出会って三日、でも一生忘れない「特別」な子
これは、ある夏の終わりに起きたお話です。
「特別」な子との、たった三日間。
主人公は最初、あまり好意的には思えない相手でしたし、嫌な気持ちになることもありました。
でも、最後に渡された“ひとつの手紙”が、その子の想いも、主人公の心も、
そして読んでくださる誰かの気持ちも、少しだけ変えてくれるかもしれません。
誰かの記憶に、そっと残るような物語になれたら嬉しいです。
日曜日の朝、ミナミはむすっとした顔でリビングの窓際に立っていた。
「せっかくの休みなのにさ……」
言っても無駄だと分かっていても、つい口からこぼれる。母が友達の子を数日間預かることになったらしい。よく知らない子と三日間、一緒に遊ばなければならない。しかもその子は“ちょっと特別”らしい。
特別ってなんだよ、とミナミは思う。
玄関のチャイムが鳴く。ドアが開き、母の声とともに、スリッパの音が近づいてくる。現れたのは、自分と同じくらいの背丈の女の子だった。
黒い髪が肩の上で止まり、まっすぐ立っているようで少し傾いている。目が合わない。顔も動かない。ただ、肩が小さく上下している。
「ノアちゃん、こんにちは。こっちはミナミちゃんよ」
その声に反応して、彼女はわずかにうなずいた。
──ああ、これが“特別”ってことか。
ミナミは、冷めた目で彼女を見た。
1日目は、ほとんど喋らなかった。ノアは公園でもブランコに乗らず、ただミナミのあとを、数歩うしろからついてくる。何を見ても表情は変わらない。
2日目、ようやく少しだけ口を開いた。
「……にゃー」
ミナミが落書き帳に描いた猫を見て、そう言った。へたくそな絵なのに、なぜかノアはじっと見つめて、小さくつぶやいた。
それがなんだか可笑しくて、ミナミは笑った。
「それ、猫だって分かるんだ?」
ノアはうなずかない。でも、目だけがほんの少し、やわらかくなったように見えた。
三日目の朝。ミナミはまた、むすっとしていた。
楽しみにしていた遠出の話は、ノアがいるから中止になった。友達とも遊べなかった。誰かのために、何かを我慢する日々。
自分だけがいつも「いい子」でいなきゃいけない。
うんざりだった。
昼下がり、公園の帰り道。
ノアが急に転んだ。ペットボトルが手から滑り、ころころと転がる。
「……ったく、もう」
ミナミは拾いに戻って、乱暴に手渡した。
「ほら」
ノアが手を伸ばす。が、受け取りきれず、またボトルが地面に落ちた。
その瞬間、何かがぷつんと切れた。
「ふざけんなよ……!」
ミナミは大声を出した。
「なんであんたばっかり、みんな優しくすんの? なんであたしばっか我慢しなきゃいけないの!? あんたのことなんか、大っ嫌いだよ!」
ノアはその場に立ち尽くし、口を開いた。
「……き、らい……」
声は震えていた。でも、顔は無表情のまま。
「きら……い……」
小さな肩が揺れた。涙が一筋、頬を伝う。
そのままノアは母親に手を引かれ、車に乗って帰っていった。後部座席の窓ガラスの向こうで、ノアはただじっと前を見ていた。目を合わせなかった。
夕方。
ミナミが部屋にこもっていると、母がノックをして入ってきた。
「これ、ノアちゃんのママから。昨日の夜ね、一生懸命書いてたんだって」
手渡された小さな便箋。紙の端がしわしわで、クレヨンの色がにじんでいる。
開いてみると、丸くて、ゆがんだ字でこう書かれていた。
みなみ ちゃん
いっしょに あそんで くれて
ありがとう
だいすき
ミナミの視界がにじむ。クシャッと紙を握った手が、震えている。
気づけば、玄関に走っていた。外に出る。道路の先を見つめる。
──でも、もう車の影はなかった。
静かな夕暮れの中で、ミナミはつぶやいた。
「……バカ。先に帰んなよ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ミナミの苛立ちは、もしかしたらどこかで誰もが感じたことがある感情かもしれません。
でもノアの“ありがとう”は、そのまま言葉にならなかった想いすべてを包んでいたのだと思います。
短い物語でしたが、どこか胸の奥に残るような、そんなお話になっていたら嬉しいです。
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