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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 微睡みの中の本当 〜
39/42

39.狼獣人と神殿


 コルガルの森の入り口――といっても既に今いる場所も森と言って過言ではないが、ここより先はさらに密度の濃い緑に覆われている。


 そんな森の入り口にて二人の男が言い争う。



「…ハッ、何を言ってるか全くわからないな」

「そのまんまだろ!森林神殿に行くのは知ってんだ、だからついて行ってやるって言ってんだよ!」



 両手のひらを上に向け、緩く首を振るトーリは人間で。それに、苛立たしげに返すのは黒い毛の狼獣人。

 そう、片側は獣人である。しかも『バインガレエズ』という傭兵部隊の一員で、シィアに気配さえ感じさせることもない、きっとたぶん強いだろう獣人。

 だけどトーリは容赦なく切り込む。



「大体、お前がついて来たら何だって言うんだ?」

「オレのっ、獣人の気配を感じ取ったら大概の魔獣は出て来なくなるんだよ!」


「――え…っ! そうなの!?」



 二人のやり取りを横で見ていたシィアが驚く声を挟むと、狼獣人は得意げな顔で頷いた。



「ああそうだ。普段は消してるしわざわざ出す必要もないが、こうやって――、」



 不意に言葉を切った狼獣人。その体が急に一回り大きくなったような感じがしてシィアの毛がブワリと逆立つ。同時に、森の鳥たちが一斉に羽ばたいた。


 それはなんと言えばいいのか。気配は気配でも、存在力とでも言うべきか。近いのは、サーペントと初めて遭遇した時の感じだ。


 狼獣人は「どうよ?」とばかりに笑顔なのだろう牙を見せ気配を元に戻した。

 凄いと、シィアは純粋に感動する。



「ね、それはシィアにも出来る?」

「あー…、訓練すれば? 一応シィアも()()()の血を持ってるのだし」



 凄く微妙な肯定であったけども、それより。



「シィア…、狼獣人なの?」

「なんだ、知らなかったのか? シィアに流れる血の半分は誇り高き砂漠狼の血だ」

「…砂漠、狼…?」



 本当かどうかはわからないが、初めて知った事実に驚いてトーリを見上げる。――が、トーリに驚いた様子はなく、難しい表情で狼獣人を見て口を開く。



「お前…、本当は何しに来た? そしてシィアのことをどこまで知ってる?」

「は、だから言ったろ、シィアに会いに来たんだって。 それにオレはシィアの身内だぞ」

「身内?」

「ああそうだ」



 狼獣人は大きく頷くとシィアを見る。シィアはパチリと目を瞬かせた。


 今、身内と言っただろうか?



「知りたいか?」



 狼特有の縁取られた褐色の目がゆるりと細められる。

 知りたいか、とはシィアの身内、いや家族のことについてだ。けれど。



「いらない」



 シィアはきっぱりと首を振った。

 シィアの知っている家族は、おとうさんとおかあさんは、もういない。でも今のシィアにはトーリがいる。

 知りたくないわけではないけど、それによって今を失いたくはない。トーリと離れたくはない。

 トーリの腕にきゅっとしがみつくシィアに、狼獣人は少し目を見開いたあとに鼻面にシワを寄せて。その一方、トーリはとても朗らかな表情で告げる。



「――だ、そうだ」

「なんで!?」

「ホラ、いらないと言われたろ? さっさと仲間のところに戻ったらどうだ 」

「いや、オレがいらないと言われたわけじゃねえ!」

「変らないだろ」

「違う! それに、オレは()()()からも言われてんだよ、シィアを守るようにってっ!」

「シィアを守る? ワイズ…? …それって…」



 狼獣人の最後の言葉に、訝しげに眉を寄せたトーリをシィアは呼ぶ。



「ね、トーリ、別にいいんじゃない」

「え?」

「ついてきたら魔獣避けになるんでしょ?」

「らしいけど…」

「だったらいいんじゃない?」

「本当に?」

「うん」

「………、…シィアがそれでいいなら」


「フフン、決まりだな!」



 渋い顔で同意したトーリに、さっきの仕返しのように狼獣人は大層機嫌よく声をあげる。シィアはそちらにチラリと目を向けた。


 

「でも、身内だとかいう話はもうしなくていいよ」

「ええっ!?」

「だって胡散臭いし」

「えー…、…真実なのにー…」



 シィアがそう言い放つと、狼獣人は打って変わって声を落とした。


 


 そういうわけで一人増えた道中。魔獣避けの香を焚くのは止め、森林神殿までの道は熟知しているという狼獣人、名はグエンダルと言うらしい――を先頭に、シィア、最後尾をトーリという順で森を行く。


 途中、グエンダルが前方を指差した。



「あ、ほら見ろ、ジャッカロップが逃げてくだろ。フフン、オレのおかげだな」

「ジャッカロップ?」

「うさぎの魔獣だよ。頭に鋭い角があるんだ。まあ姿も見えないし適当かも知れないけど」

「適当じゃねえ! 遠すぎて人間には見えないだけだ!」



 トーリの声にグエンダルが吠える。

 だけどシィアにだって見えてはいない。言われてみれば何となく気配は感じるが。


( 同じ獣人のはずなのに… )


 何となく悔しかったのでぐっと目を凝らして前方を睨んでいるとトーリが横に並んだ。



「シィア、そんな顔してるとクセになる」

「でもシィアも見えないよ、…獣人なのに」



 やはりそれは完全な獣人ではないからだろうか。トーリが教えてくれたように自分は人間と獣人の間に出来た子供。であるならばどうしたって本物の獣人と同じにはならない。


 人間と獣人の、…その子供。


 シィアは意気揚々と前を進むグエンダルを見る。

 本当かどうかわからないけど、答えを知ってるだろう人物。でも聞かないと決めたのは自分だ。きゅっと唇を結んだシィア。

 そんなシィアに気づきトーリは小さく笑った。

 


「あまり気にしないでいいと思うよ」

「でも…」

「人にはそれぞれ向き不向きがあるんだから。それに元々持ってる性格や性質だって影響するだろうし」

「性格や性質?」

「うーん…、まあ要するに、あいつは戦闘馬鹿っぽいからそういうのに長けている、ってとこかな」

「――おい! 聞こえてるからな!」



 少し離れた前方から届いたグエンダルの声に、トーリはそれがどうしたとばかりに軽く肩を竦めてみせる。

 でも戦闘馬鹿だとしても、そちらの方がいいなとシィアは思ってしまう。だって危険をすぐに察知出来る方が絶対にトーリの役に立つはずだから。




 その後も微妙なやり取り、主にグエンダルからの一方的な会話にトーリが適当に声を返す――を、交わしながら進むと、苔むした倒木と下生えが茂った大地に敷かれた石が現れ出し、向かう前方が開けて緑に侵食された建物が見えた。


 さらに近づくにつれ、シィアの首が徐々に上を向く。


 それはを不思議な形をした大きな建物で、太い柱が何本か建ちその上には大きな屋根がついているのだが、その台形の屋根は両端が反り返るようになっていて、そして奥行きは随分と短い。

 大分と崩れてはいるが、建物と言うよりもこれは(アーチ)なのかもしれない。


 上を見上げ立ち止まったシィアにトーリが言う。



「この建物は『山門』って言うんだよ」

「さんもん?」

「森林神殿の入り口だね」

「入り口…」



 思ったように門であるらしい。けれど扉もなければ横は開けっ放しだ。そんな入り口である門の向こう、似たような形をした建物が点在している。そのどれかが森林神殿なのだろう。



「どの建物が森林神殿なの?」



 なので尋ねればトーリは小さく笑った。



「どの、ってのはないんだよ。この遺跡全体を森林神殿と言ってるだけで。…まあ本当は神殿とも言わないんだけどね。この()()においてはそれが一番近い言葉だったから、そう呼ばれるようになったんだ」

「じゃあ一応は神様を奉ってるの?」

「そうだよ。今はもう誰も、名前さえ知らない神様だけど」

「ふーん…」



 忘れられた神様に対しての同情か、少しだけしんみりとした顔をしたトーリ。

 シィアが育った大陸東端ズハールは国の大半が海に面していて、特にレテの町はほぼ完全に海に囲まれていたような場所であったからか、ほとんどの人が海の神様カリプを信仰していた。

 だだし自分たち家族は、そういった宗教的な行事にはほぼ参加していなかった上に、おとうさんもおかあさんもシィアに積極的に宗教を教えることはなかった。だからシィアの中の神様像は割りと希薄だ。

 ただ神様という存在があって、人とは違う、全てを超越したものである――といった認識で。そして祈りの対象であると。


 

「おい、いつまでそこに突っ立てんだ? 早く来いよ!」



 門の下に立ち尽くす二人にグエンダルからの声が飛ぶ。それに、トーリが小さく息を吐いた。



「…勝手についてきたくせに何で仕切ってんだ、あいつ…」

「勝手にじゃねえ! シィアから許可はもらったろ!ってか、聞こえてるからな!」

「あーハイハイ。じゃあ行こうか、シィア」



 「適当にあしらうんじゃねえ!」と吠えるグエンダルを無視してトーリはシィアを促す。

 それにしても、さっきから二人は割りと言い争っているのに険悪になり過ぎないのが謎だ。




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