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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 微睡みの中の本当 〜
40/42

40.落し子とは


 トーリの後に続きひとつの建物へと入り、朽ちて落ちた床板を避けながら奥へと進むと、比較的崩壊していない部屋についた。



「うん、ここならいいかな」



 そう言って荷物を床へと置いたトーリに倣いシィアも荷物を下ろす。今回はここを拠点にするようだ。


 荷物を下ろしたシィアはぐるりと部屋の中を見渡す。

 あまり見慣れない部屋である。一面は壁がなく開け放たれたまま森の景色が見えて。天井は低く、続き部屋の長い床には普通の床板と、それとは違う藁を束ねたような床がある。でも大半が朽ちていた。

 先ほどから漂うこの湿ったような匂いはその藁の床からきているようで、恐る恐る乗ってみるとふわふわとしていて今にも抜け落ちそうだ。



「シィア、その床の上には乗らない方がいい。危ないから」

「うん。それにしても、なんだか変わった部屋だね」

「…そうだね、そうかもしれない」



 小さく答えたトーリは荷物の準備をしているのか忙しそうでシィアは手持ち無沙汰になる。ちなみにグエンダルは、「こんなとこには入らねえ」と外にいる。


 朝から移動したので今はまだ昼過ぎで、それならばお茶でも入れようかと思うが、建物内で火をつけるのは明らかにダメだろう。



「トーリ、火を焚く場所はどこにする?」

「ん?」

「お茶を入れようかと思って」

「ああ。それなら入って来たところの横に水場があるんだよ。そこがいいんじゃないかな」

「水場?」

「前に来た時は井戸が使えたはずなんだ。だから大丈夫だと思う」

「じゃあ、ちょっと見てくるね」



 シィアは炊事道具をまとめた袋を持って、入って来た扉へと向かう。その扉もちょっと変わっていて、押すのでもなく引くのでもなく横に滑らすのだ。

 とはいえ、トーリが開けた時に扉が壊れてしまったので、今は開けっ放しではあるのだけど。


 

 外に出て横を見てみる。言われたようにそこには年季の入った手押しのポンプがあった。

 まずは水が出るか確かめてみようとハンドルに手をかけるが、しばらく誰も使ってなかったのか随分と硬く。ハンドルを動かそうと悪戦苦闘しているシィアに屋根の上から声がかかる。



「代わってやろうか?」



 シィアたちが入った建物の屋根の上にグエンダルがいて、見上げたシィアと視線が合うと身軽に屋根から飛び降りてきた。

 「貸してみろ」と言うグエンダルにここで意地を張る理由もないので代わる。グエンダルがちょっと力を込めただけでハンドルは簡単に動き出し、二三度ハンドルが上下すると鉄臭い錆びた水が蛇口から零れ出た。



「これって大丈夫?」

「少しすれば綺麗な水に変わるだろ」

「…へえ」

「……」

「……」



 待てども流れる水は茶色のままだ。

 シィアは疑うような目でチラリとグエンダルを見る。



「……変わらないけど?」

「普通は綺麗になるんだよ! …ってか、大分長い間使ってなかったんじゃねえのか、これ」

「トーリはこの前は使えたって言ってたけど?」

「この前っていつだよ、数年単位ではないだろ。それにぐるっと見て来たけど、どう考えても随分と人は訪れてねえぞ、ここ。…まあ当然と言っちゃあ当然だけど…」



 当然だと、最後に零した呟きにシィアはぴくりと耳を揺らす。



「なんで当然なの?」

「は? そりゃだって…。…お前、ここが何の遺跡が知らないのか?」

「森林神殿でしょ? トーリは神様を奉ってる場所だって言ってた」

「まあ…、そこは間違っちゃいないが。ここは、()()()の神を奉ったところだぞ」

「いほうじん?」

「ああ…、人間がよく使う言葉で言えば『落し子』か」

「落し子…」

 


( またこの言葉だ )


 今までの人たちと同じでグエンダルの声にも厭う感じはある。けれど口に出すのも嫌だ、とまではいかないのだろう。だって、話を振ってきたのはそっちだ。ならば。


 シィアは一度口元を引き締めたあと、意を決して口を開く。



「落し子って、何?」

「?」



 問いかけにグエンダルは目を瞬かせるが、会話を遮るようすは見せない。なのでそのまま続ける。



「前に…、町の人たちが、シィアが落し子だって。皆んなして怖い顔でシィアを追いかけて来たんだけど」

「は…? 何だそれは。シィアは砂漠狼の血を引く狼獣人だぞ、異世界人のわけがないだろ」

「異世界、人…?」

「ああ、そうだ。奴らは他の世界から来たって話だ。だからお前の父親を知ってるオレが言うんだ、シィアは落し子なんかじゃねえ」

「あ…、いや、うん…」



 シィアが落し子でないというのは、もう解決した話である。説明する前にグエンダルが勝手に突っ走ってしまったので言う間がなかった。でもそんなことより。


( 異世界人? …他の世界…? )


 そんなことがあるのだろうか?


 でもそれが本当なら、皆んなが嫌ったり恐れたりするのもわかるかもしれない。シィアだってそんな話を聞けばやはりちょっとは怖いと思ってしまう。


 けれど、続いたグエンダルの話からそれだけではないと知る。


 

「それにあいつらは全員が不思議な力を持っていて、その力をもってしてやりたい放題したんだよ。その結果、たくさんの人が死んで国も滅んだ」

「えっ、そんな…。…なんでそんなことを?」

「さあな、そこまではオレも知らねえ。 でも異邦人…、いや落し子は、世界中で手配されてる各国共通の敵なんだよ」

「敵…」

「そう。だからそんな奴らの神を奉った場所なんて、遺跡だとしても誰も寄りつかないのは当然だろ」



 だから『当然』、だということらしい。

 ―――だとしたら。



「トーリはなんでそんな遺跡に…」



 そんな声を零したシィアはぎゅっと眉を寄せる。それに、「ハッ、それこそ知るわけねえ」と鼻を鳴らしたグエンダル。

 別に、尋ねたつもりはこれっぽっちもない。

 シィアは眉を寄せたままグエンダルを睨むが、向こうはどこ吹く風という体で。不意に気づいたように下を指差した。



「ほら、変わったぞ」

「…?」



 見下ろすと茶色かった水はいつの間にか透明になっていた。






 火を焚くには燃料がいる。なので辺りで枯れ枝を集めているとトーリが建物から出て来て。それを目敏く見つけたシィアはトーリの元へと駆け寄る。


 

「トーリ! ――ね、準備はおわった? 今、枝を集めたからもう火を起こせるよ!」



 だからお茶にしようと誘うとトーリは小さく眉尻を下げた。



「ごめん、シィア。先に少しだけ調べて来ようと思うんだ」

「先に?」

「ああ。だからシィアはあの狼とここで待っててもらえれば。そこら辺にいるんだろ?」

「グエンダル? …グエンダルならそこに」



 シィアが顔を向けた先には、大量なる枯れ枝を抱えたグエンダルの姿。割りと離れた場所だが自分の名前に反応したのかこちらを見ている。けれどそんなことよりと、シィアは再びトーリを見る。



「シィアもついて行っちゃダメ?」

「シィアも? ……楽しくはないと思うけど」

「それでもいいよ」



 折角今回はついて来れたのに、一人ぼっち…じゃないけど残されるのは嫌だ。

 譲らない気持ちを目で訴えるシィアに、見下ろしたトーリは小さく息を吐く。



「…わかった」

「!」



 トーリの承諾を受け、シィアは下がっていた耳をピンと立てると、くるりと後ろを振り返り声をあげた。



「グエンダル! シィア、トーリと一緒に行ってくるから!」

「は? おい、待てシィア!」

「まだまだたくさん枝がいるから、よろしくねー」

「お前、人に頼んどいてそれはねえぞー!」



 叫んでいるグエンダルを綺麗に無視して満面の笑みでトーリを見上げる。



「じゃあ早く行こう、トーリ」

「ちょっと遠くて聞こえないけど、なんか叫んでないか?」

「んー…、大丈夫でしょ」

「……」



 シィアの答えに何故かトーリは複雑そうな顔をして。



「仲良くなったみたいだね」

「え? …別に仲良くはないけど…、でもグエンダルって思ったことがそのままだから」

「ああなるほど。…単純馬鹿ってことか」



 「だから聞こえてるっつーの!」と叫んでるグエンダルの声は、シィアには届いてもトーリには届かない。そして聞こえてないトーリは気にせず続ける。



「でもまあ、あの狼は確かにシィアの味方だとは思うよ」

「味方?」

「ああ…うん、なんせバインガレエズこそ獣人の味方の部隊なのだし」

「ふーん…?」



 説明の言葉はどこか取ってつけたように感じたが、だけどシィアが味方として欲しいと思うのはトーリだけだ。



「シィア、トーリだけでいいよ」



 真実の、心からの言葉だったのに、トーリは少し憂いた顔で笑った。




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