11.痕跡
本日二話目
森を抜けると下るように広い草原が広がり、少し行ったところには道らしきものも見える。道があるということは町が村があるということ。
「一旦道に出て、その先にあるオルンて町で街道に繋がるから馬車で国境の町まで行けると思う」
随分と年季の入った地図を広げてトーリが言う。シィアも地図を覗き込んだあと、トーリを見上げた。
「オルンはトーリも知ってる町?」
「いや、どうだろう? たぶん…、寄ったことはないかな」
「じゃあトーリの知らない美味しいものとかあるかも?」
「ん? はは、だといいな」
最初の町での名物をシィアはいたく気に入って、新しい町に着くたびに名物や特産品を探すようになった。
今回の町には何があるだろうとワクワクしながら歩を進めていたシィアは、ふと、少しの先にある建物に目を止めた。
よく見ればそのさらに先にも、そのまたさらに先にも似たようなものがある。
進むにつれ当然徐々に近づいてくるそれ。近くで見ると、石積で出来た堅牢そうな建物。家と言うには小さく十人も入ればいっぱいそうだ。
二階建てより少し高いくらいの、上にかけて細くなる円柱の壁には何か所か小さな窓のような穴が開いていて。たぶん入り口なのだろうもう少し大きな穴はトーリの身長くらいのところにある。そこに向かって一部張り出した石が階段だと思われる。
( 何だろう、この建物? )
シィアの視線に気づいたトーリが「ああ」と足を止め、道の横に建つその不思議な建物の前にシィアを手招いた。
「シィア、これはトーチカだよ」
「トーチカ…?」
「避難場所と思えばいいよ。荷馬車のおじさんが言ってただろ、峠を越えたここらはランドブルが出るんだ」
「ランドブル…、…魔獣って言ってた」
「そう。これだけ開けた場所だと周りに逃げ場がないだろ? 横にある森までは少し距離があるし、だからこう言った建物があるんだよ」
「ふーん」
シィアは階段らしき石の出っ張りに足を乗せるとトントンと身軽に入り口まで登る。
トーリも別に止めないので中を覗き込んで見たが、土と砂利の床が入り口の高さにあり、中にも同じような階段が壁に沿うようにぐるりと上へと続いているだけで何もない。
外に顔を出して確認すれば、上の方にもうひとつ大き目な穴があり建物の上部に出れるようだ。小さな塔のような感じか。
「普段は何もないよ。緊急的な避難所だからね。ランドブルを見かけたらここに避難するって感じだ」
「入っては来ないの?」
「無理だろうね、僕でもその入り口は潜らなきゃならないし。体の大きな魔獣では当然無理だ。それにランドブルは牛の特性を持ってるから突進が主なんだよ」
「突進…」
「だから入り口から下は砂利と土で固められて強固になってる。これはランドブルに特化したトーチカだよ」
シィアは出してた顔をもう一度引っ込め中を見渡してから、今度は階段を使わずタンッとトーリの前に降りた。
「まあここに入れば完全に安全と言うわけではないけど、やり過ごすことくらいは出来るってとこかな」
「魔獣はやっつけられないの?」
「出来るさ。きちんとした装備と人を動員すれば。でも危険だからという理由だけで全て狩ってしまうのは違うだろ?」
「違うの?」
「違うよ、せっかく成り立っているものも壊れてしまう」
「んー…」
シィアは唸る。わかるようでわからない。けれどそれは結局わからないと同義。
難しく眉を寄せるシィアの頭にポンとトーリは手を置いた。
「今はまだそこまで考えなくてもいいよ。そこは世を回す大人が考えるべきことだから」
「ん…、わかった」
「じゃあ先を急ごう。夕暮れまでには町に着きたいからね」
「ランドブルも夜行性?」
「魔獣は大概そうだね。余程のことがない限り日中はどこかで休んでるよ。だから移動は日中がいいんだ。――さ、行こう」
そう言って出発したけれども、幾ばくも行かないうちに再び足を止めることとなる。
町はもう遠目に確認出来ていて、道は一本だけ。ならば迷うことはないと、トーリの少し前を弾むよう歩いていたシィアはピタリと足を止める。そして左右に首を回すと、スンと辺りの匂いを嗅ぐように鼻をあげた。
「シィア?」
「トーリ、血の匂いがする」
「え?」
曇らせた顔のまま振り返ったシィアに、トーリは眉を寄せる。
「場所はわかる?」
「たぶん、こっち」
シィアの案内の元向かったのは道から離れ少し行ったところ。
流石に近づくに連れトーリにもその匂いは届いた。だけど血の匂いではなく何かが焦げた不快な匂い。
「これは…」
トーリはボソッと零す。
たどり着いたそこは確かに燃やされたように草が焦げていた。が、地面もえぐれていたりしてどちらかと言えば戦闘などがあった感じだ。
そして一番不快な匂いを発しているのはその横、土を掘り返したような場所。見たら少し盛り上がっている。
シィアなど、もうここまで来れるような感じでなく、少し離れたとこでフードの首元を引っ張りあげて鼻を押さえる。
( 離れているなら丁度いい )
トーリは盛られた土を足先で軽く払ってみた。途端ブワッと広がった腐敗の匂い。トーリでさえも鼻と口を覆い少し後退る。
後ろでも短い悲鳴のようなものがあがった。
見ればさらに遠くへと避難したシィアが完全に耳を下げて、震えながらこちらを見る。当然シィアは自分よりも遥かに鼻がよい。トーリは慌てて土を戻した。
想像した通りだった、確認は出来た。
( でも、理由は何だ? )
だってここはまだ、町から随分と離れている。
「トーリ…?」
小さな声にトーリはハッとして緩く頭を振りシィアの元へと向かう。
「何か、動物たちとの争いでもあったみたいだ」
「人と…動物? …そこに埋まってるのは死体?」
「死骸だね。たぶん動物の」
「ふーん…」
シィアはまだ匂いが気になるのか顔は強張ったままで、トーリはシィアは促し早急にその場を離れた。




