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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 旅人と落し子 〜
3/43

3.匂いのない人


 おかあさんが土の中へと埋められる日は久しぶりに薄い日が差していて。ローブを被ったシィアはやはり離れた場所からそれを見守る。手に持つのは白い花。皆んなの持つものとは違うけれど森で自ら探してきた花だ。

 弔いの鐘がなり献花を終えた人がはけてゆく。その姿が全員消えたあとにぎゅっとローブを目深に被り直したシィアはそろそろと歩み出る。

 おとうさんの横に新たに盛られた土は少ししけった匂いがして、二人の墓に均等に花を添えたシィアはただ立ち尽くす。


 

 「……おとうさん、おかあさん…」



 ビュゥと風が一瞬強く吹き、花を散らした上にローブの中に音をこもらせ、ついでに人の気配もかき消してしまった。

 だから、「――君は?」と掛けられた声にビクッと背を跳ねさせてシィアは脱兎のごとく逃げ出した。


( 見られた! 見つかった! )


 急いで家へと戻ると奥の部屋へと飛び込み身を縮める。


( どうしよう、どうしたらいい!? )


 心臓がドクドクと大きな音をたて呼吸も荒い。

 でもこういう時はまず落ち着いて冷静になるようにと、教えてくれたのはおとうさんだ。


 シィアは意識して、呼吸を落ち着けるよう深く息を吐き、トットットと心臓が落ち着くのを待った。

 確かに、見られはしたがローブは被っていたしこちらの容姿まで完全には見えてないはずだ。だけどやはり日中の行動は人目につく、動くのは夜がいい。自分は夜目がきくのだから――と、考えをまとめた。


 

 それからは考えた通りに夜に動くことにした。本当は外に出なければいいのだけれど二人のお墓に花を添えなければならない。


 シィアは毎日森に行っては花を摘み、それを二人のお墓に添える。けれどいつも花が咲いているとは限らず、花が採れない時は、たまたま見つけた暗闇で白く光る珍しい石を持っていった。

 それは山の奥の方にあり、誰も来ないのだろう、割りと沢山転がっていて。それを家に持ち帰り、花の代わりにとお墓に一つ一つ積み重ねていった。


 だけど、ある時を境にその石が全て消えてしまった。

 誰が? どうして?

 その場にはとても嫌な気配が残っていたけれど、その気配が石を持っていったかはわからない。光るものは鳥だって集めるし、掃除のために片付けられた可能性だってある。



 並べる、消える。

 それを繰り返していたある日、前に感じた嫌な気配が近づいて来るのを感じて、シィアは素早く身を翻す。

 ――が、その気配は、いや、人影はシィアの動きがわかるかのように進行方向に回り込んだ。


 今日は新月で月明かりなどない暗闇なのに? 


 自分と同じく夜目がきくのだろうか?

 近づいてくる人影を警戒しながらジッと見つめる。



「…意外と小さいな、子どもか…?」



 声からして人影は男で、確実にシィアの存在を認めて声を発している。やはり見えているらしい。けれど近づいた人影には耳も尻尾もなく、自分と同じではなかった。ただ目の部分だけを変わった眼鏡のような物で覆っている。

 その男からこちらへと向けられる感情は決して良いものではない。

 シィアが一歩後ずさると、背後にも同じような気配がする。どうやら囲まれたようだ。 

 焦りと警戒でローブの中の耳がペタリと下がる。



「おっと、逃げるなよ? 怖い思いはしたくないだろ? 俺たちはちょっと話を聞きたいだけだ」

「……………話って…?」


 

 おとうさんとおかあさん以外の人と話すのは初めてだ。しかも健全な会話がされるとはとても思えない。だからか、零した声は小さく掠れてしまった。



「…ふん、やっぱり子どもか。 ところでお前、あの石はどこで手に入れた?」

「…石…?」

「わからないのか? 集光石だよ、お前が墓に並べていた石だ」

「ああ…」



 シィアは軽く息を吐く。どうやらこの男たちが石を持ち去った犯人のようだ。

 そのことに思うことがないわけではないが、せっかく置いた石を取られるくらいなら山から直接持っていってもらった方がいい。

 自分にはわからない価値があの石にはあるのだろう。



「山の奥、川に沿って行けば滝に出る。その脇の崖を登った一段目の開けた場所と洞窟の中に石は転がってる」



 それだけ言って立ち去ろうとしたシィアだったが、男は一歩で距離を詰め肩に強い力が加わった。



「待て、お前には案内してもらう」



 早く家に帰りたかったのと、良くない感情を抱えた知らない人物に触れられ、ゾワッと肌が泡立ち肩に置かれた手を強く振り払う。

 その際思わず出てしまった爪が相手を傷つけたようで瞬間血の匂いが広がった。



「――っ!」

「あ…」



 男は少し怯んだように距離を開けた。



「コイツ武器を持ってるぞ!」

「違――…っ!?」



 違うのだ。と、傷つけたことを謝ろうとしたけど、男がさらに強い感情をシィアに向けたためにその声が詰まる。


 向けらたそれは驚きと、もうひとつ別の、肌に突き刺さるような感情。それは怒気と殺気。

 今までそんなものを向けられたことがないシィアには当然わからないものであったが、本能が逃げろと警告を出した。


 ダッ!と、シィアは身を翻す。だけど男の反応も早かった。伸ばされた腕がローブを掠める。

 


「――あっ!!」

 


 その声を発したのはどちらか。

 

 人が抱く感情をシィアは聴覚と嗅覚で感じ取れる。それもまたこの耳と尻尾がある所以であるなら、誰にも理解は出来ないだろう。

 先ほどの強く嗅ぐった()()は一気に消え去り、幾つもの目まぐるしい感情という名の匂いがシィアに纏わりつく。

 それを振り払うように()()()ローブを深く被り直すと、シィアは勢いよく走り出した。



「…あ、待て…っ」



 止める声には僅かな躊躇いが見え、行動も伴わないその弱腰の制止ではシィアの足を止める枷にはならない。


 見られた。今度こそ、確実に。

 


 家へと逃げ込んだシィアは奥の部屋へと駆け込むと、ローブの上から毛布を被り丸くなる。


( 見られた、見られたっ、見られた!! )


 二人との約束を破ってしまった。


 ――でもっ、でも…だ! 


 男がシィアに向けた、あの目まぐるしく入れ替わる感情は一体何だったのか?


 驚き、困惑、戸惑い、疑心、否定、畏怖、そして――恐怖。

 その中で一番大きな場所を占めていたのが恐怖だ。決して強く主張するものではなかったけど、全ての感情に沿うようにそれがあった。


 こちらへと向けられた、怯えの匂い。


 それはシィアがみんなとは違うから?

 だからおとうさんもおかあさんも姿を見せないようにって言ったの?


 見られたことよりも今はそのことの方がシィアの心を囚える。


 自分の容姿が人に恐怖を与える?


 おとうさんとおかあさんはシィアを慈しんでくれた。そこに偽りの匂いはなかった。

 でも二人のそれが特別であったなら? あの男が示した感情の方が普通であったなら?



 ベッドの上、痩せた腕を伸ばしシィアの頭を撫でるおかあさんとの会話を思い出す。



「シィア、よく聞いて。もし私が亡くなったら、」

「おかあさん!」



 遮るように抗議の声をあげたシィアに、おかあさんは珍しく強い口調で続けた。



「最後までちゃんと聞きなさい、シィア。貴方は少しずつでいいから外に出て他の人と関わりなさい」

「……ローブは?」

「それは脱いではダメよ。けど、もし貴方が本当に信頼出来る人を見つけたら、それもきっと必要なくなるから」

「……シィアは、おかあさん以外いらないよ」

「ありがとうシィア。でも何れ貴方にもおかあさん以外にそう思える人が出来るわ。いえ、見つけて欲しい。私やおとうさんのようにシィアを愛してくれる人を見つけるの。見つけるのは得意でしょう?」

「でも…」

「これは約束よ、シィア」



 そう、約束は大事なもの。

 でも、絶対に守られるとは限らないもの。

 

 あの男がシィアに恐怖を抱いたように、シィアだってこの一人投げ出された世界に恐怖を抱いている。

 だって皆んなとは違う自分の姿の理由がわからないし、意味もわからない。そしてその違うということが他の人に恐怖を与えるのなら、シィアを愛してくれる人などいるはずがないのだ。



 それからシィアはひたすら閉じこもった。

 二人のお墓にも行かずに食事も取らずに、積み上げた毛布の中で丸くなる。

 優しく守ってくれていた二人が居なくなった今、シィアは、本当にひとりぼっちになってしまったことを改めて自覚した。


 怖い。一人が怖い。世界が怖い。皆んなと違う自分が怖い。向けられる視線も匂いも全てが怖い。


 それに、いつもより外の気配に敏感になっていたシィアはずっと感じ取っていた。あの日以降周囲に漂う不穏な空気を。

 それは距離を詰めてきたり離れたり。まるで様子を覗うように家の周りをうろつく。

 その中にはあの男たちの匂いもある、だけどそれとは違う幾人かの人の匂いをもシィアは嗅ぎ取っていた。


 見られてしまったからだろうか?


 だとしても、シィアはもういいか、と思っていた。おとうさんもおかあさんもどうせいない。ならもういいかって。



 パリンッと窓が割られる音がして、途端嫌な匂いが一気に鼻に届いた。それは感覚的なものではなくて直接的な刺激。

 もういいかと思っていたはずなのに本能がそれに逆らった。



「おいっ! そっちに逃げたぞ!」

「眠り香をもっと増やせ! マスクのない奴は外に出ろ!」



 言葉の通りならシィアを眠らせるための何か撒いたのだ。眠らせて捕まえる? ならそれでいいじゃないかと思うのに、シィアの足は止まらず。侵入者の手を掻いくぐって窓の外へと飛び出した。


 薄暗かった室内とは違い、外はまだ昼を過ぎた頃で明るい。ローブは毛布から飛び出した時に置き去りにしてきたため無防備なままで立ち尽くすシィア。

 その明るい日差しの中に姿が晒される。



「――ヒッ!」

「何だあの姿は!?」

「獣の耳と尾を持つ子供だと?」

「あれが落し子か!」

「おいっ、国の役人たちはまだか!!」



 周りを取り囲んでいた人々の声と強い感情と、様々なものがいっせいにシィアに降りかかる。

 

 うるさい、怖い。逃げたい、怖い。


 耳を下げ、尻尾を下げる。

 人々のざわめきがシィアを追い詰め煽り、もはや恐慌状態となったシィアの思考は本能だけを頼りに行動を起こす。

 

 見つけたのは自分を取り囲む者の中で唯一、そこだけ全く匂いを感じない場所。

 脇目も振らず駆け出したシィアは躊躇うことなくそこへと飛び込んだ。




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