14.留守番と約束
結局どれだけ頼んでもトーリはシィアを一緒に連れて行ってはくれなかった。
それがシィアのためを思ってだというのはわかっている。危険だからとか、そういうのだって。
けれどシィアが危険であるのならトーリだってそうだ。なのにトーリはシィアだけをそういったものから遠ざけようとする。
シィアは宿の部屋の窓からトーリを見送った後も、片時も離れず窓の側にいる。ここならトーリが帰ってきたらわかるし、直ぐに駆けつけれるから。
窓枠に置いた両腕に顎を乗せ、何度目かわからないため息を吐く。もう昼はとっくに過ぎた。トーリと旅をしてからこんなに長い間離れたのは始めてのこと。
ただ待つしかないという行為がこんなに落ち着かないものだったなんて。
シィアがさらなるため息を重ねていると、見下ろしていた町が、どこかざわつく気配を漂わせ出した。
( ……何だろう? )
ざわめきはシィアが見ている方向、つまりはトーリが去った方向から徐々に広がってきているようだ。その気配の中心にあるのは焦りと――、
( ……恐怖? )
そして方々から大きな声もあがり出した。
「そんな馬鹿な! 何故そんなことに!?」
「早く避難しなきゃ!」
「サ、サーペントが!?」
「軍隊を呼べ!!」
「だから俺は反対だって言ったんだ!」
「何処に逃げろって言うのよ!?」
人々の声は様々で、その中でこの前シィアが遭遇した――と言っても見てはいないが、魔獣サーペントの名前が出てきて、何となく状況は読めた。
サーペントが出たのか、こちらに向かって来ているのか。
でもトーリは言っていたサーペントは夜行性だと。
シィアは空を見る。傾いたとはいえ太陽はまだ天にある。ならまだ大丈夫だ。
とは言え、トーリはどうしたんだろうか?
今のこの状況はたぶん、トーリたちが壊されたトーチカを見に行った結果なのだろう。タイミング的にもそうとしか思えない。なのに、先ほどから慌てふためく人たちをずっと見ているけどトーリの姿は見えない。
シィアは軽く眉を寄せる。
トーリなら必ず真っ先にシィアの元に駆けつけてくれるはずだ。
『直ぐに戻って来るから、シィアは部屋で待ってて』
シィアの頭に軽く触れながら、眉尻を下げたトーリは言った。
それに対して、シィアはそれは『約束』なのかと返す。
「約束?」
「ん?――ああ、…うん、約束だ」
「じゃあ、待ってる」
「うん。でももし、何かあった場合はまずは自分の安全を優先するように」
「…?」
「要するに待たなくてもいいってことだよ」
「そんなっ!!」
「シィア、もしもの場合だ、もしもの。約束は当然守るから」
「…絶対だよ」
「ああ」
それが出て行く直前のトーリと交わした会話。
二人の間での『約束』とは、シィアを置き去りにはしないということ。だからトーリは必ずシィアの元に帰って来る。
ふと、見下ろしていた視界の中に覚えのある顔が見えた。
シィアはパチリと目を瞬かせ、次にぎゅっと眉を寄せる。口はへの字だ。
「……」
部屋で待っているように言われた。
でも、もしもの場合とも言っていた。
「……なら、たぶんきっと、今がもしもの場合だ…」
そんなふうな理由付けをして、シィアは窓から離れ部屋を飛び出した。
「――おじさん!」
確かロナーといったとは思うがあまりはっきりとはしないので一般的な呼び名で男を呼ぶ。
なので数人の男たちがチラリとこちらを見たが、他が直ぐに視線を戻す中、目当ての男はギクリとした表情でシィアを見た。
「あのっ、トーリは?」
駆け寄ったシィアにロナーはわかりやすく目を泳がせる。
「さ、さあ? さっきまでは一緒だったんだが…」
「さっきまで? トーリの気配は近くにないよ」
「え? 気配?」
は?と怪訝な顔を見せる男から視線を外し辺りを見渡すが、トーリの匂いも気配もない。 シィアは再び男を見上げた。
ジッと見つめているとロナーは気まずげに視線をそらす。
そんなロナーにも他の人と同じような焦りと恐怖は見える。でもそれとはまた別のものも。
「……本当のことを言うと、先に行ってしまったんだよ。君を置いてな」
「嘘、トーリはシィアを置いてかない」
「嘘じゃない、もう直ぐこの町は大変なことになるんだ。だからさっさと行っちまった」
「それなら絶対シィアを置いていくはずない」
「…なんで言い切れる?」
「だって約束だもん」
「は、約束なんてもんは簡単に破られるもんだぞ」
そんなことはシィアだって百も承知だ。でもトーリとの約束は違う。ちゃんとゆびきりもした。それに――、
「おじさんは嘘ついてる」
「は? 俺は嘘なんて、」
「ついてるよ、シィアわかるもん」
「は…」
「もういいよ、シィア、トーリを探しに行く」
「は? いやちょっと待て!」
伸びてきた手を後ろにひょいと飛んで躱す。そしてそのまま騒然とした人混みの中に紛れ込む。「――あ、おい、待って!」と呼び止める声が直ぐに後ろから聞こえるけど、当然止まるわけない。
右往左往する人の流れ、至る所で人がぶつかり物が倒れ罵声が飛ぶ。それを器用に避け町の出入り口に向かうと、丁度あの大きな扉が閉められるとこで、シィアは素早く体を滑り込ませる。
「――おいっ!?」
「ほっとっけ、自ら出て行ったんだ。早く閉めるぞ!」
大きな音を響かせて無情にも扉は閉められた。だけど、振り返ることもなくシィアは昨日辿った道を走る。
町にトーリはいない。それはシィアの勘でしかないけれど間違いはないと思う。
ロナーがなんであんな嘘をついたのかはわからないけど、ロナーからは罪悪感や後悔といった何か後ろ向き的な感情が嗅ぎ取れた。
それがシィアに嘘をつくことに対してか、またはトーリに何事かが起こったからか。
…たぶん後者だろうとシィアは考える。
走りながらチラッと空を見る。
( 日が暮れるまでにトーリを見つけないと! )
あのとても怖い気配をもった魔獣――サーペントが本当に襲って来るというのなら急がなくてはならない。
( …でも…、もし――、 )
シィアはブンと頭を振る。
駄目だ。そこから先に続く言葉はどれもよくないものだ。
『悪い考えは悪い方向へと導かれる』
おとうさんとおかあさんのどちらが教えてくれたかは覚えてないけど、そんな言葉を思い出す。
なので浮かんでくる考えを振り切るようにブンブンと頭をふるとフードがはずれてしまった。だけどそんなの構うことなく、シィアはともかく無心で足を動かした。




