12.オルン
予定通り夕刻までにはたどり着いたオルンの町。入り口から見える両側はトーチカのような石積の塀で囲まれていて、そこを越えた中に建物全てがある造りのようだ。もちろん入り口にも丸太で作った大きな二枚扉があり、今は開け放たれている。
今までの町とは違う造りとシィアの背の三倍はありそうな扉に目を丸くしていると、先に進んだトーリがシィアを呼んだ。
「思ったより大きな町のようだからはぐれないように」
「うん。でも変わった町だね」
「変わった?」
「塀の中に町がある」
「ああ…、シィアはこういった感じの町を知らないか。 こうやって壁を作ったり堀を作ったり、外敵から町を守る造りは割りと普通だよ」
「敵?」
「ここの場合は魔獣だろうね」
「ランドブル?」
「そう。あと、人間て場合もある」
「人間?」
シィアがとても驚いた顔をしたのでトーリは少し眉を下げて小さく笑う。
「そういう場合もあるってだけだよ。さ、宿で荷物を置いたら夕食探しを兼ねて町を散策しよう」
「散策! 名物あるかな?」
「探してみよう」
「うん!」
宿で風呂や洗濯など諸々の用事を済ませたあと二人で町に繰り出す。既に暗くなった町は至る所でオレンジの明かりが灯り、笑い声と軽快な音楽があちこちから響き渡る。
日中と変わらぬ人出の多さにシィアはパチパチと目を瞬かせた。
「スゴい…、夜なのに人が多い」
「ああ、随分と賑やかだね。祭りでもあるんだろうか?」
トーリのそんな声にシィアは町並みから視線を外し横にいる男を見上げた。
「祭り?」
「シィアは見たことない?」
「うんん」とシィアは首を振る。
「あるよ。祭りに行こうって、おかあさんと遠くから見た。でももっと静かで、海に明かりを流してた」
「ああ、それはどちらかと言えば慰霊祭的な祭りだね」
「いれいさい?」
「亡くなった人に向けてのものだよ。亡くなった人を偲んだり、魂の安らぎを願ったり」
「じゃあ、おとうさんの」
「だろうね。でも賑やかな祭りだってあるんだ」
「賑やかな…」
首を傾げるシィアにフッと口元を緩めたトーリは、横を通った男に「ちょっとすみません」と声をかけた。
シィアはハッとしてフードを深く下ろす。
ここでもまだ獣人は見かけていない。だからフードは被ったままだ。だってどんな反応を向けられるかわからないから。
けれど、これだけ沢山の人の中にいて、そしてその大勢のざわつく感情にさらされていても、さほど気にならなくなったのは進歩ではある。
「今夜は何か祭りでもあるんですか?」
問いかけに、呼び止められた男は怪訝な顔をしてトーリを眺めたあと「ああ」と納得したように頷いた。
「あんた旅人だな?」
「ええ、さっき町に来ました」
「だろうな、見覚えないと思った。あんたなかなか男前だし、忘れるわきゃないよな、うん」
「はあ…。…や、それで、こんなに賑やかなのは祭りでもあるのかなって思って」
「いやー、違う違う、別にそうではないんだ。けど、祭りでもしたい気分なのは確かだな」
「祭りな気分? 何かいいことが?」
「そりゃあいい気分さ。長年苦しめられてきた魔獣から解放されんだ」
「解放? 魔獣から…?」
「ああそうさ――と、すまん、向こうで呼んでるからもう行くぞ。 まあこの平和になったオルンの町を楽しんでくれ、旅人さん」
じゃあな、と男は手を上げ去ってゆく。そのうしろ姿を何とはなしに目で追っていたシィアは、そちらの方から嗅ぐった香ばしい匂いに思わずトーリの服を引いた。
「ね、トーリ? スゴくいい匂いがするよ」
だけど返事はなく、見上げれば少し険しい表情で何か考え込む様子のトーリがいる。シィアはもう一度服を引く。
「トーリ?」
「……ん…――ん? あ、シィア?」
「難しい顔してる」
「ん、いや…、うん、何でもないよ。 それより、何か言った?」
やっと視線が合ったトーリは直ぐに表情を和らげたが、まだ気持ちは違うところにある様子だ。
けれどシィアはそれについては触れず、香ばしい薫りを漂わす屋台を指差した。
「トーリ、あれ何だろう。美味しそうな匂い」
「串焼きかな? 確かにいい匂いだ。…――よし、じゃあ今日の夕食はあれにしようか?」
「横の席で食べる?」
「いや、持ち帰って宿で食べよう。宿の隣にはパン屋もあったし丁度いい」
「ふーん…」
シィアはただ何気なく頷いただけだ。だけどトーリは困ったように眉尻を下げる。
「…散策は中止になるけど?」
「別にいいよ。トーリ、何か気になるんでしょ?」
そう指摘すればトーリは軽く目を開きそして瞬かせ、最後はやはり眉尻を下げた。
「ごめん、散策は次の町でしよう。残念だけどこの町にはあまり長居しない方が良さそうだ」
「…そうなんだ」
シィアにはわからなかったけど、たぶんさっきの会話の中で何か引っかかることがあったのだ。
けど、その理由を尋ねてもきっと教えてはくれないだろう。
「…わかった」
素直に頷けばちょっとだけホッとした顔を見せたトーリ。
それに気づかないフリをして、シィアは屋台の方へと向かった。
――次の日。
馬車の発車所の外の椅子で足をぶらつかせながら待つシィアの元へ、建物の中へと入っていたトーリが浮かない顔で出て来る。
「まいった…、今日は国境行きの馬車は出ないらしい」
「え」
「出るのは明後日で、他の経由地を回ろうにもここから先は町らしき町がないんだよね」
「じゃあ歩いて行く?」
「だとしても距離がね、結局は馬車の方が早い」
「だったら明後日まで待つ?」
「んー…、そうだな、仕方ないか…」
やはり何か思うところがあるトーリはかなり渋い顔で、それでも仕方ないと結論付けた。
もう一度宿へ戻ろうと二人で歩いていると、昨日通った辺りで何だかざわつく一団がある。その横を通り過ぎる時に「あっ! あんた!」と、中の一人が声をあげた。
「良かった見つけた!」
「あれ…、昨日の」
「ああそう、あんた昨日来たばっかりって言ってたろ?」
「え? …ええまあそうですけど」
そう話しかけて来たのは昨日トーリが呼び止めた男だ。ただその男との会話の後からトーリの様子がおかしくなったので、今度は会話を聞き逃すまいとシィアはピンと聞き耳を立てる。
男は落ち着かない様子でトーリに問いかけた。
「それであんたらどっちから来た?」
「どっち…、東の、森を抜けて来ましたけど」
「ああ、それならトーチカがあったよな! 壊されてたか?」
「は? 壊されて…?」
トーリはシィアと一度視線を合わせる。その後また男へと戻し、何のことだ?というように眉を寄せた。
「いや…、僕らが通った時には何も」
「本当か?」
「そこで嘘をつく意味もないでしょう。それにあれを壊そうと思ったら相当な準備が――」
「だが壊されてたんだ」
「え」
「!」
いつの間にか一団はこちらへと集まって来ていて。驚くトーリの背に隠れながらも、シィアは同様に驚く。
( トーチカが壊された? あんなに頑丈そうなものが?)
なんたってシィアは昨日そのトーチカの中を確認したのだ。同じものかはわからないが中には何の異変もなかった。
「……壊れたでなく、壊された、という理由は?」
問い返すトーリの声が若干低くなった。フードの中、シィアの耳がフルリと揺れる。
( …トーリ? )
けれどその声の変化はシィアにしかわからない。問われた男たちは顔を見合わせた。
「壊されたのは五基あるうちの東の森に近い三基だ。一応定期的に点検しているし、三基が同時に壊れることなんて普通はないだろう?」
「それにそれを見つけた奴が言ってた、もし自然に壊れたのなら石が四方に飛び散ることなんてないって」
「つまり四方に飛び散るような壊れ方だったと…」
「ああ、爆薬か、何か魔道具を使ったのか。どちらにせよ、あんたの話からすればそれは昨日の夜の出来事ってことだ。ならまだ何か痕跡が残っている可能性がある」
「今からその現場に行く予定で?」
「ああ、そうだ」
「そう…」
トーリがそこで黙ると、男たちは出発の段取りを話し始める。
シィアは横に回り、黙り込んだ男を見上げ「…トーリ…?」と呼びかけるが視線が合うことはなく。
「僕もついて行っていいですか?」
そう口にしたトーリに、シィアは大きく目を開き、こちらを見ない男の服の裾をぎゅっと握った。




