24.甘さと辛さと
『美味しいモノを食べに行こう!』
宿の前にいたウェルネスカにそう誘われて行ったのはピンクと黄色とオレンジの、目がチカチカしそうな外観の店。そして強烈に漂う甘い香り。
ドン!――と目の前に置かれた皿を見て、シィアは目をまん丸にする。
「シィアのは白蜂蜜とクリームとベリー系で、私のはクリームとチョコレートと柑橘系だな」
二人の間に挟まれたテーブルの上の皿には丸く薄い、所謂パンケーキが積み上がっていて。それに、今ウェルネスカが言ったものたちがたっぷりとかけられている。
( 何これ、凄い! )
ナイフで切り分け恐る恐る一口食べて、全身の毛がブワッと逆立った。別に怒ってるわけでも恐怖を感じたわけでもない。
「美味しい!!」
「だろ?」
「凄い…」
「だろー」
目を輝かせるシィアにウェルネスカは満足そうに笑う。
「女子会には美味しいスイーツってのは鉄板だからな」
「女子会?」
「そう。シィアと私だ。後は恋バナとかも必須だけど、シィアはなぁ。……うん、まだ無理だろうな」
「……?」
首を傾げるシィアの顔を眺めて苦笑いを零すウェルネスカ。
言葉の意味はよくわからないけど、確かにこの店にいるのは女性ばかりだ。
でもその中でウェルネスカとシィアは微妙に浮いている。
何故かといえば、ここにいる女性たちはみんなオシャレでキラキラしていて、服だって華やかな装いが多い。けれどシィアはおとうさんの年季の入ったローブを頭からすっぽりと被り、靴だって耐久性を重視したしっかりとしたもので、トーリが旅立つ時に買ってくれたもの。
二つとも大事なものだし気に入ってるからそこに不満はないけれど、この場に似合っているとはとても言えない。
そしてウェルネスカに関しては、服装はきちんとしている。でもそれよりも、ウェルネスカはれっきとした女性だが、その見た目はどちらかといえば中世的でとても整っているのだ。
…要するに格好が良い。もしかしたら男性と思われてるフシもある。
だってさっきから熱のこもった視線とねっとりとした感情が四方から飛んで来ていて、シィアがあまり触れたことのない感覚に少し胸焼け気味だ。
だけどウェルネスカはそんな不躾な感情に気づいてないのか気にしてないのか、大層ご機嫌でパンケーキを平らげ、あまり進んでないシィアの皿を見て首を傾げた。
「苦手なものがあったか?」
「うんん、全部美味しいよ。…でもお腹いっぱい」
お腹いっぱいの大半は違う理由ではあるが、物理的にも量は多い。流石にこんなには食べられない。
「まあ確かにシィアには量が多いかもな、あまり体も大きくはないし。……ところでシィアはいくつなんだ?」
「シィア、十二だよ。もうすぐ十三才になるけど」
「――え!?」
「え?」
「………、……ごめん、多く見積もっても十才くらいだと思ってた…」
ってことは十才以下だと思われていたってことか。
もしかしてそれはトーリもで、だから割りと色々心配されてたのか。
何とも言えない顔をするシィアにウェルネスカは気まずげに頬を掻き、暫くして何か思いついたのかポンと手を打った。
「よしっ、シィア、ちょっと買い物に行こう!」
「ええっと…?」
唐突な、冒頭の誘い文句と同じような台詞に、やっぱり何とも言えない顔のままシィアは首を傾げた。
ナドレーの町は中央付近にに領城を構え、大きな街道に繋がる西地区と東地区は工業や商業が盛んで、町の人間の暮らしの中心となるのは一番開けた南地区。
そして北地区は、あまり裕福でない人たちが暮らす場所だと言う。ただし昔はそんなことはなかったとトーリは言っていた。
買い物だと連れてこられたのは、さっきの店と同じ南地区。暮らしの中心と言われる通り様々な店が軒を連ねていて人通りも多い。
キョロキョロと辺りを見回すシィアにウェルネスカが言う。
「何か気になるものが?」
「あ、うん…、獣人の人たちはいないんだね」
「ああ…。まあここは大通りで人も多いしな」
「大通りだといないの?」
シィアの質問にウェルネスカは難しい顔をする。
「大通りだからと言うわけじゃないけど、…シィアは昨日の私とトーリの話を聞いてたろ?」
「……うん」
当然ウェルネスカはシィアが聞いていたことは知ってるだろう。ウェルネスカがそうしたのだとトーリは言っていたし。
一旦立ち止まったウェルネスカは通行の邪魔にならないようシィアを通りの隅へと連れて行くと、自らは建物の壁に背を預けシィアを見た。
「この世界は平和な楽園でもなければ、理想郷のように全てが平等じゃあない。それはそこに住む人間だって同じだ。一部の人は幸せでも、その影には理不尽に虐げられている人がいる」
「…それが獣人なの?」
ウェルネスカはそれには答えずに続けた。
「その幸せの中に生きてる人にとっては、自分の幸せに含まれない存在は目にするのも嫌なんだろうよ。視界にも入れたくないと、お前たちはここにいるなって排除しようとする」
「攻撃する?」
「そうだな、暴力に出ることもある。――けれどシィア、そんな奴らは実際多くはない。大半の者が持つのは『無関心』だ」
「無関心?」
「関わり合いになりたくないので見て見ぬ振りをする。自分にとばっちりが来ないように避ける。いないものだと振る舞う。その状況がおかしいと何処かで思っていても誰も口には出さない。それはする側もされる側も」
「される側…」
ウェルネスカは答えなかったが話の流れからすればそれは『獣人』のことだ。
「なんでそんなことをされても何も言わないの?」
「それが世界の常識だからだよ。みんな当然だと思ってる。…まあ幾人かは声をあげただろうけど多勢に無勢だ」
「……全然わからない」
「それでいい。こんなのはわからない方が」
「変えられない?」
「世界はとても意固地で頭が固いんだ。だから何かを変えようとするには時間か、全てを従わすくらいの圧倒的な力がいる。難しいだろ?」
「……」
圧倒的な力などシィアにはない。けれど時間だってちっぽけなシィアの一生ではきっと無理だ。
視線を伏せたシィアはポツリと呟く。
「…さっき、迷子になった時、」
「ん?」
「路地で獣人の子が虐められてた。相手は三人で人間の子で、驚かしたら逃げて行ったんだけど、」
「……」
「たぶんきっと獣人の子の方が強いと思うのにずっと屈んでた。……それが常識?」
「その子にとってはそう。けれどシィアにとっては違うだろ」
「うん。…明日、会う約束をしたよ」
「明日? その獣人の子と?」
ウェルネスカは小さく眉を寄せる。
「何故?」
「付与師のおじさんの店に連れて行ってくれるって」
「付与師?」
昨日ウェルネスカの家に行く前にトーリと寄ったのだと話す。そこにちょっと用事があるのだと。
「それなら私が連れてってやるぞ?」
「でももうパスクルと約束したから」
「パスクル? それが虐められてたっていう獣人の名か?」
「そうだよ、山羊の獣人。おとうさんと暮らしてるって」
「おいまさか、シィア北になんて行ってないよな?」
「行ってないよ。たぶん南地区で迷ってたと思うから」
「ここで、か。ふうん…、どこぞの商人にでも雇われているのか…」
ウェルネスカは少し考える素振りを見せたが直ぐに緩く首を降って、シィアに向けてピシッと人差し指を立ててみせた。
「何にせよ、一人で北に近寄ってはいけないのは絶対として。人気のないところには近寄らない。何かあったら直ぐに大きな声で助けを呼ぶ。後は、そのパスクルにもシィアが獣人ってことは言ってはいけないからな」
「……? 同じ…、獣人なのに?」
少し詰まってしまったのは同じだと言い切ってしまっていいのか迷ったから。
「残念だけど今は状況が悪い。獣人の子供が対象になっているのならば他には知られない方がいい。それに、パスクルが既にその対象なのだからわざわざ余計な不安要素を増やすことないだろう。むしろシィアが人間の子と思われてる方が安全だ」
「…うん…」
確かにそれはそうだと納得する。それにシィア自身にとっても、今はその方がいいかも知れない。
だってもしフードをとって尚、パスクルに獣人じゃないと言われたら?
顔を俯けたシィアの頭に軽く手が乗る。
「別に会うなとは言ってないからな。シィアはシィアでそのパスクルってやつと友達になればいい」
「友達?」
「ああ。――あれ? でも名前からしたらそいつ男だよな。…おいおい、トーリがいないうちに男友達が出来るってどうなんだ? うわぁー…、戻ったら面倒くさそう…」
ガシガシと頭を掻くウェルネスカのそんな声はシィアの耳を通り抜ける。
( 友達… )
当然シィアには出来たことのない存在だ。閉じこもった暗い家の中から、太陽の下で遊ぶ子供たちを羨ましく見ていた、そんな遠い存在。
それが手に入るかもしれない。
( パスクルと友達 )
沈んでいた気持ちは浮上し、シィアは小さく尻尾を揺らす。
( …なれればいいなぁ )




