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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 淘汰されるもの 〜
20/42

20.国境の町


 ズハールと隣国ブラティバルの国境に位置する町――ナドレー。

 ここはブラティバルに帰属する都市で、ここら一帯を治める領主が住まう城を有する大きな町である。


 土を固めただけだった道はいつの間にか立派な石畳へと変わり、まばらにあった建物もいつしか隙間なく並び立つ。

 馬上にてその変わりゆく風景を興味深げに眺めるシィア。これまで訪れた町の中でこのナドレーは断トツに大都会で、開いた口が塞がらない。

 そんなシィアにトーリは少しだけ笑って馬の歩みを止めた。



「取りあえず馬はここまでだから降りるよ」

「町には入れないの?」

「騎乗はね。許可が必要になる」

「ふーん?」



 さっさと馬を降りたトーリは早速荷物を纏めだし、シィアもそれに倣う。

 辺りは沢山の馬車や馬がいて人も多い。所謂停留所的な場所なのだろう。



「じゃあシィア僕は馬を返す手続きをして来るから、ここで少し待っててもらえる?」

「うん、わかった」



 トーリは馬を連れて行き、シィアは再び辺りをキョロキョロと見回す。その間にも大きな馬車が出入りしては人が流れ、荷馬車も多くシィアが見たこともない動物が引く荷馬車もある。

 フードの中で隠れてはいるがシィアの耳はピンと立ちっぱなしだ。


 尚も興味津々で眺めていると、人混みの中に形は違えどシィアと同じような耳を生やしている人影が見えた。


( ――獣人!? )


 咄嗟に追いかけようとして、何とか踏みとどまる。トーリにはここで待つように言われている。


( 早くしないと見失っちゃう! )


 シィアは焦る。トーリはまだ戻らない。


 追いかけたい衝動とトーリの言葉の間で足踏みするうちに、獣人らしき人影は人混みの中に紛れてしまった。つまりは見失ったということ。

 そこに、トーリがやっと戻って来た。



「トーリ!」



 何だかわからないままに勢いよく――というよりも、少し怒ったように名を呼ばれトーリは軽く目を瞬いた。



「ん? え、何?」

「さっきシィアと同じような人がいたのにっ」

「え、獣人ってこと?」

「そう、頭に丸い耳があった」

「うん、まあこの国なら普通にいるだろうし、町中でも見かけると思うよ」

「ここに住んでる?」

「確か町の一画に獣人(彼ら)が多く住んでる地区があったと思う」

「へえ」

「この町にはしばらく滞在するつもりだから頃合いをみて行ってみようか?」

「うん!」



 トーリの提案にシィアは大きく頷く。

 自分と同じような耳と尻尾がある人たちが普通に暮らしているならシィアだってフードを脱げるかもしれない。

 トーリはもう普通にしていていいんだよと言うが、シィアは未だに決心がつかないのだ。やはりまだ、おかあさんとおとうさんの言いつけがシィアの中で根深く残っている。

 二人ともにシィアを思ってのことで、そしてトーリのおかげで今はもうその憂いも解消されたというのに。

 頭ではちゃんとわかっているのだけど。



 町の中心部に向かうにつれ人はさらに増えた。けれど獣人らしき人の姿は見えない。

 辺りを気にしていたシィアは急に立ち止まったトーリに気づかずぶつかりそうになり慌てる。

 「…あそこでいいかな」とトーリ。見上げると、その視線は一件の店へと向いている。



「トーリ?」

「――ん? ああ、今から知り合いのところに顔を出そうと思ってたんだけど。その前に、丁度よくお店があるからまずはあそこに寄ろう」

「お店?」

「シィアに必要なものを買うんだ」

「シィアに?」



 首を傾げるシィアを促しトーリは店へと入った。


 そんなに大きくはない店である。見た限り店の棚に置かれている大半は石のようだ。ゴツゴツしたものからキラキラした宝石のようなものまで。それらの全てから少し不思議な気配を感じるのでたぶん魔石なのだろう。

 そして壁には謎の図形が描かれた紙がところ狭しと貼られている。

 シィアに必要だと言われたけど何の店だろうか?

 

 店内をぐるりと見渡していると、店の奥で店主と話していたトーリに呼ばれた。


 

「シィア、この前渡したアミュレットを貸してもらえるかい」

「アミュレット?」



 シィアは胸元からアミュレットを引っ張り出す。革紐にぶら下げたそれは元々トーリがくれたもので白い石がついている。手渡すと、トーリはそれを掲げた。



「…うん、やっぱり大分無くなってるな」

「えっ!? シィア何も壊してないよ!」

「ああ、うん、壊れたとかじゃなくて護りの効果が薄れてるんだよ。たぶんこの前のサーペントの時だろうね」

「護りの効果…」

「そう。だからこの店に来たんだ。ここは付与師の店だから」

「付与師?」

「魔石に色々な効果をつけれる魔術師だよ」

「えっと…、このおじさんが…?」



 シィアが疑うような眼差しを店の店主に向けると、店主は「ハッハッハ」と笑い声をあげた。



「魔術師っぽくないかい?」

「えーっと…」

「まあ確かに付与師は地味だからなぁ。それに僕自身、魔力を持ってそうな見た目でもないしな。でも割りと需要はあるんだよ」

「そうだね、おかげでシィアもサーペントの攻撃から無傷でいれたんだから」

「う、うーん…」



 トーリの指摘はその通りなのでシィアはフードの中の耳を垂れる。きっと眉も下がっていたのだろう、それを見た、どう見てもパン屋かめし屋が似合いそうな丸くふくよかな店主はやはり声を立てて笑った。



「――で、このアミュレットの付与を強化するのかい?」

「ええ、出来れば。後それとは別に、他の新しいものを追加しようかと」

「…ふむ。聞いてたらサーペントなんて物騒な名前が出てくるようだから毒の耐性付与もいるんじゃないか?」

「そうですね、それと――」



 トーリと店主は互いに顔を付き合わせ話を始めた。

 シィアのアミュレットについてだが、当然自分よりもトーリに任せた方が確実なのでシィアは二人からそっと離れ店に並ぶ石を眺める。

 石の前には説明のようなものが書かれてはいるが、シィアには大陸共通語は喋れても共通語の読み書きは出来ない。ズハール国の文字ならば多少はわかるのだけど。

 何とか読める文字はないだろうか?

 シィアだってトーリにアミュレットを贈りたい。そのためのお金だって持っている。


 おかあさんがシィアのために残したお金。この旅に出るにあたってシィアはそれをトーリへと渡そうとしたのだけどトーリはそれに対して首を振った。


 シィアのためを思って残されたものなのだからシィアのために使うべきだ、と。


 でもシィアがトーリに贈りたいと思っているのなら、それは自分のために使うってことになるんじゃないか。うん、なるはずだ。

 そんな結論で改めて真剣に石を眺めていれば「シィア」と再び呼ばれた。



「お話終わった?」

「話はね。今からあのアミュレットに付与をしてもらうんだよ。シィアも見たいかと思って」

「見たい!」

「じゃあこっちに、静かにね」

「…うん…」



 直ぐに声を潜めトーリの横から覗くと、店主は壁に貼られていたのと同じような紙を机の上に広げていて、その謎の図形の中心にはアミュレットがあり他にもいくつかの石が周り囲う。


 店主が小さく何かを呟いてアミュレットの上に手を翳すと、図形が淡く光った。



《 ――護りを(ディラ·トェ)与えよ(·フィラシー)



 声と共に、図形をかたどった光と周りにあった石がアミュレットの白い石へと吸い込まれてゆく、――それは一瞬。

 そして残ったのは図形の消えたただの紙と少しだけ淡く光るアミュレット。しばらくするとその光も治まった。



「ほら、出来たぞ」



 別段変わった様子は窺えないアミュレット。店主は革紐をつけ直してシィアへと渡してくれるが、何となく恐る恐る受け取るとやっぱり笑われた。



「じゃあまた他は後日取りに来ますので」

「ああ、六日程みてくれ」

「わかりました」



 その二人のやり取りにシィアはトーリを見上げる。



「また来るの?」

「ああ。他に頼んだものは加工が入るからね、直ぐには出来ないんだ」

「……そうなんだ…」



 少し考える素振りを見せたシィアは、扉に向かうトーリとは反対にもう一度店の奥へと戻り、目を瞬かせる店主に駆け寄り小さな声で何事かを告げる。



「――シィア?」

 


 気づいたトーリの呼び声にシィアは直ぐに店主から離れトーリの方へと駆けた。



「どうかした?」

「うんん、何でもない」



 シィアは首を振りそのままチラリと肩越しに後ろを振り返ると、奥にいる店主に「シッ!」と、声に出さず指先を立てた。





***


挿絵(By みてみん)

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