1.薄色の旅人
落し子、異邦人、訪問者、時のさすらい人。
他にも呼び名は数多くある。
そう呼ばれる人々はこの世界ではなく他世界からやって来た者。そして彼らは誰も知らない知識を持ち、規格外の力や魔力を持ち、たかだか数人でも国ひとつを壊滅出来るほどの能力を持っていた。
彼らには関わるな。
それは各国が出した御触れ。
彼ら落し子――ここは便宜上落し子と呼ぼう――は、見つけ次第国に報告する義務があり、保護という名目の元に捕らえられ死ぬまで国の監視下に置かれる。
それは何故か?
先に言ったように、彼らが持つ力は強すぎたから。
実際二百年ほど前にこちらの世界に落ちて来た者たちによって、幾つかの国が滅びに瀕した。
彼らがそのような行動を起こした原因は余りにも稚拙であり愚かな内容で。
ただ――、
どこまで出来るか力試しがしたかった。
ただ――、
蔑ろにされたから懲らしめてやった。
ただ――、
ちょっとした気晴らしに。
ただ――、ただ、ただ…!
そんな己の欲求のためだけに幾つもの国が犠牲になり、大勢の人々の命が奪われた。
そこから出来た落し子に対しての各国共通の取り決めが、『関わるな、見つけ次第報告をして、速やかに捕らえよ』――である。
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トリテアナ大陸の東の端、ズハール――その辺境にある町レテ。そこは突き出た半島の先にあり周囲は海に囲まれ、背後にはそこそこ急峻な山が聳える。なので専ら海路が交通の手段となる。
出荷のための荷物が積み上げられた港にて、長い白髪を首元で緩く纏め潮風に薄い灰色の目を細めた旅人も、その専らな交通手段を使うために船の到着を待っていた。
「先生、今回はいつもより随分と早いけど、もう帰るつもりかい?」
ボンヤリと海を眺める旅人の背に、顔見知りの荷揚げ人が声を掛けると、『先生』と呼ばれた旅人は振り返り困ったように眉尻を下げた。
「ジルバさん…、だから先生でなくトーリと呼んで下さいって言いましたよね?」
「じゃあ、トーリ先生」
「いや、そうじゃなくて…」
ますます眉を下げる旅人、もとい――トーリに、荷揚げ人の男は闊達に笑う。
「なんと言おうと先生は先生だ。あんたはこの町を救ってくれた。あんたがいなければこの街の住民は全員亡くなってただろう」
「そんな大げさな…。僕はただ治療法を伝えただけです。だから救ったというならばそれは医者でしょう」
「それはそれ。それに医者は最初から先生だし、それならば治療法を伝えたあんたも先生で間違いはない」
「なんです、その理屈は…。でも本当に僕はその知識を持っていただけですよ」
「それで十分だ」
「うーん…」
トーリは唸る。これ以上何を言っても男は引きそうではない。
というのも、約十年ほど前にこの町である伝染病が蔓延した。それは遥か過去にも幾度が起こった病であったが外交の乏しいこの国ではそれは未知の病となり、国は軍を派遣して町の封鎖を指示した。要するに見捨てたのである。
そしてトーリとしてはその時どうしてもこの町に用事があった。
なので伝染病の治療法と治療薬と知り合いの医者を携えて無理やりこの町へと乗り込んで、全てとはいかなかったが住民の大半を快癒へと導いたのだ。
その後が、今に続く。
数年おきに訪れるトーリを町の住民たちは『先生』と呼びもてなそうとするために、最短で用事を済ませササッと撤収しようとしたのだが。
「ああそれから、残念ながらここで待ってても今日は船は来ないよ、トーリ先生」
「え?」
「国の船隊が港に入るらしくて他の船は沖で待機になった」
「え、国の船が? 何故?」
「先生…、また着いてからずっと遺跡にこもってたろ? じゃなきゃ噂を聞いてると思うんだけど?」
残念な子を眺めるような目を向けられトーリは軽く咳払いをする。遺跡の訪問がそもそもの目的なのだからこもることは間違いではない。だが住民たちはトーリをもてなしたいと思っているのでそこは全く噛み合ってはいない。
「で、どうして国の船が?」
トーリが再び話を戻すと、男は眉を寄せながら口を開いた。
「半年ほど前に町のはずれに住んでいた老婦人が亡くなったんだよ。それはまあ寿命であったんだけど、」
どう考えても国や船隊とは関係なさそうなところから始まった話。
その老婦人はずっと昔に子供を亡くして、それ以降住民と関わることを極力避け夫と二人で閉じこもるような生活をしていたのだと言う。
そして夫が二年前に亡くなり、今回老婦人も亡くなってしまった。親族や親戚はいないようで夫婦が住んでいた家をどうしようかと皆で話していたところであったと言う。
「だけどその空き家で人影が度々目撃されるようになったんだ。――ああ、もちろん空き巣でもないから」
その勿体ぶったようなもの言いに、オカルト的な話か? と思えどもそんなことで国が動くとは思えない。でも、確実にそれが話の核心だと思われる。トーリは視線で続きを促した。
「幾人かはさ、目撃だけじゃなくて遭遇もしたんだよ。それでその家に入り込んでいた犯人というのが…、」
「…いうのが…?」
「“落し子”じゃないかって」
「――えっ!」
ここ最近一番の驚きに、トーリは薄灰色の目を大きく開いた。




