18.捕食者
それはここ最近腹を空かせていた。
原因は狩り尽くさないように調整しながら捕食していた四つ足を急に見かけなくなったからだ。
なので仕方なく、多少の腹の足しにはなると小さい四つ足を捕食していたが、奴らは臆病でとても気配に敏感であるため中々捕まえるのが難しい。
今回も獲物を逃がし苛立ちを覚えたそれは、森から出て辺りを徘徊しながら餌を探す。
四つ足どもはどこへ行ったのか?
やつらの好むこの草原に変わりはない。ならば移動する必要はないはずだ。ではどこに?
その苛立ち紛れの徘徊中に、餌であった四つ足の匂いを嗅ぎ取ったそれはさらに確かめるようシュルシュルと舌を出す。
だけどその匂いは腐敗と火薬にまみれたもの。それには腐肉を食べる趣向はない。
そして見つけたのは食事にもならない四つ足の残骸。
火薬――それは二つ足が使うものだ。それ自身も何度か火薬を使った攻撃を受けたことがあるので覚えている。
ならば、これは二つ足の仕業か?
腹立たし気に鎌首をもたげると草原にそびえ立つトーチカが視界に入る。それも二つ足が造ったものだ。
腹立ち紛れに締め付けてやると少しばかり耐えたのちにバラバラと砕け散る。けれどそんなことをしたとてさらに腹が空くだけである。
そこでそれは考えた。
ならば代わりに二つ足を食ってしまえばいい。
火薬は厄介ではあるがそれにとっては脅威にはならない。主食であった四つ足よりかは随分と小さくなるが、やつらは動きも鈍いし気配に鈍感だ。さほど苦も無く捕らえれるだろう。
それに、沢山繁殖しているのも知っている。一つで足らなければニつ、三つ食えばいい。
だけど、どうやら夜明けが近いようだ。
…まあ別に焦ることはない。
それは途中にあったトーチカをもついでに全て壊し、草原を滑るように寝床へと戻った。
――そして次の夜、
二つ足どもがいる場に向かう途中、ふいに嗅ぐった血の匂いに惹かれ森を出ると、音と閃光が辺りを包み、そのあと目の前に四つ足がいた。よく二つ足に飼われているやつだ。
今回の目的ではないが腹の足しになるかと追いかければ、前方から風を切る音がして体に何か突き刺さる。
四つ足が攻撃?
大した威力ではないけれど体の中に何か違和感を感じた。疼くような痺れるような、思考が鈍る。
だから四つ足が攻撃してきたことの疑問は直ぐにうやむやになり、本能で獲物を追った。
しばらくの間逃げ惑う素振りを見せていた四つ足だが、急に今までの迷走をやめると一直線に走り出し、突如直角に向きを変えたと思ったら、今度は目の前に小さな二つ足いる。
それにとっては一瞬で丸呑み出来るサイズだ。
勢いのままついでの流れだとそれは大きく口を開けた。
『――シィア!!』
どこからかそんな音が聞こえると小さな二つ足がビクッと身を揺らした。
バクッと、勢いよく閉じた口の中には何もなく、二つ足は後ろの壁に飛びつき、回り込みながら上へと駆けあがる。
逃げられると追ってしまうのが本能、それは壁に沿うように逃げた二つ足を追う。途中、微妙な違和感と不快な匂いがしたが気にせず登りつめると、逃げるでもなく天辺でこちらを見つめる小さな二つ足。
それは再び大きく口を開いた――、
**
「シィア! 飛べ!!」
大きく自分を呼ぶトーリの声。その声に、シィアは躊躇いなく宙へ飛び出した――と同時に、その場を巨大な顔が横切る。
サーペントの攻撃を間一髪躱したシィアをギロリとした目が捉えるが既に遅く。シィアはトーチカの天辺からくるくると回転しポスンとトーリの腕に飛び込んだ。
そのあと直ぐに上からゴウッと音と共に火の粉が舞い落ち、トーリはシィアを抱えたまま距離を取った。
バクバクと忙しい心音をさせシィアはトーチカを見上げる。壁に巻き付いたサーペントは棘に阻まれているのかその場から戻れないようだ。
シィアはホッと息を吐きトーリからも同じような息が漏れる。
トーリの掛け声がなければ危ない場面もあったが何とかなったようだ。
サーペントを巻き付けたまま上部から炎を噴き上げるトーチカ。火種はトーリが持っている照明弾を打ち上げた筒のような銃だろう。
確かにあの内側に施していた袋にはアルコールが入っていたが。
シィアはトーリに尋ねる。
「この炎のためにあの袋をぶら下げたの?」
アルコールはランプにも使うように炎を出すものだ。だけどあんな面倒くさいことをしたのは何でだろう?
トーリは暗視ゴーグルを額に上げて、いつもとは違う炎で朱色に染まった目でシィアを見下ろす。
「いや、炎は誘い火みたいなもので、最終的な目的はちょっと違うんだ」
「違う?」
「そう。…さあ、上手くいくかな」
トーリの視線がまたトーチカへと戻り、シィアもそれを追う。サーペントはまだ逃げようとしているようだがイバラの毒が効いているのか動きが鈍い。
だけどだ、肝心な炎の勢いが落ちてきている気がする。
「トーリ、炎が、」
――消えちゃう。
と、続けようとしたシィアの目の前で、パキンッと硬質な音が響き、トーチカの表面に氷が張っていく。
そしてそれは徐々に上へとのぼる。
当然サーペントの体も巻き込んで。
シィアは目を瞬かせた。
「……え…?」
炎はいつの間にか消えていて。パキパキと音を鳴らし、見てる間にトーチカ全体が氷に包まれた。
ただし上部は少し氷が薄いようでサーペントが苦しげに首を振っている。
「………え?」
「一応上手くいったみたいだね。サーペントを完全に凍らすまではいかなかったけど」
「え…、え、なんで? なんで氷が…?」
戸惑うシィアを馬から降ろすと、自らも降り、改めてトーチカを見上げながらトーリは言う。
「簡単に言うと、あの袋の液体が気化……うん、まあ、ちょっと違うけど、空気に変わった時に熱を奪っていったんだよ」
「…熱を、奪う?」
「熱を奪われると寒くなるだろ?」
「寒くなったから凍った?」
「まあ、そういうことだね。…でもそこら辺の説明は難しくなるから深く考えなくていいよ、多少特殊な液体だったってこともあるし」
「ふーん…?」
尚も首を傾げるシィアの頭にポンと手を置いて、トーリはやっと軽く笑みを見せた。
「じゃあロナーさんに合図を送ろう」
「もう大丈夫なの?」
「毒も効いてるようだし、これだと内臓まで凍ってるだろうから太陽が昇るまではサーペントも大人しくせざるを得ないと思う。だから、ここから先どうするかは町の人間に任せよう」
「……」
サーペントの体からは牙や毒や皮などの素材が様々な用途で使われるらしい。そしてそれは割りと高値で取引されるのだと。
その件のことをトーリは言ってるのだ。
トーリが捕まえたものなのに…と思うが、流石にこれだけ大きいと持って行くことが出来ない。
しかしだ、町の人間というとトーリに怪我を負わせた人間も含まれる。
シィアはぐっと眉間にシワを寄せる。
全部渡してしまうのは何だか気に食わない。何とか一部だけでも持って行けないだろうか?
下の方にある尻尾を見るがこちらは完全に氷漬けになるっている。じゃあ牙とかはどうだろう? と、上を見上げると――、
そこには明確な意志を持った巨大な目と、大きく開かれた口があった。
アレです、デカいガス缶の物凄い気化熱ってことで




