32.ダウジング
シィアが檻の中で目覚めるより少し前、トーリとウェルネスカは付与師のレンデルの店にて三人で膝を突き合わせていた。
「――つまり、シィアは今レンデルさんが付与したアミュレットを身につけていて、その魔力の痕跡を追うってことか?」
一通りの説明をウェルネスカが確認するように繰り返しトーリは小さく頷く。
「付与してから時間も経っていないし、まだ混ざっても薄れてもいないからいけると思う」
「だけど、追うったって場所のあてはあるのかい?」
と、レンデル。眉をひそめて続ける。
「手伝うことに関しては全く構わないが、やみくもに動き回ったって無駄に時間が過ぎるだけだぞ」
「ええ、なので絞れるとこは絞るつもりです。ええっと、この町の地図とかあります?」
「え、地図かい? …どうだろ? ちょっと見てくるよ」
レンデルが地図を探しに席をはずし、再びウェルネスカがトーリへと尋ねる。
「地図で絞り込むのか?」
「一応お前が言ったバルド商会を念頭に入れてあたるつもりだ」
「あたるったって…、店舗や倉庫だけでどれだけあるか」
「いや、地図上でわかるように示してくれたらいい。あとは倉庫街とかそういった場所も」
「だからそれを残らず回るってことだろ? レンデルさんが言うように時間がかかり過ぎる」
「言っただろ、地図上で示すだけだって。そこから潜る」
「もぐ――…え?」
「あったぞ、これでいいか?」
地図を持ったレンデルが戻ったことで話は立ち消え、戸惑った表情を浮かべたウェルネスカは取りあえず放置してトーリは受け取った地図を机の上で広げた。
町全体のものと、地区ごとの詳細なもの。
「ありがとうございます、完璧です。それでウェルネスカにも言ったんですけど、この地図にバルド商会に関連する場所を示してもらえますか?」
「バルド商会? あそこが絡んでるのか?」
「絶対とは言えないですが、噂の範囲と言うか」
「…まあ確かにあまり良い噂は聞かないが…」
渋い顔をしたレンデルとまだ何か言いたげなウェルネスカに、まずは町全体の地図上に印として小さなクズ魔石を置いていってもらう。
「分かる範囲で構わないので。それと今は大まかでも大丈夫です。あと倉庫街や隠すのに適してそうな場所も頼みます」
地図に石が並んで行く中、今度はレンデルが疑問を口にした。
「…悪いが、これに意味があるのか?」
若干呆れが滲む不審の声だ。
でもそう思われてしょうがない。今からしようとしていることは、自分の知っている常識の中でもイカサマだと眉唾だと言われるようなもの。
「ここから特定の場所を絞り込んでいくんですよ」
「ここから? この地図上から?」
「ええそうです」
説明するより見てもらった方が早い。怪訝に眉を寄せる二人を見て、トーリはレンデルに自分対して魔力を流してもらうよう言う。
「レンデルさんまずは僕に魔力を流してもらえますか」
「魔力を? 君に?」
「ええ、僕の肩辺りに手を置いて貰えれば。やり方は付与する時と同じ感じで構いませんので」
その言葉に今度は戸惑った表情を見せる。だけど説明は敢えてせず、取りあえず行動へと移してもらう。
トーリの肩へと片手を乗せたレンデルは集中するよう少しだけ視線を伏せて、トーリはその魔力を感じ取りながら地図上に置かれたクズ魔石に軽く触れてゆく。
ウェルネスカが静かに見守る中、触れていた石を地図上から外し、別のに触れ、また別のへ。それを幾度も繰り返すと地図上には幾つかの石が残った。
南地区が一番多く、東と西に少し、北地区は零だ。
一人外側で見ていたウェルネスカが口を開く。
「…ええっと、トーリの言葉を借りるとすると、この残った石の辺りにレンデルさんの魔力を感じるってことか?」
「ああそうだ。西に関してはこの店の近くだからってのもあるけど、――東は?」
「ここらへんは僕の仕事仲間がいる辺りだね」
トーリの視線を受けてレンデルが答える。
「北はまあ然りとして、南には顧客が多いから当然こうなるだろう。それに、今ここにある石の辺りはこの前現場に赴いて仕事をした所だし、ここもそうだ」
「ふーん…、レンデルさんがそう言うなら間違いはないってことか。 じゃあ今からこの残った石の辺りを手分けして探すってことだな?」
レンデルが今言った二つの場所を外したとして残り五つ。回れない数ではない。そんなウェルネスカの声に、だけどトーリは首を振る。
「いや、さらに絞る。取りあえずは南地区の詳細地図で、その残った石を今度はなるべく正確に置き直そう」
「さらにって…、疑うわけじゃないがそこまで出来るのか…」
確かに疑うような感じではなく、どちからと言えば呆れたような声だ。割りと長い付き合いがあるウェルネスカだが、自分がこういったことが出来るなんて話はしたことがないし、言ったこともない。
ウェルネスカの何とも言えない眼差しを小さく笑って誤魔化し、新たに並べられた石を見る。五つのどれもバルド商会とは直接関係なさそうな場所ではある。
トーリが石へと手を伸ばそうとすると「魔力は?」とレンデル。
「今回は大丈夫です。もう覚えましたので」
そう言うとレンデルもまた何とも言えない顔をする。
当然である。他人の魔力など簡単に覚えれるものではない。
それにも曖昧に笑って誤魔化したトーリは一番手前の石に触れ、目を閉じ、――潜る。
さっきウェルネスカに言ったとおり、この行為は『潜る』という言葉が一番近い。
自分の中、意識の海へと深く深く潜ると、やがてそれは世界に溶け広がる。その間隔を他人に説明することは難しい。
それに実際説明しようとしても無駄だ。この行為は自分にしか出来ないと知っている。
だってこれは僕らが持つ特典だから。
町の隅々まで広がった意識を石の置かれた場所に漂う魔力に同調させる。
( ……ここは違う、シィアはいない )
二つ、三つとはずし、四つめ――、
深く強い感情にさらされているシィアの意識に触れた。
( 見つけた! )
けれどこの行為は一方通行でシィアと共有出来るわけじゃない。
トーリは直ぐに散らばっていた意識をひとつの元へと纏める、己というカタチへと。
そして目を開けたトーリはガクリと膝をつく。
「おいっ! 大丈夫か、トーリ」
慌てて駆け寄ったウェルネスカにトーリは「大丈夫だ」と手を上げ体を起こす。これをすると酷く消耗するのはわかってたこと。それに潜っている間はとても無防備になるため迂闊に出来るものではない。
「見つけた、シィアがいるのはここだ」
トーリが示したのは限りなく東寄りの南地区で、物流のための通りに面した大きな倉庫街。
「ここか…、レンデルさんは仕事で行ったことは?」
「………、…いや、覚えはないが僕が施した品がないとは断言出来ないな。けどここ最近、東側で納品依頼を受けた記憶もないが」
「じゃあ確定か」
「取りあえず僕は今からここに向かう。ウェルネスカ、お前は?」
「当然行くさ。もしシィアに何かあってお前が暴走したら大変だからな」
「お前、縁起でもないこと言うなよ。それに暴走なんかしないし、シィアは元気だ」
ただし、酷く動揺している感はあったが。
レンデルに手伝ってくれたことのお礼を言い、直ぐに見つけた場所へと向かおうとすると「少し待ってくれ」と引き止められる。
一旦店の奥へと行き再び戻ったレンデルが手渡してきたもの。トーリは軽く目を瞬く。
「これは…?」
「この石の色を見ればわかるだろう」
それはブローチタイプのアミュレットで、台座には金緑の石がはまっている。
「……なるほど、これが内緒話の中身ですか」
「本当は本人から渡したかったのだと思うけど、今持っていってもらった方が良いかと思ってね。 だから、済まないがあの子には代わりに謝っておいてくれると有難い」
「わかりました。それとありがとうございます」
「いいや、僕は頼まれて仕事をしただけで、その言葉はシィアに言ってやってくれ」
「ええ、もちろんです」
シィアは落とすと嫌だからと紐に通して首から掛けているが、トーリは本来の使い方で上着の胸元にアミュレットを留める。
「お前を守るんだって強い意志を感じるな」
しげしげとアミュレットを眺めたウェルネスカの、そんな軽口にトーリは苦笑を浮かべる。
シィアが自分に向けてくる真っ直ぐで純粋な感情をこそばゆく思い、複雑にも思う。
それはきっと『刷り込み』に近いもの。
けれどもそれが煩わしいなんてことはなくむしろ逆だ。
今だってそんな場合ではないというのに、シィアが自分の目の色にそっくりなものをわざわざ選んで作ったということに、自然と口角が上がってしまう。
「おい、顔がニヤけてるぞ」
「気のせいだろ」
「『うちのコ可愛い』とか思ってそうな顔だな」
「それはその通りだ」
「……」
「じゃあレンデルさん、僕らは行きます」
「ああ、気をつけて」
呆れて絶句しているウェルネスカを追い立てる、トーリの足取りは軽やかだ。
その一方――、
向かう先にいるシィアは重い現実の中にいた。




