{第8話} 凌三高校と君の姉
血戦規則
其の二 、血戦の審判は生徒会が主導で行い、公平な審判を下すこと。血戦中、本校則を破るか、相手が生命の危機に晒される恐れがあると審判が判断した場合、違反者の属する部を三か月の部活動停止とする。二度違反した場合、違反者の精査の後、その者へ一年間隔離室への更迭を課す
ガラガラガラ
(ああ、神様、来世はどうか、どうか普通の暮らしをください)
俺と目が合い、早歩きですり寄る大原女。
「逃げなかったのね、いい心構えだわ」
「ああ、逃げても逃げきれないからな」
この世は弱肉強食。俺にとっての天敵は、彼女なのだ。
「あんた、てかなんで昨日急に気絶したのよ。私割とびっくりしたんだからね!」
「びっくりしたらスマホに侵入するのか」
「私、昔少しそういったネットでの活動をしていた時があったから、あんたの情報を財布とかから入手して百通りぐらい試したら解除できたわ。歩、あんたパスワードが1225なんてロマンチックなところあるじゃない」
さらっとヤバいこと言った気がするが、まあスルーしよう。うん。俺は何も聞いていない。
「連絡先以外になんか変なことしなかったよな?」
「したとして痕跡なんて残すわけないじゃない」
得意げな大原女。
「お前、そこまでして俺が欲しいのか。俺は普通だぞ。その学校を壊すだっけ?本気なのか」
「いいえ、昨日の穂乃花ちゃんの一件や今日の機転の利いたフォロー、推薦のこともそうだし、昨日スマホを見せてもらったけど」
「俺は見せてないけどな」
「あんたってかなり凄い奴なのよ。正直見直したわ。性格は終わってるけど。それに私の境遇も大体察しがついたでしょ?私は本気よ」
心から見直したようにまっすぐアメジストのような目で見つめる大原女。やはり逃げ場はないようだ。そんなことより、
「おい、なにを見たんだお前はっ!」
俺はネットでそこそこ多岐にわたって活動しているので、心当たりがかなりあるのだが。ロックされたフォルダを解除されていないことを祈るばかりだ。
「まあ、ここには人がいるから学校探検の時にでも話すわ。あんたこの学校の仕組みを全く知らないようだからそこも含めてね」
「私は、気にしない」
唐突に作業をやめこちらを向く海淵。少し怖い。
「一応、こいつにもプライベートがあるわ。あんたって、こいつとどういう関係なの?」
「私たちは、本仲間」
「本?ああ歩ってラノベ?ってやつでそこそこ人気な作品書いてたけど読むほうも好きなのね。でもそれくらいの関係じゃ話しちゃまずいんじゃない?」
(俺に振るな大原女よ。というか今一つ暴露したぞ。海淵が知ってるやつで良かったが。しかも、なぜか海淵が大原女に張り合いだして、変な方向に向かっている気がしてならん。どうしたというのだ一体。
「あー、俺も自分のことはあんまり人に知られたくは、無いかな」
正直に言おう。
「黒木君。君はそういう人だったんだね」
なぜか失望の目線を海淵が向けてくる。
「どこから何が漏れるか分からんからな。普通を生きるためだ」
「じゃあ」
「なんだ」
躊躇いがちに海淵が口を開く。
「私とも、連絡先交換して」
「まあいいぞ、お前はこのピンk、大原女と違って俺の意思を尊重するしな」
「私も尊重するときはするけどね」
そんな大原女の戯言はお構いなしにQRコードを見せてくる海淵。
「ほらよ、アイコンも本なのか。良いな」
「うん、黒木君も猫なのいいね」
本好きどうし静かに通じ合う俺と海淵。
そのやり取りを退屈そうに見ていた大原女が、終わったと見るや否や
「じゃあ歩、行くわよ!あんたにこの学校の真髄を見せてあげるわ!」
と手を繋いで俺を連行しようとする。
(こいつ、距離感が近いというか自分の容姿が目を引いている自覚がないんだよな。今日日桜色の髪にツインテールなんていないだろ。この距離感については少し苦言を呈したほうがいいかもしれない)
「お前な、俺ら付き合ってもないんだからべたべたするのはやめろよ」
そう言った俺の顔を不思議そうに見ながらその視線をガッツリ握った手に向ける大原女。再び俺の顔を見て、窒息死寸前の人のように赤面する。
「あ、あんただって私をそうやってからかうじゃない!あんたにからかわれると私、なんだかおかしいっていうか、変な感じになっちゃうの!」
手を即座に放しつつ、必死の抗議をしてくる。
「分かった分かった。いったん落ち着けな?とりあえずそのことは良いんだけど、凌三を壊すなんてできるのか?いったいどうやってそんな事するつもりなんだよ」
至極まっとうな疑問を俺は投げかける。
俺とは少し距離をとりつつ前を歩いていた大原女がこちらに振り向き、
「そうね、まずこの学校がなんて呼ばれているかは知ってる?」
「いいや」
「でしょうね」
当たり前のように受け流す大原女。
「ここ、凌三高校は通称“鬼才が集う合戦場”と言われているの。そういわれるようになった所以は、この学校の唯一のシステムにあるわ」
「鬼才か、そんなに凄いところが近所にあったとはな」
「あんたが特殊なだけでここに入る人たちはそれ目当てで入るのよ」
「じゃあ、そのシステムってのは一体何なんだよ」
「それは、部活同士でのありとあらゆるいさかいを解決する為に作られた、“血戦”というものよ」
「…血戦、ずいぶん物騒な名前だな」
「実際、この学校はいつでも誰でもどんな部活を作ってもよいし、それで部が増えすぎるから部を削る会議があるぐらいには部活動を中心として運営されているのよ。変な部活がたくさんあって、それらが毎日しのぎを削りあってたの」
「あってたって、今は違うのか」
「違うわ。正確には私の姉が入学した去年から、血戦は暗黙の了解としてどの部活もしなくなったわ。姉は、全てを持っているから」
姉のことを話す大原女の表情は、曇り模様の中に一点の光が射しているような、コンプレックスや劣等感を持ちつつ、まだ憧れを捨てきれない、そんな顔をしていた。
「つまりその血戦?ていうのをやって姉はトップに立っているのか」
「ええ、大まかにいえばそうね。姉は荒れに荒れて混沌を極めていたこの学校に入学してから三か月足らずで全戦無敗ですぐにこの学校の頂点。頭取の座を握って、全ての面において改革を始めたわ。
最初は姉に挑む人たちもいたんだけど、全員返り討ちにあった。それで過激な人たちもすっかりなりをひそめちゃって、姉の巧みな人材手腕で、広告や学業、資金調達や電子化など様々な分野で注目を集める高校となったわ。前までは血戦目当てで入ってくる人たちが多かったけど、今年からは姉に憧れてくる人もかなりの割合を占めていると思うわ。そういった意味でも、やっぱり姉は凄いと思うわ。」
ひとしきり語り終えた大原女。時刻は十時を回っている。みんなは各々気になる部活に見学に行ってるのだろうか。
「この話を聞く限りじゃ、この学校を壊すとかしないほう良いんじゃないか?少なくとも俺は以前の凌三には行きたくないな」
話を聞いた所感を正直に話す俺。
「まあ、表面上はそうでしょうね。誰だって一人ですべてを変えた姉の偉業を美談として受け取ると思うわ」
含みのある言い方をする大原女。
「つまり、実際はそんな上手くいってないってことなのか」
「ええ、もちろん彼女の信奉者もたくさんいて依然権力は盤石だけど、問題があるのよ」
歩くのをやめこちらに振り向く大原女。俺らは玄関を出て、左の、噴水と草原の広がる憩いの場のような場所に来ていた。噴水のそばによると彼女は続きを話し始めた。
「その問題てのは、”やりすぎた“ことにあると思ってるの。彼女は強すぎたのよ。
強すぎるがゆえに、彼女の熱烈な信者たちは、一般の部活間で行われる血戦にすら介入を始めて、少しでも不審な動きをすれば指導するようになっていったの。姉がこの事実を知っているかは知らないわ。だけどね、昔は確かに荒れてはいたけど、血戦という定められた秩序の元、ルールの範囲内でやりたいように活動出来ていたわ。でも今はそれが出来ない。そうするとどうなると思う?」
「個人同士で秘密裏に問題解決が図られ、その結果禍根を残す形での解決が増えていくってことか」
俺の推察を述べる。
「やっぱりあんた、私のしもべに最適だわ。そうなの。明るみに出ないだけで、そういった問題が増えているの。云わばこの学校はディストピアよ。一見天国に見えるけど、内情は全然違う。
その間違った学校の形を正したいし、ここからは私情だけど、正すことで私が姉を超えれる人間であることを証明したいの。私は姉に、勝ったことが無いから。
でも、私ひとりじゃまた姉に負けるかもしれない。だから、あんたを私のしもべとして一緒に姉を、この学校を壊して、今の凌三でも以前の凌三でもない、新しい秩序を作っていって欲しいの」
そう語る彼女の目は、怯えをはらんでいるようだった。姉に一度も勝ったことが無い。それは人生において大きなコンプレックスとして彼女の中に内在しているのだろう。それでもこいつは諦めきれず、こんな壮大な計画を立てて奮起しようとしているのだ。
(眩しいな。眼が眩むほどに)
しかしその眩しさは太陽を受けて輝く月のような、太陽が無かったら目に入ることすらない、そんな不安定な輝きだった。
ついったしてる@suiren0402desu
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