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{第7話} ライブラリホラー 

血戦規則


其の一、血戦とは部活同士の紛争解決手段として本校に設置された絶対の規範である。すべての部活動が対象であり、双方合意の上でルール、日取りを決め、血戦三日前迄に生徒会に「血戦申込書」を提出す




 純文学は魂の源泉だ。特に、明治から戦後にかけての純文学ほど、自然と人の営みを巧みに調和させた作品はそうないだろう。彼ら文豪と言われる傑物たちは、文字だけで芸術を作り上げていたのだ。特に太宰治は、彼自身の作風の変化が現実での転機と密接にリンクしている。


彼の幾たびの自殺未遂や、病棟での経験というのも、全て彼の小説の糧となっているのだ。そういった意味では、彼は文字通り命すら小説に捧げる、生粋の物書きと言えるのではないか。




 俺は図書室で帰宅ルートを練る前に、次に読む本を検討していた。本棟三階に位置しており


、三年生のクラスが連なる二階から階段を上がり右に曲がると図書館に着く。異常な蔵書数を誇る図書エリアと、二十四時間開放の自習エリアに分けられている。


(やっぱり太宰の女生徒か、いや宮沢の銀河鉄道の夜も今後俺に降りかかるであろう厄介ごとへの慰めものとしてありかもしれないな)


本は心の栄養だ。脳へ送り込まれる情報を限りなく制限することが、情報過多の現代社会では重要になってくるのでは無いのだろうか。


(余計なことを考えないで、早く選ぶか)


二者択一の場合、直観に委ね目をつぶって選ぶのが俺流だ。


銀河鉄道の夜に手をかけようとした瞬間。


「ここは、川端の古都にするべき。古都は、総合芸術」


ある女が話しかけてきた。


「最近の俺には不幸ばかり降り積もるから、銀河鉄道に乗ってカムパネルラと一緒にどこまでも旅に出るんだ」


「それなら、よだかの星でいい」


「よだかは擦り切れるほど見たからもういいんだよ」


「そう、なら止めないね。次は或る少女の死までを読んでみて。主人公の苦悩を忘れてくれる女生徒の交流が、東京の街並みと組み合わさって良く書かれているから」


「次な。なかなかいい筋書きじゃないか。俺好みだ」


「やっぱり」


そういって満足げな微笑を浮かべたこの女は、海淵紫苑という名前の図書委員会だ。


入学してすぐに委員会に入り、活動する所謂文学少女というやつだ。


深海のような濃い青の髪を再度テールでまとめ、目までかかっている前髪から覗くスカイブルーの目には、知性が宿っている。俺と文学トークができる唯一の人間だ。


身長は百五十五とそこまで高くないが、凹凸のバランスが取れている。


なぜか俺が昼休み図書室にいると毎回必ず蔵書整理をしており、話しかけ来るので、恐らく図書委員は深刻な人手不足に悩まされているのであろう。いくら本好きとはいえ、不憫な奴だ。


「黒木君、今日はずっと図書室いるの」


「ああ、どうせ入らない部活に、行かない所見たって意味ないからな。いるよ」


「私も、ずっといるから」


「やっぱ仕事が大変なのか。なんでわざわざ大変なことをするんだ?俺にはその気持ちが分からん」


「本、好きだし、家にいても本読むだけだから」


伏し目がちに答える海淵。


「凄いな。俺みたく書いてみたらどうだ?」


「そのうちね」


そう言うと彼女は、本の整理に戻った。俺も銀河鉄道を片手に、席に着こうとする。




 ピロピロ、ピロピロ、ピロピロ


物音ひとつしない、彼女と俺しかいない部屋にそぐわない着信音が俺のスマホから鳴り響く。


(おかしいな、俺のスマホは通知を切っているんだが)


画面に目を向け、発信先を見ると、


“絶対出なさい”


との文字が。


心当たりが一つしかない俺が、出たほうと出ないほう、どちらの選択肢が良いのか思案していると


「どうしたの。誰からなの。冷や汗凄いけど」


俺のあまりの動揺ぶりを心配してくれる海淵。


「まあ、ちょっとな。借金の取り立てみたいなものだ。出るか出ないかどうしようかとな」


「それは、大丈夫なの?」


「まあ、出なかったら明日どのみち死ぬんだから出るかな。よし、出るぞ。俺は出るぞ」


二者択一で迷ったら直観に委ねる…!


意を決して着信ボタンを押す俺。


「この番号は、現在使われていないか、電波の届かないt」


「ちょっと歩!あんた私が気絶している間どうやって保健室に運んだのよ!てかあんた今どこいるの?あんた昨日気絶しちゃったんだから話詰めれなかったじゃない!今から詰めるわよ!」


機関銃の弾幕のように怒涛の勢いで話す大原女。キンキンうるさすぎてスマホと五メートル距離取っても聞こえるぞ。どんな声量してるんだこいつ。


「俺がおぶって運んだんだよ。あとお前はもっと飯食え。軽すぎて引いたぞ」


「あんたがおんぶbbbbbbb」


また気絶しそうになる大原女。


「したのは、まあ許すわ。私、ああいった浮ついた話題に慣れてないの」


(慣れてなさすぎだろ。除菌室にでもいたのか)


「でもあんたって思ったことをそのまま言うっていうかデリカシーは無いの?女の子に体重の話はNGよ」


「まあ、お前に離れてもらうために言ってるから他の奴には言わんよ。


「そんなに嫌い?私のこと」


急に声が不安げになる


「ああ、金輪際関わらないでほしいと切に願っている」


「あんた、次それ言ったら自転車壊すから」


「すみませんでした」


今度は閻魔様のような怒気のある声。こいつは表情だけでなく声も百面相なのか。


「とにかく、全部許してあげるから現在地教えなさい」


なぜか許される側になる俺


「その前に俺のスマホのロックをどうやって解除したのか教えろ」


「実際に会ったら教えるわ」


万事休すか。やはりこいつには逆らえないことを実感しつつ、図書室にいることを大原女に教え、通話は終わった。


アリの大群を象が踏みつけるような圧倒的で抗いがたい、力による蹂躙を味わった気分だった。放心状態の俺に、意に介さないで業務をしていた海淵が口を開く。


「凄かったね。彼女さん?」


「なんで俺とあいつはカップリングされる定めなんだよ。昨日初めて話したぞ」


「それにしては。凄いかみ合ってた」


「かみ合う?俺が一方的に殴られただけだろ」


「そう、かもね」


そこで会話は途切れる。死刑執行を待つ死刑囚は、一周回って天命を悟って冷静になるのだなと新発見をしつつ、俺は処刑人が来るのを黙って待っていた。



ついったしてる@suiren0402desu

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