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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 淘汰されるもの 〜
37/42

37.新たな門出


「ほら、これが新しいアミュレットだよ」

「…腕輪(ブレスレット)?」

「そう」



 はい、とトーリから渡された腕輪は白銀を土台に小さな魔石たちが使われていて。シィアはそれをカチリと腕にはめると目の前に掲げてみせた。


 シィアの小指の太さくらい白銀の輪を囲むようにぐるりと並んだ白い魔石。胸に下げているアミュレットと同じ石で、影になると淡いグレーに見えることに気づき、シィアは目を輝かせると同時に()をピンと立てた。


( トーリの目の色だ… )


 たまたまなのかも知れないが、そんなことを思い喜ぶ。



「立つ前に間に合って良かった」



 とは、レンデル。新しいアミュレットを見てることからわかるように、今トーリとシィアが居るのはレンデルの店だ。

 商品が出来たとの連絡で店に来たのだが、あの夜の宣言通りシィアは現在フードを被ってはいない。なのでレンデルの目の前、シィアの耳はありのまま頭上にある。



『なるほど、シィアは獣人だったのか』


 最初――、トーリの背に隠れるように店に入って来たシィアの耳と尻尾を見て、レンデルは体型と同じように丸く目を見開きそう零した。


 けれどそのあとは通常と変わらず。


 今はピコピコと動く耳を微笑ましく目で追っている。

 



「それにしても、ウェルネスカのやつ遅いな…」



 との声に、シィアは腕輪から視線をはずしトーリを見上げた。



「ウェルネスカとはここで待ち合わせ?」

「ああ。寄るところがあって、それがこの近くだからって」

「ふーん…」



 そんなことを話していると店の扉が開いてウェルネスカが姿を見せた。



「すまん、遅くなった。思ったより病院が混んでてさ」

「病院?」

「ああ、一応私が保証人になってるからな、手続きをしてきた」

「手続き…? …ああ、なるほど…、いつだ?」

「昨晩だそうだ」

「そうか、割りと長くもったな」


「……?」


 

 トーリとウェルネスカ、二人の神妙な顔にシィアは首を傾げる。それに会話の内容もわからない。

 トーリの袖をくいと引き何のことだと求めると、こちらを見下ろしたトーリは少しだけ眉を寄せた。



()()()()に関することだけど、聞きたいかい?」

「……」



 トーリが言う「あの少年」が、パスクルを指すのだというのは直ぐにわかった。なのでシィアは答えられずに黙ってしまう。

 あの夜から二日経っている。だけどその間シィアがパスクルについて話すことはなかったし、トーリもあえて触れないようにしていたのだと思う。――けれど。


 心の痛みがどうであれ自分自身も関わった結果はしっかりと見届けるべきだろう。

 シィアはきゅっと閉じていた口を開く。



「トーリ話して。シィアもちゃんと聞きたい、うんん、聞かないと」


 

 ジッと見上げそう口にしたシィアに、伸びた手が耳と耳の間にポンと置かれ左右に揺れる。



「わかった、シィアがそう言うなら」



 頬をあげたトーリの、その撫でる手を邪魔しないよう耳を横に倒す。

 あの後、トーリにはシィアの年齢を伝えたのだけど、あまり態度は変わっていないようだとワシワシ撫でる手に思う。


 …まあ、あれだけ子供みたいに大泣きしたらそれもそうか。


 トーリは緩めた頬を戻し言う。



「じゃあ話すけど、今のウェルネスカとの会話は少年の父親の話しだよ。昨夜亡くなったらしい」

「あ…」



 シィアが小さな声を零すと、今度はウェルネスカが話を引き継いだ。



「シィアが願ったように、一時は意識が戻ってパスクルとは話が出来ていたそうだ」

「…そうなんだ…」

「それとパスクル本人だけど、バインガレエズが身柄を引き取るようだぞ」

「え?」

「バインガレエズが?」



 それはトーリも初耳だったらしく眉を寄せる。



「何故?」

「さあな。でも戦闘要員ではなくて拠点の雑務要員としてらしいがな」

「それは当然そうだろう。けど…」

「……」



 トーリが驚いているようにシィアも驚く。

 だけど、ひとり人間たちの中で生きていくよりはそちらの方がいいのかもしれない。

 ウェルネスカやレンデルのようにシィア(獣人)を受け入れてくれる人たちもいるだろう。けれど、どうしたってこの町では獣人であることがプラスになるとは思えない。

 排除することが、されることが、当然だとしている世界では。


 だからやっぱりその方がいい。バインガレエズは獣人だけの部隊であるのだし。

 ただそうなれば、この町を離れるパスクルとは二度と関わることはないだろう。


 シィアは腕にはめたアミュレットをもて遊ぶようにくるりと回す。

 


「シィア?」



 俯き黙り込んだシィアにトーリが声をかけ、シィアは俯いたままで大きく頭を振る。

 何でもないという動作なのだが、きっとそうは見えない。それはシィア自身もわかっている。ただどうしようもないほどのやるせない気持ちが勝手に体を動かすのだ。


 ぎゅっとアミュレットを握りしめ耳を下げるシィアに、静かに話を聞いていたレンデルが穏やかな声で言う。



「そういえばシィアに預かりものがあるんだよ」

「………預かり、もの?」



 唐突な話に顔をあげると、レンデルはカウンターの引き出しから布に包まれたものを出し、天板に広げてみせた。



「今朝店に来てね、渡してくれと置いていった」

「……」

「あと言付けも預かってる。『ありがとう』と、それから『ごめん』と」

「……」



 天板にあるものは、見つめるシィアの目と同じ色に輝く。

 それは、あの夜ロブレンへと預けたアミュレット。

 誰から、なんて聞くまでもない。

 


「なんならもう一度付与をかけ直すことも出来るが?」



 気をきかせてくれたのだろうレンデルの提案にシィアはゆっくりと首を振る。

 


「シィア、受け取らない」

「ん?」

「出来れば、それはパスクルに返してもらっていい?」

「何故だい? 返すったって、元々これは君が買ったものだし、付与さえし直せば常時使えるものだが?」



 『ごめん』が何に対するものかわからない。でもその言葉を口にするのなら。



「…それでもパスクルに返してほしい」



 このアミュレットは金緑の石を使っている。

 そう、それはシィア自身が選んだシィアの色だ。

 


「そのまま持ち続けても、捨てても、選択はパスクルに任せる」



 きっとずっと、それはパスクルの心に跡を残すものになる。

 そしてたぶん捨てるという選択は取れないはずだ。そこに父親の影を覚える限り。

 その上で、あったかもしれないシィア(友達)という幻も思い出せばいい。



 そう言い放ったシィアに、レンデルは目尻を細めた緩い笑顔で「わかった」と了承し、ウェルネスカも何故か同じような表情でウンウンと頷く。ただトーリだけが、眉を寄せて複雑な表情をしていたのが不思議だった。




 そして出立の日――、

 町の西側にある停留所にて。


 

「――で、今度はどこに向かうんだ?」

 


 馬車に乗り込むため荷物を担ぎ上げたトーリに、見送りに来たウェルネスカが尋ねる。



「取りあえずはダブランテシュかな。そこからコルガルの森に行く」

「コルガル? …森林神殿か?」

「ああ」



 ウェルネスカが言った森林神殿とは、言葉通りコルガルと言う森にある神殿の遺跡で、そこへ寄る旨はトーリから既に聞いている。しかもだ、今回はシィアも一緒に遺跡に行く予定なのだ。


 

「何だかシィアはご機嫌だな。私はちょっと寂しいんだけど?」

「え?」

「そりゃそうだろう? お別れなわけだし」

「あ…」



 確かにそうだとシィアは眉尻を下げる。

 新しい町に行くことと、トーリがシィアも遺跡に連れて行ってくれるということで少々浮かれていた。

 でも、ウェルネスカとはこれきりとはならないような気がして、どうしてもお別れという感じには思えない。


 誰か、とは違って。


 下った眉をさらにきゅっと寄せたシィアの頭を、ウェルネスカが笑ってクシャリと撫でる。本当に、トーリもウェルネスカも完全にシィアを子供扱いだ。


 頬を膨らまし乱れた髪を直すシィア。

 気づいたのは、気づけたのは、獣人であるからこそ。

 

 不意に耳をピンと立て、鼻先をあげる。

 雑踏の中に、ひしめき合う群衆の中に、――見つけた。



「……シィアね、さよならって言葉、好きじゃないんだけど、」



 ポツリと零した声は別段大きくはないが、()()()()()()()多少離れていても届くだろう。

 その声を受け二人の視線がシィアに向く。



「でも区切りとか、終わりとかをはっきりするためにも『さよなら』ってやっぱり必要なのかなって」

「んん?」

「そうしたら、次に()()時にはまた新しい、新たな気持ちが持てるんじゃないかって」

「……うーん、よくわからないが、ズルズル引きずるよりはマシかな? でも私とシィアの場合はそれこそ『またね』だけどな」

「うん、そうだね」



 ウェルネスカは怪訝な顔をしながらもそう話し、シィアも笑って頷く。そしてトーリは、馬車を待つ人混みに軽く視線を向けたあと小さく息を吐き、シィアの背に手を添えた。



「そろそろ時間だ、馬車に乗ろう」



 馬車に乗り込み一番後部の席に座る。



「またな、シィア」

「さよなら、ウェルネスカ」



 笑顔で見送るウェルネスカに手を振ると、それを合図のように馬車が動き出す。

 景色がゆっくりと流れる。その中に微かに見え隠れする()()()

 シィアは馬車の手すりを掴むと身を乗り出し声をあげた。



「さよならっ」



 さよなら、さよなら。

 終わりであり、始まりに続く可能性を秘めた言葉。


 一度壊れたものはもう同じカタチには戻らない。

 けれど、違うものになったとしても、カタチはカタチ。違うものでも繋がれる。だから。


 シィアは再び大きな声で言う。



「さよなら!」






  〜 淘汰されるもの 〜  終 




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