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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 淘汰されるもの 〜
31/42

31.囚われたシィア


 石壁の僅かな隙間から射し込むオレンジ色の陽光が偶然にシィアの顔を照らし、その眩しさに閉ざされていた目蓋がピクリと揺れた。


 

「…ん…」



 自分で零した声が呼び水となってシィアの意識が浮上し、ゆっくりと目を開ける。辺りは薄暗く、酷く頭が重い。

 


「……ここは…」



( …どこだろう? )


 知らない場所、知らない匂い。


 シィアは重たい頭を小さく振り、体は伏せたままで周りを見渡す。

 薄暗さは別にシィアにとっては気になるものではなく。よく見れば、どうやら四方を金属の棒で囲まれた檻のようなものの中にいるらしい。


 辺りに漂う黴びた臭いに顔をしかめながら起き上がる。頭が重い以外は体に痛みはなく異常はなさそうだ。

 もう一度しっかりと周りを確認してみる。檻はシィアが手足を目一杯広げたくらいのサイズで高さは然程ない。その檻の外は木箱や麻袋などが雑多に積み上げられていて、倉庫か何かのようだ。


 どうしてこんなとこにいるのか?

 自分に何があったのか?


 少しずつ晴れてきた頭で考えて、ハッと息を飲む。



「パスクル!? パスクルどこ!?」



 声をあげるが返る返事はない。パスクルは一緒ではないのか?

 ぎゅっと眉を寄せたシィアは昨日の夜の出来事を反芻する。


 昨夜シィアは宿から抜け出し、パスクルの父親に言われた場所に向かった。

 そうしたら、確かにパスクルはそこにいた。



 小さな街灯の下で所在なさげに立つパスクル。けれどシィアは隠れているという条件なので、通りを挟んだ向かいの路地に隠れて見守っていた。

 そのパスクルに、人間らしき男が近づいて来る。

 仕事の手伝いだと言っていたからその仲間なのかもしれないと様子を見ていたら、男に気づいたパスクルは一瞬顔を強張らせて一歩下った。



( 仕事の人ではない? )



 どうしようか、飛び出すべきだろうか。

 でも本当に仕事の関係の人であればシィアの行動は余計なお世話になる。

 躊躇うシィアの視線の先で、パスクルはまた一歩下がり、近づいて来る男が腕を前に差し向けた。

 

 その手にあるのはナイフだ。



「――パスクル!!」



 シィアが声をあげると、パスクルが驚いた顔でこちらを見て。何故かさらに驚いたように目を見開いた。



「パスクル、危ない! 逃げ――…っ!?」



 必死に張り上げた声は背後から伸ばされた手によって遮られ最後まで告げることは出来ず。

 口と鼻に当てられた布からツンとした臭いが鼻から頭へと抜けた。

 瞬間意識が朦朧となる。


 ――しまった…と、思う。


 目の前のことに気を取られて背後の気配に気づかなかった。



「シィア!!」



 男を振り切るようにパスクルがこちらへと駆けてくる。そして自分を呼ぶパスクルの声を聞きながら、シィアの意識は暗転した。



 ……それが昨夜の最後の記憶。


 今のこの状況からすると、後ろにいた何者かによってシィアは捕まったのだと言うこと。その上シィアは現在耳を晒してしまっている。獣人であることがバレたから捕まったのだ。たぶんパスクルも。

 でもこの部屋には自分以外の気配はない。


 シィアは檻の格子を掴むと思っきり揺さぶる。だけどシィアごときの力では当然ビクともしない。

 


「パスクル!」



 もう一度名を呼んでみるがやはり声は返らず。その代わりに、こちらへと近づいて来る足音が聞こえた。




「やっと起きたか」



 そう言って、部屋にある唯一の扉から姿を見せたのは、ランタンを片手に持った全く知らない人間の男。

 シィアは直ぐに男から目一杯距離を取る。が、檻の中では制限があり何か細長い物でもあればいくらでも届いてしまう距離だ。

 低く身構え警戒の眼差しを向けるシィアに男は言う。



「残念だが、いくら叫んでも誰かが助けに来ることはねぇぞ。ここら一帯はバルド商会が押さえてるからな」

「……」



 バルド商会? それが何かはわからないけど、要するに叫んでも無駄だと言いたいのだろう。でも別にシィアは助けを求めて声をあげたわけではない。



「……………パスクルはどこ?」

「は?」

「…パスクルだよ、山羊の獣人の」

「あ? …ああ、あの獣人野郎の息子か。さあな、ここにはいねぇよ。家にでもいるんだろ」

「家に?」



 シィアは眉を寄せる。どういうことだろう。パスクルは捕まってない? しかも『息子』という言葉を使ったということはパスクルの父親とは顔見知りなのか? ただし言い方に棘はあるが。


 ただなんにせよシィアを捕らえた一味であろうこの男の言葉など信用は出来ない。そんなことを考え込んでいると、男がランタンを檻に近づけた。

 眩しさにシィアは顔をしかめる。



「…へえ、本当に獣人なんだな。耳が無ければ人と変わらねぇとは…」



 明かりを掲げジロジロと眺める目に不快を感じ、シィアは爪と牙を見せ低く唸る。

 だがそれも男にはひとつも脅威とはならなかったようで、軽く鼻で笑い流された。



「子猫の威嚇か? ひとつも怖くねぇぞ。だけど確かにこれは愛玩(ペット)としての価値は高そうだな。ハハ、ちょっと躾けるか」



 男が何を言っているのかわかりたくもないが、不愉快なことを言われているのはわかる。これでもかと鼻の頭にシワを寄せるシィアに、男は薄ら笑いを浮かべたまま腰にぶら下げた鍵束に手をかけた。

 

 ( 鍵? この檻を開けるつもり? )


 それならばチャンスだ。男は小ぶりな剣を腰に(はべ)てはいるが抜いてもいないし手を掛けてもいない。完全にシィアを侮っている。

 チャラチャラと音を立てながらこちらに見せつけるように鍵を一つ掴んだ男。シィアは息をひそめて待つ。鍵が外された瞬間がチャンスだ。


 だけど、それを邪魔する声が入った。



「檻を開けるのは止めた方がいいですよ」



 男はギョッとしたように振り向き、同じように視線をやったシィアは大きく目を見開く。



「彼女は肉食の獣人だから、迂闊に手を出すと引き裂かれるか食いちぎられるかもしれないですから」



 男は手にしたランタンを声の方へと向け、浮かび上がったその姿に忌々しそうに舌打ちをした。



「お前か…。…なんだ、 ()()()()だから庇う気か?」

「事実を言っただけです。それに忘れてませんか? その子を連れてきたのは()()()()



 その言葉にシィアの耳がビクッと揺れる。男がランタンを向けるまでもなくシィアには新たに加わった第三者の姿は見えていた。だからこそその言葉に驚く。

 ランタンに照らされた人物は眩しさにか少し目を眇め、そうすると余計笑っているように見える顔で男に告げる。



「それにその子はご主人、バルド様が気に入り特別に目をかけてる()()ですよ。下手に傷つけて困るのは貴方では?」

「………チッ、おべっか野郎が…」

「ついでに言うと、管理を任されてるのも僕です」



 淡々と言われた言葉に男はもう一度盛大な舌打ちをつくと、扉を蹴り開けるように出て行った。 

 

 開けっ放しになった扉の、廊下の明かりが檻の格子辺りまで伸びて、シィアはおずおずとその明かりの中へと進み出る。

 檻の内と外。()()()()()白い毛に覆われた顔は明かりを背に影となるが、シィアの目にはその表情はハッキリと見えた。


 シィアは檻の格子を握りしめ、見上げる。



「………パスクルのお父さん…」

「やあ、こんにちわシィア。いや、もうこんばんわかな」



 檻の前に立つパスクルの父親――ロブレンは、戸惑うシィアに向けゆるりと笑った。

 



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