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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 淘汰されるもの 〜
26/42

26.友達


 粗方のかたちは決まったのであとは店主のおじさんに任せ、シィアはパスクルと店を出た。

 しばらく無言で進んで、パスクルは足を止める。



「じゃあ、シィアの用事も終わったみたいだし、僕はもう行くね」

「え?」

「え、?」

「今日は一日暇だってパスクル昨日言ってたよね?」

「あ、うん、まあ、言ったけど…」

「シィアも用事は済んだし、ここからはパスクルに町を案内してもらいたいなって」



 そう言うと、パスクルは困ったように眉尻を下げる。確かに頼んでいたのは付与師の店に案内してもらうことだけだったけど。



「…ダメかな」



 しゅんと肩を落とすシィアにパスクルは「違うよ!」と手を振るが、困った顔は変わらない。そして何か言おうと口を開け、けれども一旦閉じ、再び開いたあとに零れたのは小さな小さなため息。



「シィアもさっきの店でのあれでわかったろ? 僕とは、…獣人とは一緒にいない方がいい」

「なんで? わからないよ、わかったのはあの男が嫌なヤツだってことだけだもの」

「うん、でも、そのシィアが言った男の態度は別段珍しいことではないんだ。そういう人たちは一緒にいる人間も標的にしてくる。それが獣人でなくてもだよ。…本当に、店のおじさんには悪いことをしたと思う」

「そんなの、パスクルのせいじゃないよ」

「そう言えるのはシィアが当事者ではないからだよ」



 柔らかくはあったけど明確に距離を取った言葉。でもシィアにもパスクルがそう話す気持ちはわからないでもなかった。

 ()()()()()で――と思ってしまう、消えないマイナスの感情。大切な人にこそ、優しくしてくれた人にこそ、そんな思いは強くなる。

 でも、そんな反対側の立場に立ってわかったこともある。



「当事者じゃなくても、シィアはパスクルの友達だもの。だから言うよ、パスクルは絶対に悪くない」

「…シィア…、そんなこと外で言っちゃ駄目だ。友達だなんて駄目だよ」

「パスクルは、シィアと友達にはなってくれないの?」

「獣人と人間は友達になんてなれないんだ」

 


( シィアだって人間じゃない! )


 ――て、言いたい。

 ぎゅっと唇を噛むシィアにパスクルは緩く笑ってみせる。それが当たり前で当然だと受け入れているのだ、ウェルネスカが言っていた「される側」として。

 そんなのが世界の常識だなんてやっぱりおかしい。



「シィアはパスクルを友達だと思ってるからいいよ、関係ない」

「シィア…」



 パスクルの言葉など無視して言い切る。ここで引けばその先には繋がらない。



「何か言われたとしても気にしないし、シィア強いから嫌がらせされてもやり返すし」

「……シィアが? やり返す?」



 パスクルはパチリと目を瞬きキョトンとした顔をした。それに対してシィアは得意げに胸をそらす。



「シィア、サーペントと戦ったもの」

「え、サーペントと!?」

「うん、倒したよ。決めたのはトーリだけど」

「サーペントを倒した!? 本当に! 凄いじゃないか、シィア!」

「うふふ」



 先ほどまでの芳しくなかった表情がころりと変わりパスクルの目が輝く。やはりこういった話題はみんな大好きだ。冒険譚とか英雄譚とか。引きこもりだったシィアも文字の読み書きのためにこういった本をよく読んだ。


 重かった空気などなんのその。路地裏の段差に座り、完全に逸脱した話で盛り上がっていると何処からともなく良い匂いが漂ってきて、二人のお腹がグーと鳴った。どうやらもうお昼になっていたようだ。



「パスクルお昼だよ、どーする? シィア屋台で何か買って来ようか?」



 あくまでもこの後も一緒に過ごすというスタンスで話せばパスクルはやっぱり困った顔になる。だけどシィアが引かないと言うのももうわかっただろう。


 トーリはシィアを人見知りと言い、実際そうなのだろうと思う。だって今まではトーリが相手と会話をしているとこを見て、それからシィアも会話をする。知らない人にシィア自身が自発的に話しかけたことはない。

 けれどパスクルはトーリが居ない中でシィアが自ら話しかけた初めての人物だ。まあ状況が状況だったということもあるだろうけど、同じような年頃の、しかも獣人であったことが大きい。


 ニッコリと笑顔を見せるシィアに、パスクルはグッと眉を寄せ悩むような迷うような表情を浮かべたあと、「はあ…」と力の抜けた息を吐いた。



「…店に入るのは絶対に無理だし、屋台で買っても食べる場所が難しいし、だから…、」

「だから?」



 言い淀む様子に先を促すように言葉を重ねればパスクルは躊躇いながら口を開く。



「シィアが良ければ、うちに来る?」

「うち? …パスクルのお家?」

「あ、うん、…いや、あの」

「――行く!」

「えっ、…あ、大したもてなしは出来ないけど…」

「もてなし? よくわからないけど行く、行きたい」



 迷うことなどないし断る理由もない。

 即答したシィアにパスクルはやっぱり躊躇うような表情を見せたが提案をなかったことにはせず、一呼吸おいて「それじゃあ」と立ち上がる。



「ちょっと歩くけど行こうか」

「北地区に行くの?」



 獣人たちが住んでいるのは北地区だ。けれどトーリにもウェルネスカにも北には行っては駄目だと言われている。

 けれどパスクルは首を振った。



「父さんの仕事の関係で南地区に住んでるんだ。と言っても、はずれのはずれだけど」

「そうなんだ」



 それならは二人の言いつけを破ることにはならないし、パスクルだって北地区ではないなら多少は安全だろう。なのでホッと小さく安堵の息を吐いたシィアの反応を、パスクルは勘違いしたようだ。



「大丈夫だよ、獣人のコロニーには連れて行かないから」



 少しさびしそうな声色にシィアは目を瞬く。



「ん?」

「今住んでるとこには他の獣人はいないし、北地区には行かないから」

「うん、そうだね。パスクルも気をつけないと。一人で北になんて行っちゃダメだよ」

「え?」

「ん?」

「気をつける?」

「だって危ないでしょ、今は。拐われるかもしれないし」



 パスクルは紛うことなき獣人の子だ。シィアよりも確実に拐われる対象である。

 途端へにょりと眉を下げたパスクルは「ああ…」と零す。



「その件か…」

「? その件?」

「いや、うん…。確かに今の北地区は危ないね。一応自衛対策は取ってるけど、子供は外に出ないとか、一人にならないとか。そのおかげかだいぶん落ち着いてきてるよ。それに、コロニーの人たちが依頼をかけたみたいだから」

「依頼?」

「そう」



 頷くパスクルは何故か誇らしげで。

 話を聞くと、獣人だけで構成される傭兵部隊がいて、そこに事件解決の依頼をかけたのだと言う。



「彼らは物凄く強いんだ、国からも依頼を受けるくらい。だけどどの国にも属さない、最強傭兵部隊なんだ」

「へえ」

「まあでも実際には僕は見たことないんだけどね。だから受けてくれたら会えるかなぁって楽しみにしてる」

「ふーん、そうなんだ。来てくれるといいね」

「ああ」



 そうこうしてるうちに町並みはどこか寂れたものへと変わってゆき、小さい家がひしめき合う。その中の一軒でパスクルは足を止めた。

 ここだよ、と鍵を開け扉を開く。



「ただいま、父さんいる?」



 パスクルが声をかけるが返事はない。



「昼には帰るって言ってたんだけど、まだみたいだ。 取りあえずシィアもどうぞ入って」

「おじゃまします」



 入って直ぐが居間と台所になっている。



「そこに座ってて、――あ、ローブは壁に掛けていいから。僕はお昼の準備をするね」



 そう言い残しパスクルは奥の台所へと向かい、シィアはローブを脱ぐと壁のフックに掛けた。

 尻尾はウェルネスカと考え、服で軽く押さえてズボンの中にしまうという対策済みだ。

 そして言われたように居間のソファーに座ろうとして、気を変えパスクルの後を追った。




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