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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 爪と牙の意味 〜
19/42

19.対峙


 ――食べられる!!


 シィアは咄嗟に横に避け、サーペントは空を食む。


 上部の浅かった凍結部分を無理やり剥いだのか皮膚が裂けた状態でシィアを狙った執念。その凄まじさに一瞬呆けてしまったが、そんな場合ではない。


 シィアに避けられたためにサーペントは対象者を変えた。

 そしてそのトーリ(対象者)は今、こちらへと背を向けている。


( トーリが危ない! )


 どうするかなんて考えてる間もなく、シィアは駆けた。


 収めていた爪を伸ばしトーリの背後に迫っていたサーペントに飛び掛かると、皮膚が裂けていた場所に一撃を浴びせた。

 サーペントは苦悶に身を捩り振り落とそうとする。だけどそうはさせまいと、シィアは爪を食い込ませたままサーペントの頭の方へと駆け上がり、今度は大きな金の目に指先を食い込ませた。

 

 空を震わす絶叫―――、


 声を持つ者であればそうであっただろうが、生憎サーペントは声帯を持たない。ただ大きく身を捩り、自分の体をトーチカへとぶつけた。シィアを潰す気だ。

 なので、巻き添えにならないよう一旦サーペントの体から離れる。



「…シィア!?」

 


 トーリも流石に状況に気がついてシィアの名を呼ぶ。だけどシィアの意識は暴れるサーペントへと向かったままだ。

 潰されてない方の目を爛々とさせシィアを睨みつけるサーペント。下半身は氷に包まれ動きは制限されているので機動力はこちらの方が上である。


( 首から一ムート下が心臓の位置! )


 本能か、直感か。弱点を読み取り低く構えるシィア。

 トーリを助けるという目的が目の前のサーペントを倒す(狩る)ということにすり替わっている。


 ――それこそ獣人の性。


 シィアは肉食系の獣人だったのか…、とそんなことに感心しながら、今割って入るのは悪手だとトーリはもう一度暗視ゴーグルを着けて銃に弾を込める。


 その間にもタンッと軽い跳躍でサーペントへと飛び掛かったシィアは、潰した目の死角側から背後へと回り込み腹の下に潜った。目的の心臓は直ぐそこだ。

 ぐっと一度体を下げ反動をつけて飛び上がる。

 本来ならサーペントの心臓など分厚い肉に覆われシィアの爪の長さでは届かない。けれど氷の拘束を無理に解いたせいでサーペントは自ら弱点を晒してしまった。


 シィアの爪が深々とサーペントの体に突き刺さり切り裂く。魔獣であろうと自分たちと変わらない赤い鮮血がバッと散った。だけど―――、


 シィアの身が軽すぎたのか、それは致命傷となる一撃にはならなかった。


 空中で着地の態勢を取っていたシィアをパカリと開いた口が攫った。



「シィアッ!!」



 トーリは直ぐにシィアが一撃を決めた場所に照明弾を放つと、もう一度弾を込めて同じ場所を正確に撃ち抜く。

 一発目はその場で弾け、二発目は僅かに繋がっていた胴を引きちぎり空で弾けた。

 明るく照らされた中、ちぎれた肢体がドサッと大きな音を立て地面に落ち、残った体は力なくトーチカにぶら下がる。



「――シィア…!」



 トーリは銃を捨て暗視ゴーグルをむしり取りながら駆け寄り、直ぐ様ダラリと開いた口からシィアの体を引きずり出す。

 そのシィアは意識がなく、だけど体は淡く発光していて、それは徐々に収縮していくと胸元辺りで消えた。恐らくアミュレットの効果が発動したのだ。おかげかざっと見る限り怪我はない。


 トーリは短く息を吐くと、シィアの頬を軽く叩いた。



「ん…、…んん…? ……トーリ?」



 うっすらと目を開けたシィアは覗き込むトーリを見て何度か目を瞬かせたあと、急にガバッと起き上がる。


 

「――サ、サーペントは!?」

「そこだよ」



 示された先にある完全に命の尽きたサーペントの肢体。

 シィアは再びパチリと目を瞬く。



「やっつけた?」

「ああ、シィアのお手柄だ」

「…うんん、シィアじゃないよ…」



 首を振ったシィアは軽く耳を下げた。

 自分の攻撃は浅く致命傷にはなり得なかった。なのでお手柄になるはずなどない。

 それに、明らかにこの場には火薬の匂いが漂っている。それはトーリからも。



「トーリがサーペントを?」

「…うん、まあ確かに僕が銃でとどめを刺したけど、その場所を教えてくれたのはシィアだよ」

「……じゃあ、シィア役にたった…?」

「ああ、凄く」



 大きく頷くトーリを見て下がっていた耳がヒョコっと上がり、ローブの中でしっぽが揺れる。それに対してトーリは苦笑を零し、だけど直ぐに少しだけ顔をしかめた。



「でも、無茶は駄目だから」

「無茶? …してないよ?」

「だろうね。シィアにはそんな自覚なかったろうけど、見ていたこっちは何度ヒヤッとしたか」

「ヒヤッっと…、…トーリ怪我した?」

「いいや、僕は無傷だよ。でも、そういうことじゃなくて――」

「ふふっ、シィア、トーリ守れたっ、役にたった!」

「え、ああ…うん、それはそうなんだけど…」



 シィアの意識はそこ一辺倒で、噛み合ってそうで全く噛み合わない会話。その満面の笑みを見てたらトーリはそれ以上何も言えなくて小さく息を吐く。

 これからはシィア自身の防御力を上げておく方が良さそうだ。

 


 シィアを起こしトーリも立ち上がると遠くから馬の駆ける音と小さな灯りが近づいてくる。たぶんロナーだ。


 その通りにやって来たロナーは無事な二人を見つけてホッと息を零した。



「ああ、良かった…。照明弾が三度上がったから何かあったのかって。…にしても、倒したんだなサーペント」



 馬から降り灯りを掲げサーペントの亡骸をしげしげと眺めるロナーにトーリが言う。



「後はロナーさんに任せます」

「えっ!?」



 その声に、ギョッとロナーが振り向く。



「え…、任せるって…?」

「そりゃあもちろん、このサーペントですよ」

「いや…、いやいやいや、これは相当な金になるんだぞ?」

「知ってますよ。だとしても僕らは旅人ですから、こんな大きなものは持ち運べませんし」

「じゃあ町に運んで解体してから、」

「町に行くのはちょっと遠慮したいので」



 僅かに低くなった声色にロナーも「あ…」と声を零し、気まずげに口を閉じた。


 当たり前だ。町にはトーリを傷つけた、いや、殺そうと企んだ人間がいるのだ。

 ぎゅっと眉間を寄せたシィアに気づいたロナーは視線を彷徨かせる。

 立つ瀬がないのだろうけど、起こったことを考えればそれは当然で仕方ないことだ。でもロナーはそこからは挽回に徹したのでまあ許せる。けれど、他の人間は絶対に許さない。

 それに今のシィアならその人間たちを見つけて、いくらでも懲らしめることが出来そうな気がする。


 そんな高ぶる気分に水を差すように、ピンと立てた耳と耳の間にポンポンと手が跳ねて。

 シィアがハッと見上げると、目を細めたトーリが緩く首を振った。そしてロナーに言う。



「なので僕らはもう行きます。それで、出来ればこのまま馬をお借りしたいんですが?」

「あ、ああ…、それは元からあんたらのために連れて来たやつだから」

「じゃあ国境の町までありがたくお借りしますね」

「ああ…」


 

 三人で軽く後始末をして、トーリとシィアが馬上の人となったところで、ロナーから「――あのっ」と詰まった声が掛かった。



「あ…、そのっ、…色々と、すまなかった。……それと、…ありがとう」

 


 途切れ途切れながらも言葉を口にするロナー。

 シィアの気持ち的にはもう二度この町に来ることはないと思っている。けれど。



「ロナーさん、()()()



 そう言って小さく手を振ると、ロナーはパチリと目を瞬かせ、そのあと直ぐにくしゃりと笑った。

 




「じゃあ行こう」


 

 トーリの声と共に馬は西へと駆ける。

 風がシィアの髪を乱し、まだ暗い前方から少し明け始めた後ろへと目を向けると、ロナーはまだそこに立ち尽くしていて。トーリ越しにもう一度振った手に、今度は大きく腕が振り返された。



「…良い人と、悪い人の見分け方ってあるのかな」



 シィアのポツリと零した呟きに上から声が返る。



「それは難しいだろうね。人間は善も悪も持っていて、それは見る人の主観によって決まるものだから」

「…? どういうこと?」

「要するに自分に取っての味方かどうかってことだよ」

「味方…」

「うーん、そうだな。シィアはさ、ロナーさんを悪い人ではないと判断したろ?」



 トーリを見上げたシィアは小さく頷く。



「それは直感もあるだろうけど、他にも連れて来てくれたとか、手伝ってくれたとかそういう考慮も入っていると思う。けれど…、…落ち着いて聞いてね」

「……?」

「僕を囮にしようとしてた人間たちにとっては、こちらの手助けをしたロナーさんは裏切り者だ。つまりは悪い人になる、…よね」

「そんなのっ、向こうの方が絶対に悪い!」

「うん、だからそういうことだよ」

「……っ」


 

 落ち着いてと言われたのに思わず興奮してしまった。そしてトーリの言いたいこともわかった。

 だからこそ何とも言えない顔で「むぅ…」と黙ると、トーリは可笑しそうに笑い馬の腹を軽く蹴った。

 加速する中、続ける。



「難しく考えなくていいんだよ、シィアの判断でいい。周りに流されることなく、その都度自分で判断すれば。………もし…、それで裏切られたとしても、それはきっと自分自身のせいだから…」

「――え?」



 風に巻かれ最後の部分が聞き取れずに尋ね返せば、トーリは「何でもないよ」と小さく笑って首を振った。



 向かう方向の空も徐々に明けてきて、薄紫色の空に散らばる星たちは最後の瞬きのあとに朝日の中に消えてゆく。そして始まる一日。

 夜の重たい空気が朝の涼やかな空気に代わり、シィアは耳をふるりと揺らす。


 さあ――、今日はどんな日になるんだろうか。






  〜 爪と牙の意味 〜  終 



 


※一ムート = 一メートル



***


挿絵(By みてみん)

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