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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 淘汰されるもの 〜
21/42

21.赤毛の結界師


「今から会う知り合いはシィアともちょっと関係があるんだよ」

「シィアの知ってる人?」

「直接的には知らないかな」 

「?」



 トーリはそう言って入り組んだ細い路地を進む。

 大きな通りから横道にそれると、細い路地が縦横無尽に分岐していてまるで迷路のようだ。

 一人だと確実に迷子になる。なのでトーリからはぐれないようについて行くシィア。

 その途中、建物が途切れたところでトーリの足が止まった。

 

 開けた視界から気持ち良い風が吹きシィアのローブをはためかす。いつの間にか少し高い位置に登っていたようで、眼下には並ぶ建物たちが見渡せ、その一番高い場所には塔を備えた大きな建物が見えた。



「トーリ、あれはお城?」

「そう、あれが領主が住む領城だよ」

「領主?」

「簡単に言えば偉い人だね」

「ふーん…」



 「さ、もう少しだ」とトーリは再び足を進め、今度は路地に並び立つ建物のひとつで足を止めると木製の扉のノッカーをココンと鳴らした。

 何も反応がない。なのでもう一度扉を叩こうとしたら『――パシッ』と何処かで軽い音がして。二階の窓から声が降る。



「今手が離せない。扉は開けたから勝手に入れ」



 少し低めの、女性だと思われる声。二階を見上げれど窓は開いていても人の姿はない。そのままトーリへと視線を移すと軽く肩を竦められた。



「ということだから、お邪魔しよう」




 扉を開けて中へ入る。家の中は至って普通で、玄関ホールの脇には二階へあがる階段があり、他の扉は閉まっている。

 所在なさげなシィアとは違い、トーリは勝手知ったる様子で荷物をそこらにドサッと置くとジャケットも脱ぎ、シィアを促して二階へとあがる。

 あがった先はどうやら居間のようだ。そのまま続きの部屋へと足を進めたトーリ。今度のそこは台所だろう。外にいる時から漂っていた甘い匂いが強烈に強くなる。



「ウィルネスカ邪魔するよ」

「邪魔だという自覚はあったのか」

「僕を邪魔だと思う時点で余裕がない。――てことはやっぱり失敗だと思うけど?」

「は、馬鹿言うな。ここからが正念場だ」

「そう?」


 

 交わされる会話。気配はある、だけどその相手の姿は見えないし、会話の意味もわからない。困惑に首を傾げるシィアにトーリは小さく笑ってみせた。



「ここの家主はお菓子づくりが趣味なんだ。で、今現在も作業中だろうけど、壊滅的に不器用なんだよ。成功したためしがない」

「おい、壊滅的とは失礼だな。お前が知らないだけで成功したこともあるんだぞ」



 そんな声と共にテーブルの向こう側に人影が現れて。驚いたシィアは咄嗟にトーリの背へと隠れた。



「シィアを驚かすなよ、ウェルネスカ」

「立ち上がっただけだぞ?」

「急にそんなとこから現れたら驚くだろ」

「だってオーブンを見てたんだから仕方ない。 それで――、…その子が()()()()()か?」



 シィアのことを言っているのだと、そろそろと顔を出す。と、テーブルの向こうの人物とばっちり目があった。


 夕陽色の赤髪のスラリとした女性、空色の目がパチリと瞬き、フッと緩く細められる。



「はじめまして、恥ずかしがり屋のお嬢さん。私はウェルネスカ、結界師をしている」



( …結界師…? )


 聞き覚えのある言葉だ。



「……シィアの、お家の…?」

「うん、そう。貴方の家は私が完璧に保存しておいたから」


 

 そうだ、トーリの知り合いと言っていた結界師、それがこの人か。

 だからトーリはシィアとも関係があると言っていたのだ。でもそれならば。

 シィアはトーリの背から出ると、赤毛の結界師、ウェルネスカときちんと向き合う。



「あの…、シィアのお家ことありがとう」



 お礼を言えば、ウェルネスカは「おや?」と少し驚いたように軽く片眉をあげた。それにトーリが口を添える。



「シィアは人見知りなだけで根は凄く素直な世間知らずだから」

「みたいだな。まああのジルバという男から大まかな話は聞いている。ある意味筋金入りの箱入り娘か」

「………」



 これは褒められているのか、貶されているのか。微妙な顔で二人を見つめていればウェルネスカが再びシィアを見た。



「まあシィアが獣人ってのは聞いているからこの家ではローブを脱いでもいいぞ。気楽にしていい」



 そう言われて、シィアがトーリを見上げると小さく頷かれた。なのでローブを脱いだ――のだけど。

 ……物凄く視線を感じる。

 それはウェルネスカから。


 チラっとそちらを見ると、キラキラ…というよりもギラギラとした空色の目があり、シィアはビクッと耳を立てる。

 


「!!」

「なあ撫でていい?」

「だから驚かすなって」

「撫でるだけ、癒されたい」

「シィア、こいつにはあまり近づかないように」

「…うん」

「えー、トーリにだけズルくない」



 再びトーリの後ろに隠れるととても不満そうな顔をされる。そのウェルネスカからは悪意は全く感じない。感じるのは過度の好意というか興味というか。ワキワキと動かされる手に耳がへにょりと下がる。


 でもそれよりも何よりも。シィアにはさっきから気になることがある。ので、ポソっと零す。



「……あの、焦げ臭いよ」

「あ」

「――あっ!」






 やはり作っていた焼き菓子は全滅だったようで、ウェルネスカはソファーで肩を落とす。



「また失敗した…」

「いつものことだろ」



 ウェルネスカはトーリの知り合いで結界師、だけどちょっと変わった人だと、向かいのソファーのトーリの隣に座りシィアはそんなことを思う。それに悪い人でないとも。



「それにしても、ここに来るのに随分と時間が掛かったな?」



 少し立ち直ったのかウェルネスカが言う。



「まあ色々あったから」



 と、トーリ。確かに色々あった。

 ――でも、とシィアは首を捻る。

 シィアたちがレテの町を出てからウェルネスカはここを発ちレテに行ったはずなのだ。なのに何故ウェルネスカの方が先にナドレーに着いているのだろう? しかも口振りからすると少し前にはもうここに戻っていたようだ。

 土砂災害の復旧はまだ掛かるようだったし何故?――とそのまま尋ねれば、そんなこと、とウェルネスカは答える。



(ポータル)を使ったからだよ」

「ポータル?」

「町と町を一足飛びに繋ぐ道、とでも言えばいいかな。一瞬でピュンと移動出来るんだよ」

「一瞬で?」

「そう、ただし魔力持ちでないと無理だけど」

「魔力……」



 凄い!と思ったけど、ならば無理だ。シィアには魔力なんてものはない。今度はシィアが肩を落とす。



「やっぱり魔力って便利だね…」

「まあそうだろうけど、制約はある」

「制約?」



 それには答えずウェルネスカは軽く肩を竦めると「確かに獣人には魔力はないな」と言う。

 どうやら獣人全般が魔力を持たないらしい。

 そして「――でも」と。



「代わりに獣人には特別な力や強靭な体があるだろう? こちらからすればそれだって十分に便利だと思うぞ」

「だね、それこそ人間には持ち得ないものだし」

「ああ、足るを知るだ。…大体、自分が持つもの以上を羨むのは建設的ではないし、愚か者がすることだから止めた方がいい」

「……?」



 途中同意の言葉を挟んだトーリだが、続いたウェルネスカの何処か吐き捨てるような物言いに眉をひそめると、ウェルネスカはそれに気づいてか、バツの悪そうな顔をして小さく息を吐いた。



「いや、悪い…、うん…。 ………、――ところで、二人は何処に宿を取るつもりだ?」



 突如話は飛んだ。トーリは眉をひそめたまま、訝しげな表情で答える。



「…今のところは北地区の銀鷲亭にしようと考えてるけど」

「それは止めとけ」

「……、…ウェルネスカ?」



 被すように返された反対の声にトーリの眉がさらに寄って、ウェルネスカは一瞬チラリとシィアを見てからトーリへと視線を戻し、苦い表情を浮かべて言う。



「…今はあの辺りは治安が良くない」

「それだけか?」

「それだけで十分だろ」



 トーリは納得がいってない様子で。だけどふいに何かに気づいたように顎に手を当てた。



「…そう言えば…、北地区には獣人たちのコロニーがあったよな」

「………」

「……何かあったのか?」



 シィアの耳がピクリと揺れる。

 トーリが言う何か、それは獣人たちが、ってことだろうか?

 ウェルネスカは完全に苦虫を噛み潰したような顔になり、仕方ないというように視線を伏せ気味に答えた。



「ここ最近獣人の子供が拐われる案件が多発してるんだよ」



 ――と。




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