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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 爪と牙の意味 〜
17/42

17.準備


 ロープの長さが必要だいうことで、シィアは持ってるロープを割いてより直し、トーリはその間に先ほどの液体をいくつかの袋に分けている。

 そちらの作業に関しては、少し危ないからとシィアは手出し無用だ。

 そこに、馬で出ていたロナーが帰って来た。



「あったぞ」



 革手を嵌めた手に持っているのは何だかわからないが植物の蔓のようなもの。



「これは何?」

「あ、素手で触るなよ。毒性があるからな」

「毒?」

「シィア、それはイバラの仲間で棘もあるから気をつけて。あと毒と言うか刺さるとかぶれる、触る時は手袋を。――で、ロナーさんはそれをロープへと絡めてくれますか、なるべく棘の向きが一定になるように」

「ああ、わかった」



 後は三人とも無言で手を進める。そして出来あがった棘付きのロープを、今度はトーチカの小窓を使いながら外壁へと這わしていく。



「ロナーさん、棘は上方向に」

「ふーん…、返し付きの棘か」

「ええそうです。それとこのイバラの毒性は魔力に大きく反応するので魔獣には有効です」

「へえ、こんな何処にでも生えてるものがな…」



 神妙に頷くロナー。これからのオルンではそういった知識が必要になるんだろう。

 身軽さを生かし高い位置にある小窓で作業をしていたシィアは、やっぱりトーリは物知りだなと、見下ろし思う。この今している作業だって自分にはさっぱりである。

 シィアはトーリが作っていた小さな袋を今度はトーチカの()()()へと、ロープに挟むように固定している。でもこんなことをしたらちょっとの衝撃で破れてしまうと思うのだが?


 だけど、これがここから先どうなるかは、本当にサーペントがやって来て戦闘が起こった時にしかわからない。



「――よし、大体準備出来たかな」



 トーリのそんな声が聞こえて、大急ぎで、でも慎重に最後の袋を付け終わると、シィアはトーリとロナーの元へと駆けた。



「よくわからんが、こんなまどろっこしいことをしないでも爆薬とかで吹っ飛ばせばいいんじゃないか?」

「今はそこまでの手持ちはないので無理ですよ。それに、余程上手い策を練らないと火薬の匂いで直ぐにバレます」

「なるほどな」

「それじゃあ、ロナーさんは一方の馬で手前のトーチカへと移動してくれますか」

「ここで手伝わなくてもいいのか?」

「もし足止めに失敗した場合は直ぐに町へと向かって欲しいので」

「ああ…、確かにそれもそうか。…――で、結局その子はどうするつもりだ?」



 シィアが来たと同時にロナーがトーリにそう話を振り、シィアは振り向いたトーリの視界の真ん中へと陣取ると譲れない思いを込めて薄灰色の目を見つめた。

 譲れない思いとは、もちろんトーリの側にいること。


 暫しの沈黙の後、視線を伏せたトーリが深く息を吐く。



「……僕の、言うことが守れる?」



 シィアはピクリと耳を揺らすと大きく頷く。



「うん!」

「少し怖い思いをするかもしれないけど?」

「シィア、そんなの平気!」

「……はぁ…、じゃあやってもらいたいこともあるし、シィアはここにいてもらうか…」

「本当!?」

「ああ…」



 明らかに仕方ないというような声であったけど、シィアはしっぽを思いっきりブンブンと振りローブも捲れ、それを見たトーリは苦笑を零す。 



「お、決まったみたいだな」と、ロナー。



「ええまあ、突撃されるよりは見える範囲にいてもらった方が安心出来るので」

「苦肉の策、だな」

「はは…。 ――で、これからですが、戦闘が始まったら照明弾を打ち上げます。そして終わったらもう一度。一度目から一時間のうちに二度目が上がらない場合は町に走って下さい」

「わかった」



 再び神妙に頷いたロナーとの会話を終えて、シィアの頭にポンと手を置きトーリは言う。



「――よし、じゃあ作戦会議だ」




**




 深い群青色の空に浮かぶのは檸檬の皮のような細い三日月。なので月明かりは見込めない。

 でもシィアは夜目が利くので問題ないし、サーペントもそうだろう。そしてトーリは。


 今二人は先ほど色々施したトーチカと森の間にある、ちょっとした丘の上にいる。

 見上げてた月から視線をずらし、シィアは後ろで馬の手綱を握るトーリをチラリと見た。けれどトーリの薄灰色の目は隠れていて、そこには不思議な眼鏡のようなものが覆っている。


 それは暗視ゴーグルという魔道具で、暗闇でも景色が見えるのだという。

 そして形は違うけれど、それはシィアも一度見たものだ。


 そう、シィアが集めた集光石を奪った男たちが同じように顔につけていたもの。

 

 トーリ曰く――、

 


「このゴーグルのレンズ部分には砕いた集光石が使われているんだ」

「砕いた?」

「そう、砕いて溶かしてレンズにする。物が放つ僅かな光を感知して見えるようになるんだよ」

「…?」

「要するにシィアの目と同じってことだ」

「ふーん?」



 そのレンズを作るには結構な集光石が必要なのだと言う。高値で取引されるとも。

 「ただ…、」とトーリは言葉を濁す。



「全く一般的ではない魔道具だけどね」

「普通はいらない?」

「便利だろうけど、灯りがあれば別に必要がないしね。だから一般的には普及されてはいない。持ってる僕が言うのもなんだが、使っているのは軍隊であったり、人に気づかれずに暗闇でも行動したい人間とか…」

「……」



 …なるほど、使用目的は然りだ。

 


 トーリの顔半分程を覆うそれをジッと見ていたら視線に気づかれた。



「シィア?」

「うん」

「……怖い? 大丈夫だよ、君は絶対に守るから」



 シィアは首を振る。怖くはない。だってトーリがいる。



「平気、怖くない」



 安心出来る存在がいる――ということは、とても心強いもの。だけどシィアは守られていたいわけじゃない。トーリの力になりたいと思っているのだ。


 少しして、ピンと研ぎ澄ませていた感覚に何かが触れた。



「………!!」



 シィアがピクリと身を揺らすと同時に馬がブルルと鼻を鳴らす。



「来た…、みたいだね」



 トーリの声に、森の方角から視線を外すことなくシィアはコクリと頷く。

 あの恐ろしい気配と、草木を踏みしだく微かな音を耳が拾った。いや、実際は踏んでいるわけではないのだけど。

 息を詰めて見つめる先、森の中からぬっと長大な影のようなものが伸びた。



「…じゃあシィア、作戦通りにいくよ」

「うん」



 シィアは馬からヒラリと降りるとトーチカの方へと走る。そしてトーリはサーペントの存在に怯えた動きを見せる馬を宥めると、空に向けて照明弾をあげた。


 辺りが一瞬明るくなる。


 その、空に打ち上がった明かりを背に受けて、シィアは自分の胸元まで伸びた草の中を走った。


 トーリとの作戦会議の内容はこうだ。



「まずはサーペントを仕掛けを施したこのトーチカに呼び寄せなきゃならない。それが第一」

「こっちには来ないの?」

「このままではたぶん町に向かってしまうだろうね、あちらの方が(人間)も多い。だから、このトーチカに一番近い森の入り口に匂い付けをしようと思う」

「匂い付け…」

「ああ。本当は獲物的なものが欲しいけど今は狩りをしてる場合じゃないし、さっき拭った僕の血で――、………もう大丈夫だからね」



 シィアが眉をぎゅっと寄せたのでトーリは苦笑を零し続けた。



「それで匂い付けをした後、今度は森から出て来たサーペントをトーチカへと誘導するんだけど…、…最後の最後はシィアに頼むことになってしまうんだ」

「シィアに?」

「ああ、僕では()()()()()()から…」



 トーリは申し訳なさそうに言うが、初めからトーリの助けになりたいがためにシィアはここにいるのだ。それに囮になれないというトーリの言葉の意味もシィアには何となく理解出来た。

 それはトーリがもつ特殊な気配。


 目に見えるものしか認識出来ない人間たちにはわからないかもしれないが、気配に重きを置く者にとってはトーリは認識しにくいだろう。

 シィア自身、近くにいれば目視出来るし匂いでわかるが、気配に関しては、もうそれそのものをトーリとして認識している。



「じゃあシィアは何をすればいい?」

「ああ、うん…そうだね…、シィアにはトーチカの上部へとサーペントを導いて欲しいんだ」

「えーっと、トーチカに登らす?」

「そう、ここまでは僕が馬で連れて来るから。もちろんある程度向こうの機動力は削ぐつもりだけど、手持ちのものでは完全に無理だと思う。だから――」



 トーリは言葉を切ると、しゃがんでシィアと視線の高さを合わせた。



「危ないとおもったら直ぐに逃げるように」

「わかった」



 これぽっちも躊躇いなく返事をしたらトーリの眉が寄る。



「……本当に?」

「うん」

「……本当にホント?」

「? うん」



 ちゃんと言っているのに、信用されないのかトーリの眉は寄ったままだ。そしておもむろにジャケットの内側をゴソゴソと漁ると、取り出した物をシィアの手に握らせた。

 それは白っぽい石がついたブローチのようなもの。



お守り(アミュレット)だよ。護りの効果がついてる」

「シィアに? …でも…、これはトーリのだよね」

「僕は他にも持っているし、それはシィアが持っておけばいいよ」



 そう言われて、シィアは手のひらにあるアミュレットを見下ろす。白い石は完全に白というわけではなく赤や青や緑、黄色と複雑な輝きを放つ。

 シィアはそれをぎゅっと握りしめ、トーリにお礼を言ってローブの内ポケットにしまった。後でちゃんと紐でも通しておこう。



 そのアミュレットは今、言った通りに紐を通して首からかけ、胸元辺りにしまい込んでいる。 

 離れたとこで聞こえる馬の嘶きと地を揺らす騒音にビクッと一瞬身を強張らすも、服の上からアミュレットに触れながらシィアは走る。


 トーリの方も気にはなるが、シィアにもやることがある。それを蔑ろにするわけにはいかない。

 仕掛けを施したトーチカの前にたどり着き、ハァと大きく息を吐く。自分の決戦の場はここだ。


 そしてシィアはトーチカの近くに待機するとその時を待った。




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