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世界は僕らに優しくない  作者: 乃東生
〜 爪と牙の意味 〜
13/42

13.行動と結果


「あの子は良かったのかっ!」



 壊されたトーチカへと向かう馬上、隣を併走する男から疾走に負けない大きな声が飛ぶ。

 トーリはその男、昨日呼び止めた――ロナーにチラリと視線を送り、馬を操りながら同じように声を張りあげた。



「安全かどうかもわからないのに、連れては来れないでしょうっ」

「まあ、そうだがな!」



 『あの子』、とロナーが言うのは今は一緒にいないシィアのことだ。

 当然連れて行けるはずない。だから宿に引き返してそこで待っているように言ったのだけど、シィアはトーリの服を掴んだまま離さず、頑なについて行くと強請った。

 それを何とか説得してトーリは今ここにいる――わけだが、その一部始終のやり取りをロナーは見ていて、泣き出しそうになったシィアに対して二人して大いに慌てた。


 決して我儘なども言わないシィアのそんな様子に珍しいなと思ったが、かと言って()()()()()()()()()()()()()であるなら外にいるよりも中にいる方がいい。

 まあ実際、危ないのは夜ではあるが。

 


 前方に崩れたトーチカが見えてきて、一団は馬を止めた。



「……これは派手に壊れたな」



 その声の通りに土台から上は跡形もなくなったトーチカ。残骸は足元にも周囲にも飛び散り、男たちは厳しい顔でトーチカを囲う。



「火薬の痕跡は見当たらなさそうだな」

「ああ…。でも爆薬でないとしたらやはり魔道具か?」

「うーん、魔道具なぁ。俺あんまり詳しくないんだよな」

「俺もそうだ。な、旅人さん、あんたは? 」

「――え?」



 皆んなとは少し離れた場所で地面を見ていたトーリは話を振られて顔をあげる。



「…えーっと?」

「だから魔道具だよ。 こういったことが出来る魔道具をあんたは知ってるか?」

「魔道具? …ええ、まあ、いくつかは」

「おっ! それはどんな――、」

「でも、これは魔道具じゃないですよ」

「え?」

「これは魔獣の仕業ですから」

「は?」



 その告げた結論に全員から不審の顔が向けられる。



「いやいや、ちょっと待った、魔獣の――ランドブルの群れはもう居ないぞ?」

「でしょうね、この少し先で埋められた死骸を見ました」

「!」

「…じゃ、じゃあ魔獣の仕業じゃないだろう?」


 

 男たちは知られていたことに驚いた様子を見せたが、話の矛盾を指摘してきて。トーリは軽く肩を竦める。

 


「僕は魔獣をランドブルだなんて言ってないですよ。そもそもランドブルにこんな芸当は出来ない」

「そ、それじゃあ何だって言うんだ?」



 男たちを代表したようにロナーが尋ねれば、トーリは直ぐに答えずに、自分がいる場所の横の地面を指差した。

 トーチカの周りは草の侵入を防ぐために砕いた石が撒かれているが、それ以外の辺り一面は膝丈ほどの草を覆われている。

 そしてトーリが指差した部分、そこはその膝丈の草がなぎ倒され道のような通路が草むらの中へと続いている。まるで何か重たいものを引きずったようにだ。



「それが何だって言うんだ? 道みたいになってるのはわかるが」

「ロナーさんは東の森の奥に行ったことは?」

「いや無いが?」

「じゃあ湿地帯があることも?」

「知らないな」

「そう…、じゃあ仕方ないかな。魔獣はそこに住み着いてるんですよ」

「魔獣が?」


「………まさか…、…サーペントか…?」



 男たちの中の誰かがそう小さく零した。

 


「サーペント!?」

「は!? サーペントが!?」



 流石にその名前は誰も知っていた。大型種の危険魔獣であるからだ。

 だけど直ぐに「でも――」と声があがる。



「でも何故急に?」

「そうだ、今までこんなことなかったのに、サーペントがどうして」

「あり得ないだろう?」



 そんな声に、「そんなこと」というようにトーリはさらりと言う。



「それはあなた方がランドブルの群れを駆逐したからですよ」

「は?」

「え?」

「当然の結果だ。最主食であったランドブルがいなくなったんだから。サーペントは頭のいい魔獣です。だから自分の食事量で群れが絶滅しないよう頭数をきちんと管理していたんじゃないかな。なのに急にランドブル(主食)が消えた」

「……」

「サーペントは嗅覚もいいんですよ。だからあの死骸の山にも気づいた。食べられたわけでなくただ殺されただけのランドブル。…腹いせでしょう。勢いで巻き付き、粉砕した、それがこの惨状」



 もしかしたら自分が土を掘り返したせいで匂いに気づかれたかもしれないが、何れは辿った道だ、そこは黙る。

 トーリは今はなくなったトーチカの上部を見上げる。同様に顔をあげた男たちの顔が心なし青いのは、トーチカに巻き付く大きな蛇の幻でも見えたのか。



「…じゃあ…、どうすれば良かったって、…言うんだ?」



 誰かがそんな声を零し、トーリは呆れた視線を向ける。

 


「どうすればって…」

「だってそうだろう! ずっと魔獣の脅威に怯えて暮らせって言うのか!」

「けれど今まではそれで暮らしてこれたんでしょう?」

「っ!それは…っ 」

「しかも今回あなた方がしたその行いせいで、さらなる脅威を帯び寄せてしまってはただの本末転倒ですよ」

「……っ」



 トーリは小さなため息を漏らす。これで終わりではない。既に青ざめている男たちにこれからさらにトドメを刺さなければならない。



「そんなことよりも次です」

「……次…?」

「ランドブルはいなくなった。じゃあ次にサーペントが最主食とするものは?」

「……」

「 直ぐにはなくならない()となるものは?」

「……は…、まさか、俺たちだと…?」

「それしかないでしょう。それにここ最近の町は夜も随分と賑やかだったそうですよね? だからサーペントも町の存在にはきっと気づいた」

「そんなっ!」



 絶望を顔に浮かべた男たちを憐れむように見る。

 これから彼らが取るべき道は二つ。

 今回自分とシィアが見たサーペントは一体であったが実際にはもっといるかもしれない。そんなサーペントと戦い続けるか、もうひとつは町を捨てるかだ。

 だけども結局それはこの地で暮らす彼らが決めることであってトーリの関知することではない。こちらはたまたま寄っただけの旅人に過ぎないのだ。

 だから――、

 どうすればいいと縋り付いてくる彼らにそう答えたことは決して間違いではないだろう。



「僕らは今日中にはここを発ちます。あなた方も夜までに判断した方がいいと思いますよ」



 彼らはシィアのような寄る辺もない子供ではなくきちんと判断出来る大人だ。だからこそ自分たちの行いの結果は自ら取るべきなのだ。当然、他人に委ねずに。




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