25.波乱なデート
買い物――と連れて行かれた先で、ウェルネスカがシィアに買ってくれたのは青と紫が混じりあった綺麗な色をした布。
シィアもお年頃だしな、とシィアの三角の耳を隠すようにその布を頭に巻く。
「うん、こんな感じかな。これでフードを被らなくていけるだろう。耳は痛くないか?」
「痛くはない、けど…」
「けど? …ああそうか、どうなってるかわからないよな」
頷いたウェルネスカがパチンと指を鳴らすと、椅子に座ったシィアの目の前に四角い板のようなものが現れる。それは表面がキラリと反射していてまるで鏡のよう。
「結界の応用だよ。これで姿が見えるだろ」
二人はシィアが泊まる宿へと戻っては来ているがこの部屋に鏡なんてものはなく。なのでウェルネスカが代わりにと出したのだろうけど。
そうだった、ウェルネスカは結界師と言う名の魔術師だったと、急に現れた鏡に驚き目を瞬いたシィアは、その鏡に映った自分を見て再び目を瞬く。
「シィアの砂色の髪には青系が映えるな。まあ明るい色も合うだろうけど、うん。よく似合ってる、可愛い」
「あ…、ありがとう…?」
シィアはぎこちなくお礼を言う。似合ってると言われたのでおかしくはないのだと思うが、なんせ見慣れない格好をしている自分の姿に戸惑いが大きい。けれど言われたようにこれならフードを被らなくても耳が隠れている。
それに見慣れないとはいえ鮮やかな色は気持ちを少し弾ませた。
「本来なら隠さなくてもいいことなんだけどな」
本当に残念そうなウェルネスカの声にシィアは小さく首を振って、鏡を覗き込むように後ろに立ったウェルネスカを振り返る。
「ありがとう、ウェルネスカ。シィア明日これで出かけるね」
「ああ。それならローブを着替えなくてもちょっとはオシャレだし、デートにはもってこいだ」
華やかな装いの中で浮いている自分を気にしていたことを、ウェルネスカは気づいていたのだ。このローブが大事なものだということも。
だけど、デートとは?
「デート?」
「パスクルってやつと出かけるんだろ?」
「パスクルと出かけることがデート?」
「そうとは限らないけど、初めて出来た男友達と初めて出かけるっていえば、やっぱりデートだろ」
「…?」
首を傾げるシィアにウェルネスカは片眉を軽くあげて見せたがそれ以上の説明はなく。結局デートの意味はよくわからないままで、「まぁあまり気にせず楽しんでこればいいさ」と手をあげ帰って行った。
――次の日、
ウェルネスカが置いていった鏡で何とか同じかたちに布を纏めて、約束の時間に昨日別れた場所に行くと、近くの路地に目深にフードを被ったパスクルの姿を見つけた。
「パスクル!」
呼びかけるとビクッと体を揺らし、少しだけ上げられたフードの中から緊張した面持ちの白く短い毛に覆われた顔が見えた。そしてシィアを見止めるとホッとした表情に変わる。
「おはようシィア。本当に、来てくれたんだ」
「? だってパスクルが案内してくれるって」
「うん、そうだけど、……そうだよね」
「…?」
パスクルは眉尻を下げて自分に言い聞かすように頷く。
何か都合でも悪くなったのだろうか? とシィアが尋ねればパスクルは小さく首を振った。
「うんん、そんなことないよ。――うん、じゃあ行こう」
待ち合わせた場所から付与師のおじさんの店まではそんなに遠くはなかった。
やっぱり匂いだけでは難しかったかと、今度はちゃんと道順を確認しながら行ったので次こそは大丈夫だろう。
そして扉に手をかけ店に入ろうとすると、後ろに続くはずの気配がない。怪訝に振り返れば、パスクルは二、三歩離れた場所でシィアを見ている。
「パスクル?」
「ん? 何?」
「パスクルは入らないの?」
「…え?」
「お店に用事がなくても一緒に入れば?」
「あ…、えっと…」
「パスクル?」
「う、うん…」
戸惑うような躊躇うような様子のパスクル。なのでシィアがそちらに寄ろうとしたら背後でガチャリと扉が開いた。
「なんだい、店先で――…って、この前のお嬢ちゃんか。どうした? 入らないのか?」
「入るよ、でも…」
「ん? 友達か? なら一緒に――、」
パスクルを見止めた店主の声が不自然に途切れ、店主は何故かパスクルと同じような表情を浮かべる。だけどしばらくして小さなため息を零した。
「大丈夫だ、今は他の客もいないし。ホラ、二人とも入りなさい」
そう言って入り口を開けるように店主が体をずらし、シィアは未だに動く気配を見せないパスクルの手を少々強引に引っ張り店へと入った。
借りてきた猫なパスクルは一先ず置いといてシィアは店主と店の奥へと行く。
「ええっと、シィアだったな。今日はこの前の話してた件で来たのかい?」
「うん、そう。 トーリに渡すアミュレット、何がいいかな?」
シィアはトーリにアミュレットを贈ろうと思い、この前の帰り際に店主に相談を持ちかけていた。驚かすつもりなのでトーリには秘密で。だからこそ今がチャンスなのだ。
「ふむ…、無難なのはシィアと同じようなものだな」
「ブローチ?」
「いや、形ではなくて付与する内容の方だよ。でもそうだな、形は確かにブローチが良いか。彼はアクセサリー類はあまり身につけてなかったようだし」
「石は選べるの?」
「向き不向きがあるからどれでもとは言えないが、まあある程度は」
「じゃあ、金色か緑色はある?」
金と緑、それはシィアの目の色だ。
自分の色をした御守が常にトーリを守る。たとえ一緒でなくても代わりに守れるなんてとても有難い。
店主はシィアの願い通り五つほどの石を持って来てくれた。その中のひとつ、金色から中心に向けて緑色に変わる石をシィアは掴み、卓上の灯りに翳す。
「これにする」
「ほう、シィアの目の色とよく似てるな」
「うん」
「よし、じゃあこれを土台に――」
「おいっ! 冗談だろ? なんで獣人がいる!」
店主との会話を邪魔するようにそんな大きな声が割り込んだ。
そして振り返ったシィアが見たのは、見知らぬ男にフードを掴みあげられ藻掻くパスクル。話に夢中で入って来た人の気配に気づかなかった。
「パスクル!」
慌てて駆け寄ろうとしたシィアを留め、店主が代わりに男へと向かう。
「すまんがお客さん、その子も客だ、手を離せ」
「客? 獣人だろう?」
「だからどうした、客は客だ」
「おいおいおい…、獣人が客だぁ? あんた大丈夫か?」
「扉にかかってる閉店のカードも読めずに店に入ってくるやつに大丈夫かと言われてもな。その子を離して早く出て行ってくれ。今店は休みだ」
嘲るようだった男の表情が剣呑なものに変わり、ハッと鼻を鳴らす。
「……おい店主、獣人の肩を持つのか?」
「肩云々でなく、態度の悪い客などいらんと言うことだ」
「…人間の客より獣を選ぶだと…? …後悔するぞ、店主」
「構わんさ。さあ、お帰りいただけないなら強制的に排除することも出来るが?」
「………チッ、クソが!こんな獣臭い店などこっちからお断りだ! 二度と来るかよ!」
一貫して変わらない店主の言動に、忌々しげに捨て台詞を吐いた男はパスクルを投げ飛ばし扉を蹴破るように店を出て行った。
シィアはパスクルへと駆け寄る。
「パスクル、大丈夫?」
「ああ、うん、大丈夫。ちょっとビックリしただけ」
シィアの手を借り立ち上がったパスクルに、扉の鍵を閉め終えこちらへと来た店主が言う。
「…すまない少年、鍵をかけておけば良かったな」
その言葉にパスクルは慌てて大きく首を振った。フードがはずれパスクルの顔が顕になる。とても焦ってる様子だ。
「あ、謝るのは僕の方で、」
「いいや、こちらが招いたのだから少年のせいではないよ」
「でもっ」
「それに、あの男に言ったことは僕の本心だ」
「でも、…でも、さっきの人が言いふらしたら、お店のお客さんが…」
「それで来なくなるような客ならそれこそこちらから願い下げだよ」
「……」
二人のやり取りをシィアは黙って眺める。
被害を受けたはずのパスクルが店主のおじさんに謝ることの意味。
それが獣人だからということなら、それは。
シィア自身は自分がどんな表情をしているかなんてわからない。けれどシィアの視線に気づいた店主はこちらを見て、ちょっとだけ目を見開き小さく苦笑を浮かべた。
「難しいかもしれないけど、その気持ちと友達を大切にな」
店主は言う。それは確かに憤るシィアの感情を読んでるように見えるが、でも根本的なとこが違う。
だって店主のそれはシィアを人間だと思っての言葉だろうから。
「うん、パスクルは仲間で友達だから大切にする」
「え、シ、シィア?」
取りあえず驚いたようなパスクルの声はするっと無視した。




