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隣の席の目堂さんは髪の毛に蛇を飼っている ―そして僕はトマトジュースを飲む日傘男子―  作者: ひゐ
第三話 この状況を楽しむわけにはいかないけど、僕だって子供で男だ
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第三話(05) 突撃!魔法使いの楽屋


 * * *



「行くわよ、キューくん!」

「えっ、目堂さ、えっ?」


 ショーが終わって、ステージは拍手に包まれる。そんな中、目堂さんに腕を引っ張られた。


「井伊はどうするの?」

「置いといても平気なんじゃない?」

「……そうかも」


 井伊はステージを見たまま、拍手し続けている。ステージにチャールズ府川の姿をもうないけれども、まだシャボン玉が吹き溢れていた。

 僕達は座席を抜け出した。そして歓声から離れて、


「って、ここ、入っちゃダメ……」

「ばれないように進むのよ……!」


 目堂さんが押し開けたのは『関係者以外立ち入り禁止』の扉だった……なのに、僕達は入ってしまった。確かにチャールズ府川がいるとすれば、バックヤードだろうけど。


「どこにいるのかしら……」

「目堂さん、あんまり急ぐと……?」


 そう僕が声をかけると同時に、目堂さんは曲がり角に出て。


「きゃあっ!」

「ああ、すみませ……って、子供? だめだよ君達、こんなところに入ってきちゃ……」


 どうやらここのスタッフらしい、若い男の人にぶつかった。そして僕達は、ばれてしまった。

 が、目堂さんはぱっと彼を見上げる――目堂さんは美少女だからだろう、男の人は、どきっとしたように一歩引いた。


「あ、あ、あたし達っ! チャールズ府川さんに会いたくて……!」

「――そ、そう、サインが欲しくて……」


 僕も目堂さんに合わせる。もしかすると案内してもらえないか。そんな期待も込めて。


「うーん……でも、ここは入ってきちゃいけない場所なんだって。いくらファンといっても……」


 けれども男の人は渋い顔をしたままで、


「ほら、偉い人に見つかる前に、早く出なさい。下手すると、学校やおうちに連絡されちゃうよ」

「うぅぅ……チャールズ府川さんに、会いたいだけなのに……」

「――おや、呼んだかね?」


 と、足音が響いて来る。廊下の向こうに、怪しい姿がある。

 チャールズ府川が、人のよさそうな笑みを浮かべて、こちらにやってきていた。


「府川さん! あ、いやすいみません、この子達は規則を守らない子で……」

「チャールズ府川さんだぁぁぁ!」


 男の人の慌てた声を、目堂さんの歓声がかき消す。


「今日のショー……とってもすごくて、一度お会いしたかったんです! あのっ、あのっ、本物の、魔法使いなんですか?」

「そうだよ」


 府川さんは両手を広げて見せる。

 本当に、本物の、魔法使い――。府川さんは男の人の肩を叩いて、


「気にしなくていい……君達、よかったら、休憩室で話そうか? 私もファンがいるのは嬉しいからね」

「本当ですか! よかったぁ……」


 僕は溜息を吐く。下手すると、家に連絡されていた……。


「お茶とお菓子をどうぞ……ここのスタッフから貰ったものだけどね?」


 府川さんは、一室に案内してくれた。「会議室」と書いてあったけれども、いまは楽屋らしい。色々ものが置いてある。他には誰もいない。

 ぱたん、とドアが閉まって、目堂さんが声を上げる。


「本当に……本物の魔法使いなんですね!」

「おお、そうだとも」


 府川さんが手を振れば、手のひらの上に、キャンディ二つが現れた……ショーで見た手品のあれこれや、その他、瞬間移動や空中浮遊、あの全部が魔法だったんだと思うと、すごくどきどきする……。


 だって、すごすぎた。反則なくらい。

 そして――魔法使いであることを一切隠さず、魔法が使えるなんて。


 でもそう考えると気になることがある……魔法をどうやって使えるようになったのか、とか、これまでに……魔法で大変なことにならなかったのか、とか。それから……本物だとばれたことはあったのか、とか。


「今まで、どうしていたんですか?」

「ん~? 今まで……ああ、修行、かなぁ」

「しゅ、修行?」

「そう、魔法のね……山奥に閉じこもって……」

「わぁ……わぁ……!」


 目堂さんは本当に子供になったみたいに目を輝かせている……魔法の修行なんて、本当にファンタジーだ。でも、現実だ。

 そして僕は気付いて、府川さんを見上げた。勢いに前髪がめくれたけれども、気にしなくていいのは、気分がよかった。


「ていうことは……魔法使いって、ホントは、他にも沢山いるんですか? 僕達、一度も会ったことなかったんです!」

「あ、ああ、いるとも……案外、この日本の、至る所に……」


 気付けば僕は、府川さんに迫っていた。

 ――案外、いる。至る所に。


「キューくん、聞いたっ?」

「い、いるんだね、僕や目堂さん、それに府川さん以外にも……!」


 振り返れば、目堂さんがぴょんぴょん跳ねていた。髪の毛からは蛇も踊るように出ている。

 本当に、本当にいた。必死に探し続けていた仲間が。


「――あー、あー、えっと、君達……?」


 あまりにも僕達がはしゃいでいたせいか、府川さんが苦笑いを浮かべる。僕達は「すみません」と謝って、改めて彼を見つめた。


「チャールズ府川さんっ! あたし達、ずっと探してたんです!」

「僕達みたいな……ただの人間じゃない人を……」


 ――嘘じゃないんだ。僕と目堂さん以外に、この世界に存在していたんだ。

 驚きよりも、どうしてか、嬉しさが強い――どうして僕は、こんなにも嬉しく思えるんだろう。

 ……多分、府川さんが「魔法使い」として、生きていたから。


「お、おお……」

「あっ……ごめんなさい、あたしメドゥーサで……急に蛇を出したら、びっくりしちゃいますよね……」


 目堂さんの蛇が「シャーッ!」と威嚇しながら府川さんを見ていた。目堂さんは慌てて蛇を掴む。


「あ、ああ、びっくりしたよ……」


 不意に、府川さんは、荷物を漁ったかと思えば、スマホを取り出した。


「おっと、すまんな、連絡をしなくてはいけない時間だ……ちょっと待っていておくれ」


 魔法使いでも、流石にスマホは使うみたいだ。普通の人間ではなく、魔法使い相手だったら、魔法で連絡を取るのかな?

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