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隣の席の目堂さんは髪の毛に蛇を飼っている ―そして僕はトマトジュースを飲む日傘男子―  作者: ひゐ
第四話 廃墟探索って趣味は興味深いけどデートってどうなの?
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第四話(06) 怪異はみんな悩んでる


 * * *



 本棚の向こうの部屋は、ここもぼろぼろで植物に侵略されているものの、どうも無機質に見えた。


「なんか、倉庫みたい」

「俺知ってるぞぉ! セーフルームって奴だ! もしもの時に、引きこもるところ!」


 井伊が辺りを懐中電灯で照らしながら声を上げる――誰も、いない。


「缶詰……肉の缶詰、多くない? 気のせいかしら……」


 目堂さんは、ぼろぼろの棚に入ったままの缶詰を眺めていた。確かに肉の缶詰が多いように見える。


「もしかして……狼男の、避難所だったのかなぁ」


 だから肉の缶詰が多いのか、と僕は気付く。

 それ以外、特に変わったものが見つからない、小さな部屋だった。床がぎしぎしいっている。腐って穴の開いた部分もあって、気をつけながら進む。


 そして僕は、机の上に、ノートが置かれているのに気付いた。

 まるで読んでほしい、と主張しているように見えたから、そっと手に取る。栞が挟まれていた。

 開いて、僕は息を呑む。


『もし、狼男の噂を聞いてここに来たのなら、誰がこれを読んでいるかはわからないが、私はもうここにはいないだろう。私はきっと、この街を出ている。人の前で狼になってしまった。もうこの街にはいられない。たった一つの不注意で、私は居場所を失うことになった。』


 指先が冷えるような感覚があった。

 紙は虫ぼろぼろだった。でも綺麗な字は、幸い、まだ読める状態だった。


『まさか、月見だんごを見て変身してしまうなんて、思っていなかった。人の姿をした、人でないものがいると、街では噂になってしまった。このままにしておけば、どうなるかわからない。』


 間違いない、狼男の手記だ。

 つまり狼男は、確かにこの館にいたのだ。ところが。


『だから私は街を出る。街を出て、もう一度、仲間を探してみようと思う。』


 ……僕はまだ、目堂さんを呼べなかった。ページをめくる。


『大昔に一度、諦めてしまった。どんなに探しても、狼男や狼女はいないし、それ以外の魔女や吸血鬼といった者、妖怪や怪異といった者も見つけられなかった。だがいい機会だから、もう一度、仲間探しの旅に出るとしよう。』

『この世界で、私のような者が一人だけというのは、やはり信じたくない。信じてしまえば、私も消えてなくなりそうで、怖いのだ。』


 目堂さんの後ろ姿が、脳裏にちらつく。


『そして居場所が欲しい。私が何も隠さずにいられる場所が。世界は広いというのに、私が私でいられる場所は、ないというのだろうか。世界に対してちっぽけな、この家の中だけしか、ないのだろうか。』

『友人はいるものの、私の正体を告げたのなら、拒絶されてしまうだろう。それの、なんと寂しいことか。仮面をつけて生きていくことの、なんと苦しいことか。』


 ――どきりと、した。

 どうしてだか、わからない。


『だから私は行く。仲間を求めて、居場所を探して。』

『私が私であるために。』


 ただわかることは、この狼男はきっと――自分らしく生きられなかった、ということだ。きっと、そういうことなのだと思う。


 ――仮面をつけて、生きていく。

 怪物という正体を、隠して。

 全てまとめて「自分」であるのに。


 ……そう考えると、僕は意外に幸せなのかもしれない、と気付かされる。

 だって、僕には目堂さんがいる。

 目堂さんが一緒の時は……僕はいろいろ考えなくていい。怪物であることを隠さなきゃとか、普通でいなきゃとか、あんまり考えなくていい。


 僕は。

 ――目堂さんと一緒にいる時、僕は「僕」でいられたんだ。


 手記を見下ろせば、まだ続いていた。ページをめくる。短い一文だけ刻まれていて、そこから先はなかった。


『狩人に気付かれたかもしれない。一刻も早くここを出た方がいい。準備はもう、最低限で諦めるしかない。』


 『狩人(かりゅうど)』?

 なんだかすごく、嫌な文字だった。


 ――ヴァンパイアハンターに退治される吸血鬼の姿を思い出す。

 映画だった。画面の中だけだった。過去の中だけだった。

 でも、もし。

 もし現代にまだそんなものがいたら?

 実際、僕達怪物の末裔は残っていて……。


「キューくん、それ、なぁに?」


 目堂さんの声が、僕を現実に戻してくれる。いい報せと……不吉な報せ。一瞬僕はどう言おうか迷って、振り返る。


「手記、見つけたよ……狼男は、本当にいたみたい……」


 小さな声で、目堂さんにそれを見せる。目堂さんは目を丸くしていた。


「でも……出て行っちゃったみたいで」

「――それでも、この手記があれば、何か手掛かりが手に入るかもしれないわね。その狼男のことだけじゃなくて、ほかの仲間についても……!」


 井伊が向こうにいるにもかかわらず、目堂さんの髪の毛からは、にょろにょろ蛇が出てきていた。僕は手記を目堂さんに差し出す。


「井伊にばれないようにね……狼男が本当にいるっていうのは、あんまり知られたくないから」


 受け取って、目堂さんは手記を開く。

 ところがその時、ページの隙間から、何かにゅるにゅるした銀色の小さな虫が出て。


「ぎゃおっ! 虫!」


 目堂さんの悲鳴が響く。多分、紙魚(しみ)。目堂さんは、本当にびっくりしたのだろう、手記を投げ出してしまった。


 そして手記は――床に空いた穴の中へ。

 落ちた音は聞こえなかった。まるでどこまでも続く暗闇に落ちていくように、消えていった。


「あっ……!」


 慌てて目堂さんが穴を覗き込むものの、真っ暗で何も見えなかった。懐中電灯で照らしても、よく見えない。


「なんだぁ? 何か落としたのぉ?」


 騒ぎに気付いた井伊がやって来る。


「あ~……なんか、すごいやばそう……無理じゃないかぁ?」


 井伊の言う通り、ここから下に降りるのも、手を伸ばすのもためらわれた。ちょっと怖いくらいに、何も見えない。

 でも、間違いなく狼男の手記だったのだ。ここに来た人へのメッセージしかなかったけれども、何か手掛かりがあったかもしれないのに。

 目堂さんが探していたものを、やっと見つけられたかもしれないのに。


「――まあ、お財布とかじゃないし?」


 でも、目堂さんは。


「ちょっとかわいいお人形を落としちゃっただけ!」


 そう笑って、懐中電灯をぎゅっと握りしめていた。

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