでしまったら、命の終わりにたどり着くという海の果ての世界で、おとうさんとおかあさんには会えるのかもしれない。けれど、トーリとはこれで終わり。



 ( 嫌だ! )


 ( そんなの嫌だ! )


 ( トーリとまだ一緒にいたい、会えなくなるなんて嫌だ! )



 シィアの中に強い感情が走る。

 それは生きたいと望む意思。


 シィアはカッと目を見開くと、迫る危機を回避するために体を限界まで逸らす。

 そのすぐ上をアンガルダドゥの爪が風圧を伴いながら通過して、切り裂かれた服が空を舞った。

 でも痛みはこない。体は無事だ。


 体勢を崩し床へと倒れこみながらも、すぐに起き上がり身構えたシィアの、その体が急にポワッと淡く光る。

 

( え…? )


 アミュレットの効果だろうか? と思ったが、光っているのはシィアだけではない。シィアを囲うように円形の光が床から立ち上がっているのだ。



「シィア!」



 光の円柱の中で呆けているシィアにグエンダルの声が飛び、ハッと我に返ると目の前に再び迫るアンガルダドゥ。その背後にはグエンダルも。 


 だけどそんな光景も強くなりだした光によって見えなくなる。

 あまりの眩しさに思わず目を覆ったシィア。

 「シィア!!」と繰り返すグエンダルの声は遠退き、代わりに。



『早く早く、こっちだよ』



 と、子供のような少し舌足らずな声がシィアに呼びかける。


 聞いたこともない知らない声。しかもこの状況で一体誰が?

 怪訝に思い覆っていた目を開ければ、視界の全てが白一色に染まっていて。一瞬で、シィアの意識も真っ白に連れ去られる。 


 白く薄れていく意識の中、また別の声がする。



「…シィア…?」



 それはグエンダルの声でも、さっきの見知らぬ声でもなく。いつもいつでも、誰よりもシィアの心を揺さぶる声。

 

 姿が見えなくたってわかる。シィアが一番大事に思う人。


「トーリ!!」


 ありったけの声で名を呼ぶが、それをかき消すように光が眩しさを増し、光に包まれたシィアはそのまま飲み込まれるように姿を消した。




**




 シィアも去り、グエンダルも去ったあと、置いてきた荷物を引き上げたトーリは、肩を落としトボトボと帰路についていた。


 けれどその向かう方向から届いた嫌なざわめき。


( 何かが戦ってる…? )


 グエンダルだろうか?


 シィアの側にいるだろうグエンダル。あの獣人の強さは本物だと思う。だけどその強さが守るためのものとして有効だとは限らない。

 胸騒ぎにトーリの足取りが速まる。



 水場にたどり着くと燃えかけの焚き火があり、激しい物音は建物の向こうから聞こえる。

 獣の咆哮。何が壊れる音。トーリは急ぐ。


 そして急いだ先で見たもの。


 半壊した部屋で白い光に包まれたシィアがいた。



「…シィア…?」



 トーリの声に反応したのかシィアはピクリと耳を揺らすとこちらを向き、そして大きく口を開いた。

 たぶんトーリを呼んだのだろう。けれどその声はこちらまで届かず、シィアの姿は完全に光の中へと溶けた。



「シィア!!」



 トーリの声に被るせるようにグエンダルの声が重なる。

 グエンダルは魔獣にとどめを刺した勢いのままに駆けつけるが、その目の前で光の柱は消失し、後には何もない。もちろんシィアの姿も。

 


「はっ!? おい! どうなってんだ!?」



 シィアが消えた床をグエンダルが激しく叩く。だけど割りと丈夫な床は壊れるでもなく打撃音を響かせるだけ。トーリはそんなグエンダルの側へと寄り口を開いた。



「おい、一体何があったんだ?」

「あ? そんなの見たらわかるだろ! シィアが消えたんだ! …ちくしょう!!」



 悪態をつくグエンダル。見たらわかるだろと言われたように、先ほど絶命させられた魔獣アンガルダドゥをみるに、シィアを襲ってきてグエンダルに殺られたのだろう。

 そしてその過程の中でシィアが消えた。知りたいのはそこだ。



「――で、シィアはなんであの光に包まれることになった?」



 言い方を変え再度尋ねたトーリに、グエンダルは剣呑な眼差しを向けた。



「は? …お前…、シィアが消えたっていうのに何落ち着いてんだよ! 」

「焦ったら状況は変わるのか?」 

「はっ!?」

「取りあえず落ち着けよ、シィアはたぶん無事だ」

「なんでそんなことがわかる!」

「あれは魔法による光だ。おそらくシィアはどこか別の場所に移動した」

「……は? …別の場所って…?」



 トーリの言葉に怪訝な顔をしながらも幾分落ち着きを取り戻したグエンダルの、零した疑問は触れずトーリはシィアが消えた場所の床に指先を当てる。

 ――と、丸く光る円がうっすらと浮かびあがった。

 


「! さっきのか!? おい…、大丈夫なのかよ」

「ああ、これはただの痕跡だから問題ない。それで、なんでシィアは魔法なんかに?」

「わからねえ。 でもあの光が出る前は、オレがミスったせいで奴がシィアに襲いかかった」

「まさか怪我を?」

「いや、割りと危険な状況だったが、シィアはギリギリ躱した。そのあとすぐだ、それが起こったのは」

「…そうか」



 自分のミスを認められるのかと妙なところで感心しながら、グエンダルの話した内容を頭の中で整理する。

 危険な状況になったため――、だとすると、移動の意味もわかるが。


( …やはり、この魔法はシィアを助けたということか )


 誰が?という疑問も浮かぶが、それよりも。

 トーリは浮かんだ陣の痕跡を眺めて眉を寄せる。


( この転移陣がシィアを移動させた、でもこの()()で? )


 無言で床を睨むトーリにじれたようにグエンダルが言う。



「おい! で、どうなんだよ。 シィアの居場所はわかったのかよ」

「ああ、この痕跡を再度復元すればシィアの元に行けるはずだ」

「じゃあ今すぐ行くぞ!」



 己の失態だと思っているのか、挽回のため張り切るグエンダルにトーリは軽く肩を竦めた。



「残念だけど、お前は行けないから」

「は!?」

「この陣は条件付きで当てはまらない奴は弾かれる」

「なんだよそれ!じゃあ、お前は行けるっていうのか!」

「確実に行けるね」

「! …なんだよその条件って」

「それは教えられないな」

「――はあ!?」



 その後もなんやかんやとうるさいし、時間の無駄なのでグエンダルも転移陣に取り込むことにした。どうせ弾かれるけど。

 ただ弾かれた時に強烈な静電気をくらったみたいになるが、自分で望んだことなのだし、それはこっちの知ったこっちゃない。




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