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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 淘汰されるもの 〜
28/42

28.失踪


 遺跡にはやはりというか目ぼしい情報は見当たらなかった。

 トーリは帰路の途を辿りながら深い息を吐く。


 それを探すことに意味があるのかと思う。もう必要ないのではと。()()()が持って行ったのならもうそれでいいんじゃないかと。

 だけど、自分が()()()()()()()という現実が全ての答え。


 死なない、死ねない、破棄できない。


 強い思いとその約束は呪いのようなものだ。

 それを交わした相手がすでにいないのなら尚さら。


 『お前は後悔を背負って生きろ』


 怒りと絶望と、あらゆる感情が込められた黒い目が、どれだけ時が経とうとも脳裏から消えない。



 乗り合い馬車がナドレーの停留所へと着く。昼前にはもうキリをつけ遺跡から引き揚げたのでまだ夕方にもならない。

 きっとさみしい思いをさせたであろうシィアに何かお土産でも買って帰ろうと、露店が並ぶ通りに足を踏み入れたら大きな声がトーリを呼び止めた。



「――あ! おいっ、トーリ!」



 声の主はスラリとした赤毛の女性、ウェルネスカだ。何故か少し焦った表情をしている。



「ウェルネスカ、どうしたんだ?」

「どうしたじゃない! お前いい加減『個人』の登録しろよ! 連絡取ろうと何度か手紙を飛ばしたんだぞ!」

「え、そうなのか」



 手紙を飛ばすとは言葉通りの意味で、相手と直ぐに手紙のやり取りが出来る方法だが、個人を決定するために公的なギルドに登録しなければならない。

 ただしその登録には魔力が必要であり、それを持たない者は手紙屋という仲介を使ってのやり取りとなる。

 シィアには言ってはいないがトーリは魔力持ちだ。けれど登録はしてないし、これからもするつもりはない。



「おかげで町の入り口にお前が帰って来たと分かるように専用の結界を――や、そんなこと今はどうでもいい!」



 自分で振ってきたくせに苛立たしげに会話を切ったウェルネスカが次に口にした言葉に、流石のトーリも顔を色を変えざるを得なかった。



「シィアが消えた!」

「――は!?」






 夜明けの星亭に向かうと、宿の主人がソワソワと落ち着かない様子で外にいて、トーリとウェルネスカを見つけると向こうから駆け寄ってきた。



「あの子は見つかったかい?」

「いいや、まだだ。トーリとも一緒じゃなかった」



 主人の声にウェルネスカが首を振る。話を聞いて直ぐにこちらに移動したので、状況が全く読めてないトーリは取りあえず二人に尋ねる。

 


「何が起こったんだ?」

「主人、ちょっとトーリにもう一度話をしてやってくれ」

「――あ、ああ…」



 宿の主人曰く、朝食の時間になってもシィアが食堂に降りて来なかったので様子を見に行くと、部屋はもぬけの殻だったのだと言う。



「荷物は置いたままだったし、ちょっと出かけただけかなと思ったんだが昼になっても戻らなかったから…。それで、知り合いだと言ってたジェンバルさんのとこに行ったんだ」



 ジェンバルとはウェルネスカの姓だ。そのウェルネスカが頷く。



「最後に見たのは夕食時だそうだ。部屋の方は荒らされた様子はなかったし、人見知りのシィアが誰かについて行くなんてことはないだろ? だから夕食以降の早朝までの間にシィアが自ら出て行ったんじゃないかって」

「シィアが?」

「どこか行きそうなところに心当たりはないか?」

「どこかって言っても…、ここに来たばかり

のシィアに行くとこなんて。大体知り合いもいないぞ」

「知り合い…、……あー…」

 


 唐突に、不自然な間延びした声をウェルネスカが零し、トーリは怪訝に眉を寄せる。



「何?」

「あ、いや…、でも夜は帰ってたなら…」

「おい、ウェルネスカ? 何か知ってるのか?」

「あー…、いや、うん。そうだな、昨日シィアは付与師の店に行くとは言ってた」

「付与師?」

「お前と寄ったって」

「ああ…」



 あの付与師の店かとトーリは頷く。

 そういえば、店を出る時にシィアが店主と何か話していたなと。たぶん自分に内緒にしたいのだということがわかったので触れることはしなかったが。



「…ちょっと行ってみるか。主人、すまないけど、この荷物を部屋に置いといてくれるか?」

「――あ、ああ、わかった」

「待てトーリ、私も行く」



 大きな荷物を宿の主人に預け、身軽になったトーリはウェルネスカと付与師の店へと向かう。




「僕がいない間にシィアに会っただろ。何があった?」



 その途中、トーリはウェルネスカに確信をもって尋ねる。あの不自然さは確実に何かあったはずだ。ウェルネスカは再び「あー…」と声を零した。



「んー、まあ、獣人の子供と友達になったらしいよ」

「獣人の? どういうことだ、まさか北地区に?」

「いや、それはないってわかるだろ。お前が禁止したことを破ると思うか? あの子が」

「……まあ」



 そう言われると少し苦い気持ちになる。自分(トーリ)に関しての危険を伴うことについては割りと反抗をみせるけど、それ以外ではシィアはとても素直で従順である。こちらが戸惑うほどに。

 


「虐められてるとこを助けたらしい」

「シィアが? 自ら進んで?」

「じゃないか? ほら獣人に会いたがってたようだし。友達になったんだろ、昨日も一緒に付与師のとこに行ったんだし」

「え? や、ちょっと待て、付与師のとこには獣人の子と行ったのか?」

「あー…、まあ、そうだな…」



 これまた歯切れの悪い返事だ。それにピンとくるものがありトーリは低い声で尋ねる。



「…その獣人の子はまさか男か?」

「え、や、どーだろ? 私はそこまで聞いてないなぁ」

「目が泳いでるぞウェルネスカ」

「いやー今日は埃っぽい、目が乾燥する」

「棒読みだな」

「いちいちうるさいな、お前は過保護な親か?」

「保護者だから実施親代わりだ」

「過干渉は嫌われるんだぞ。――あ、ほら、あの店だろ」

「おい、ウェルネスカ!」



 トーリの尋問をすり抜け会話を無理やり終わらせたウェルネスカは先に付与師の店に駆け込み、その後に続くトーリは眉間に高い山を築く。


 シィアの世界を広げるのには友達という存在は必要だろう。だけど自分のいない時に、しかもそれが男だというのが何だかいただけないし気に食わない。過保護だと、過干渉だと言われようともだ。


 

「レンデルさん、こんにちわ、お邪魔します」

「おや、ウェルネスカじゃないか。それと、この前の兄さんか」



 二人は顔見知りらしい。まあ同じ町に住む魔術師同士ならそれも納得だ。

 厳しい表情のままのトーリを見て、レンデルと呼ばれた付与師の店主は目を瞬く。



「何かあったのかい? 何だか不機嫌な様子だけど」

「昨日、シィアが来てたらしいですね」

「え、ああ、まあ。男友達(ボーイフレンド)と遊びに来てくれたよ」

「は…、ボーイフレンド…?」

「わああ、レンデルさん! ふ、二人はどんな感じで?」

「どんな感じ? 店にしばらくいたあとは、仲良く二人で出て行ってたよ」

「…仲良く…?」

「そ、それは何時頃で?」

「昼前だったと思うけど、…一体何が?」



 段々と不機嫌さが増してゆくトーリを見て首を捻るレンデルにウェルネスカがシィアが帰って来ないのだと説明し、その説明にトーリの機嫌がさらに下がる。



「そいつの名前とかわかりますか?」

「ん? 確かパスクルと呼んでいたな。山羊の獣人だったよ」



 草食系であるらしい。ならば性格はまだ穏やかだろう。ただし認めたわけではないが。


( ……て、何目線なんだ )


 自分の思考に自分自身で突っ込んでトーリは大きくひとつ息を吐く。



「じゃあ、次はそいつに会いに行くか」

「えっ! ……お前…、ちゃんと今すべき目的を理解してるよな?」

「当たり前だろ。シィアを探す、それが第一だ」

「ならいいけど…」



 それが第一なのは当然としても、話を聞くついでに色々と釘を刺すことだって当然だと思っている。

 そこはきっちり、しっかり、はっきりと、話をつけねば。




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