{第4話} 転換点①
凌三高校校則
其の四、年に二度の部活動審査会で不適とされた部は、強制解散とし、その部に属するものは一年間それに準ずる部の作成を禁ず
「おい、何考えてんだ大原女」
気味が悪いほど落ち着いた表情の大原女が、こちらに向き直った。
「あんた、部活は入ってる?」
「まあこれが部活みたいなもんだな、というか急にどうしたんだ改まって」
俺はそばに置いてある自転車を指しながら言う。
「そう、つまり凌三高校においてあんたは帰宅部という訳ね」
「さっきから思ってたんだが、凌三ってなにかそこまで誇れるような高校なのか?親戚に勝手に推薦の面接を組まされて適当に喋ったり文書いたりしたら受かったんだが」
「あんた、それほんとに言ってんの?」
「ん?ああ」
心底あきれたような驚いたようなこの世で一番のアホを見る目で、大原女はこちらを見てきた。
「凌三はね…」
大原女が後の言葉を紡ごうとしたとき、生花店のドアが花によって開かれた。
「お待たせ!はい薔薇。大事にしてあげてね。花も呼吸するし痛みを感じる、ただの生き物なんだ。だから、粗末にしちゃだめだよ?」
大原女は、なんと言うつもりだったのだろう。まあどうでもいいか。
「花は、家族で育てる。お父さんだと思って大事にする」
「うんうん、穂乃花ちゃんはいい子だね~じゃあ、この人らにお礼いおっか」
穂乃花ちゃんの両脇を抱えて俺らのほうに向けさせる花。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう。ケンカしないで、仲良くしてね」
「ああ、穂乃花ちゃんも家族とうまくやれよ、人生ってのは時が過ぎてから大切だったものに気付くものだからな」
「子供に何言ってんのよっ、穂乃花ちゃん、お父さん喜んでくれるといいね!」
俺の横腹を肘鉄しながら花の対応を参考にしたのか初対面の時とは打って変わってお姉さぶった振る舞いを大原女はしていた。
「親が穂乃花ちゃんを家に送ってくって言ってるんだけど、咲ちゃんはどうする?一緒に車乗ってく?」
優しさの権化のような花の親は、やはりこういったアフターケアも完璧だ。
「乗せてってもらえよ。人の親切は素直に受け取っとくもんだぞ」
なにか嫌な予感がするので大原女に帰還を促す俺。少し考える大原女。
「ご好意には感謝するけど、私はこいつに用があるから遠慮させてもらうわ」
(やっぱりか)
視線を感じたほうに顔を向けると、花が不安そうに俺を見つめていた。その不安を自ら振り払うように話し始める。
「うん、分かったよ咲ちゃん。もうすぐ日が暮れるから、早めに歩ちゃんとの話は済ませて帰るんだよ。歩ちゃんをあまり引き留めないでね。」
今までの優しさを体に纏ったような花とは違う、俺が見たことない底知れない雰囲気を纏いながら話していた。俺以外は気付けない、そんな微細な変化だった。
「ええ、こいつ次第ですぐ終わるわ。お花、ありがとね」
勘の鋭いこいつも流石に気付かなかったようだ。
「歩ちゃん」
「な、なんだよ改まって。飯ならちゃんと食ってるぞ」
「それは今はいいの。そんなことより、最近学校は楽しい?」
(こいつが飯をどうでもいいと言う程、俺の学校での暮らしぶりが心配なのか?)
「ああ、いつも通り、俺の望んだ平穏を享受出来てるぞ」
「そう、それならいいの。歩ちゃんがそう言うなら間違いないよね。たまにはご飯食べに来てね」
「ああ、そのうちな」
大原女は頭にはてなを浮かばせながら、この会話を聞いていたがすぐにどうでも良くなったのか、また神妙モードに戻ってしまった。彼女がこの会話の真の意味を知るときは恐らく永遠に来ないだろう。
「じゃあ、歩ちゃん、咲ちゃん、またね!穂乃花ちゃん、いこっか」
そういうと花は、俺らに手を振りながら穂乃花ちゃんと手を繋いで、駐車場へ歩き出していった。
風が夜の訪れを囁くように告げていた。
「…あんたんちって、ここから近いんでしょ?取り敢えずそっち行きましょ」
先に歩き出す咲。と続く俺。
「お前、出会った頃と違って静かすぎないか。何考えてるか分かんなくて怖いんだが」
「家に着いたら、全て話すわ。それに、他人の真意なんて家族でも分からないものよ」
「言っとくけど家には何があっても入れないからな」
「なんでよ」
「守秘義務だ。黙秘権を主張する」
「まあいいわ。じゃああそこの公園で話しちゃいましょ」
(ほんとに何なんだ)
疑念を抱きつつ藤野生花店の裏にある日の出公園のベンチに先に座る俺と、なぜか隣に座る咲。
「あんた、ほんとにこの高校について何も知らないの」
「知らないって言ってるだろ。ただの普通高校じゃないのか」
「大原女って苗字に聞き覚えはないの」
「知らん。中世日本の商人だろ。珍しい苗字だとは思うが。というか早く帰りたいから結論から述べてくれ」
正直に答える俺と急に立ち上がる咲。
羽虫の声のみが怪しげに響く。俺の体が家を求め訴え始めている。もう、時間がない。
「そうね。私も覚悟を決めたわ」
強い意志が籠った眼差しが俺を貫いた。
「あんた、いいえ。黒木歩。私と一緒に…」
胸に手を当て大きく息を吸う大原女。鼓動がはっきりと強くなっていくのを、すこしずつ薄れる意識でもはっきりと感じることができる。
俺に指をさし
「私のしもべになって、一緒に凌三高校をぶっ壊すわよ!」
斜め上、全く想定外の発言に、どこからツッコむか思案する時もないまま、俺の意識はまどろみの中へ落ちていった…
「……… … ………」
「………… …」
誰かが、何かを、話している。これは夢だろうか。一人はテレビを見て笑い、親だろうか、二人は誰かに電話をかけている。ぼやけた輪郭線が世界を覆い、決して全容が見えることのない、不思議な光景だ。
しかし俺は、なぜかこのありふれた光景が、どうしても手放したくない、忘れたくない、最も大切なもののように感じられた。この夢も、一夜の幻想なのだろうか。
…ふと、俺は目を覚ました。スマホを見ると、時刻は七時を回っていた。2時間以上気絶してしまっていたようだ。俺の腹部にコーギーと桜の木が一体となった毛布が、かかっていた。
大原女は、姿を消していた。
ついったしてる@suiren0402desu
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