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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 微睡みの中の本当 〜
41/42

41.灰色の渦


 到着した建物は傾斜した地面に半ば埋もれる有り様で、その一部は斜面に飛び出し宙に浮いているように見える。地崩れでもあったのだろうか?


 入口も塞がっているため、トーリはその飛び出した一部――大きな舞台のような場所へと飛び移りこちらを振り返る。だけどシィアは既にトーリの横へぴょんと移動済みだ。どうやら狼獣人らしいシィアにとってはこんな距離などわけない。

 


「そうだった、当然シィアの方が身軽だったね」

「うん、これくらい全然平気」

「じゃあここから中に入ろう。暗いから気をつけて」

「うん」



 シィアは大きく頷くと小さく尻尾を振る。暗闇もシィアには何でもないことだ。だけどいつも気にかけてくれるトーリの気持ちがこそばゆくて嬉しい。

 

 元は扉でもあったのだろう、大きく開いた開口部から中に入る。明暗に一度瞬きをしたシィアは部屋の中を見て、瞬間ブワリと毛を逆立てた。

 天井の高い広い空間に、大きな人影があったからだ。

 ただすぐにそれが生きてるものでないことはわかった。

 それはとても大きな()だ。


 シィアが息を飲んだ気配を感じたのかトーリは袋の中から小さなランタンを取り出し、灯りをつけて掲げてみせた。



「これは動くものではないから大丈夫だよ」

「石像?」

「いや、これは木で出来てるから木像だね。神様の像だ。…まあ今は見る影もなく壊れているけど」



 トーリが掲げた灯りのおかげで詳細までよく見えるようになった木像は、確かに大部分が破壊されていて原型はない。シルエットでの方がむしろわかる有り様だ。


 でもこれを、神様の像だとトーリは言った。

 グエンダルが言った言葉と照らし合わせれば、これこそが『落し子たちの神様の像』――だ。

 そしてそれがこんなにも破壊されているのは。


 シィアはトーリに尋ねようとして、その横顔を見上げて言葉を飲んだ。

 揺れる灯りの中で、表情を消したトーリの顔は怒ってるようにも悲しんでるようにも見えて。



「…トーリ?」



 窺う呼び掛けに、ハッとしたようにこちらを向いたトーリは()()()()トーリに戻り、シィアを見て緩く眉を下げた。



「さあ行こうか、暗くなる前には戻らないとね」

「…うん」



 何となくこれ以上触れてはいけない雰囲気にシィアは小さく頷くにとどめた。




 先ほどの木像があった部屋から少し進んだ通路で、トーリは今度 丸くて平べったいものを取り出し、手のひらに乗せて辺りに向けてみせる。それは方位磁石を使っている時と似た動きだ。形も似ているし。


 方位磁石はトーリが教えてくれたもの。今はシィアも使い方を知っている。なので近づき覗き込むと、どうもちょっとだけ違う。

 本来ならば方向を示す針がついている部分には何もなく、丸い盤の上には黒っぽい砂のようなものが幾つか固まりゆらゆらと揺れている。


( 何だろう、これ… )


 シィアの戸惑いはトーリにも伝わり、軽い笑い声と共に丸い盤の砂もさらに揺れた。



「これは方位磁石じゃないよ」

「だね…」

「方向じゃなくて魔力を示すものなんだ」

「魔力?」



 そう。と頷いたトーリは見やすいようにと手を下げる。



「まあ、魔力磁石とでも言うか。この真ん中にある一番大きな塊が僕の魔力だね」

「え!? トーリは魔力を持ってるの?」

「ん? シィアには言ってなかったっけ?」

「聞いてない…」



 シィアの寄った眉を見て「そうだっけ?」と零したトーリ。シィアはさらにムッと眉を寄せるが、それについてこちらが不満を表すのはお門違いではある。



「じゃあ、トーリも凄いことが出来るの?」



 不満な気持ちはすぐに切り替え、今度は興味津々で尋ねるシィアにトーリは苦笑を浮かべる。



「凄いがどういったものかはわからないけど、出来ることは多々あるね」

「本当!」

「でも魔力は万能ではないから出来ないことだって多いよ。何もかも叶う魔法なんてないんだ」 

「うーん…、でもあると便利だよね」



 確か前もこんな話をした記憶がある。やはりトーリは全面的な賛同はしなかった記憶だ。その時と同じに「そうだね」と軽く頷いたトーリは、また手のひらにある丸い盤に視線を落した。そして会話を戻す。



「それで、この周りに散らばってる小さな塊たちもやっぱり魔力を示してるんだけど、今はそこに向かってるんだよ」

「何があるの? 魔力を持ってるてことは…、…魔石とか?」

「さあ、何だろうね」

「トーリもわからないの?」

「わからないよ、だから調べに行くんだ」



 そう言ってトーリはまた歩みを進める。その背について行きながらシィアは話を続けた。



「トーリは前も来たことがあるんだよね? その時は何があったの」

「何も。この前はここに魔力なんてなかった」

「え?」



 どういうことだろう? 

 魔力が動いたってことだろうか。でもそうなれば。

 想像した嫌な予感にシィアはちょっと慌てる。



「トーリ、危なくない? もしかしたら魔獣かも…?」



 動く魔力で一番最初に思いついたのがそれだ。

 だけどトーリは、耳を下げたシィアを肩越しに見て小さく笑った。



「もうそんなに遠くはないんだ。この距離での魔獣ならシィアが気づかないはずないよね」

「!」



 それは確かに。下げた耳をあげ、鼻先もあげてみるけれど、言うように生き物の気配は感じない。


 

「魔力はね、勝手に発生する場合もあるんだよ」

「勝手に?」

「石や植物にも魔力を持つものがあるって言ったろ?」



 トーリの背を追いながらシィアはコクリと頷く。魔力を持った石は魔石と言い、植物は魔草。とても危険な植物もあるが、貴重な薬が作れるとも言う。



「それだけじゃなくて、自然界には元々微量の魔力が常に存在してるんだ。実際は魔力と言えないほどのほんの微量なものだけど」

「ふーん?」

「そして人や魔獣、それに魔石や魔草、それらは全てその自然界にある魔力の影響で生まれるって言われている」

「へえ。 じゃあそこら辺にあるからその方位磁石みたいなものが反応してるの?」

「うーん、そうとも言えるけど、ちょっと違うかな」

「?」



 首を傾げたシィア。トーリは答えをくれないまま通路の先にあった部屋に足を踏み入れると「…ああ、やっぱり」と声を零した。

 シィアはトーリの背後から部屋の中を覗き込む。空っぽの部屋の壁は壊れ、そこから土砂が入り込んで。日が差す部分には植物さえも生えている。割りと荒廃した部屋。

 

 そんな部屋の中、トーリの視線を追って見れば、光が当たらない一画に煙のようなものが渦巻いている。



「…何あれ? 煙…じゃないよね」



 だって燃えてる匂いはしない。



「煙じゃないよ、あれが反応していた魔力の正体だ」



 ――と、トーリ。

 

 曰く、自然界にある微量な魔力はあまりにも小さ過ぎて空気と変わらないのだと。だけどそれが集まり増殖したことによって完全な魔力となるらしい。



「何の原因でそれが起こるのかは、まだわからないんだけどね。ただ集まった魔力はそのまま霧散すればいいけど、そうでない場合は色々と厄介なんだよ」

「どうなるの?」

「その集まった場所や状況によるけど、例えば海の近くであれば津波、山の近くであれば地滑り、そういう天災を引き起こしたりもするし、人がたくさん集まるところであれば小競り合いが起こったり、最悪戦争だってあり得る。まあ要するに人の心にも作用するんだ」

「ふーん…」



 シィアは部屋にある灰色の渦を眺めて眉をひそめた。


 モヤモヤと漂う煙は集まり始めた魔力で。今まだ何も変化を起こしてないそれは、現状はただの純粋な魔力の塊なのだと言う。



「そのままであれば無害なんだ。けど、力は大きくなればなるほど周りに影響を及ぼすからね、今のうちに対処しないと」



 そう言ってトーリは持ってきていた荷物から小さな丸い石を取り出すと渦の方へと放った。

 コロコロと転がった石はちょうど渦の真下で止まり淡く光る。すると灰色の魔力の煙は石へと吸い込まれるように消えた。

 それをトーリがまた回収して、不思議に眺めるシィアにその石を渡してくれる。

 シィアの手のひらで転がる石。先ほどまで白かったはずの石は少し灰色になっていた。



「魔力を溜めれる石なんだよ。真っ黒になれば完全に充填済みで、魔力が必要な時には使えるし、そのまま売ることも出来る。 災害を起こすよりはよっぽど有効活用だ」



 石を返すと、トーリは荷物へと戻して「この部屋の用事は済んだな」と。


 前にトーリに何故遺跡に行くのかと尋ねたら、探しものをしているのだと言った。それがこれなのだろうか?

 そして遺跡には魔力が集まりやすいとか?


 でもそうだとしても、この遺跡は落し子たちの遺跡だ。トーリが魔力を集めてるとしても、そんなとこにあった魔力だなんてあまり大丈夫だと思えない。

 その上、それによってトーリが危険な目にあうかもしれないなんて。

 

 当然、シィアとしては絶対に看過できない。




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