バグ?
「ビイト、D系の魔法とF系の魔法は良好、続いて召喚術のテストをするわよ」
「ああカレン頼んだ。MPは最大値に固定したままだから全部試してみてくれ。俺はスキルのテストがまだ残ってるから」
自作VRゲームがある程度の完成をみたので、今日は幼馴染で同年の豊田 花蓮を呼び、二人でテストをしている。
VRの中のカレンは現実よりも少し背が高く、出る所もしっかり出ている。恐らく本人の理想が詰め込まれたキャラなのであろう。現実の彼女との差分は…まあ、語らずにおこう。
「それにしてもあんたのその装備…ファンタジー世界に合わなくない?」
全身黒尽くめの俺をカレンが卑下するような視線を飛ばしてくる…が気にしない。
まあでも確かに、ファンタジーには似合わないであろう恰好だ。俺の今の装備はまるでサバゲーでもしているかのような姿だものな。気にしないとは言ったが、カレンの視線が気になるのでヘッドギアのバイザーをしっかり降ろし、プロテクターの脇腹のポケットからナイフを取り出すと、照れ隠しのように視界に入った倒木に投擲した。うむ、投擲スキルは良好のようだ。
「なんかさ、光学迷彩でも使えそうな恰好よね」
鋭いな、図星である。
「なんだ、カレンもこっちの方が本当は良かったのか?」
「嫌よ。私はファンタジー世界を満喫したいんだから」
そんなカレンの恰好は、肩と左胸部だけを保護する皮製のアーマーに脛当てと言った如何にもな装備である。スラリとしたレイピアがよく似合っている。
2大RPGと呼ばれる二つのゲームを混同させたこの世界には、竜王と魔王が存在する。人界と魔界、そして神界を巻き込んだ壮大なファンタジー…に俺の作ったAI『ぷにこ』が生成してくれた。そしてその『ぷにこ』は現在、こちらもガイド妖精のテストを兼ねて妖精役をやってくれている。
『マスター、現在残っている項目はあと1231項目となっております』
「ああ、わかった。引き続きバグの検知と修正を頼むよ」
ぷにことの会話を聞いていたカレンの目が少し怖い。何かあったのだろうか?
「カレン?どうした?」
「……あんたねえ!まだそんなに懸念箇所があるのに私に付き合わせたワケ?!」
幼稚園の頃からの腐れ縁であるコイツは、俺に対しては遠慮がない。でもまぁ、貴重な休みの日にこうして趣味に付き合ってくれているのだ、心から感謝している…つもりだ。
――ビイトの部屋――
2台の自作VRの繋がれたPCもまた、ビイトの自作した物であった。ワンルームマンションには少し手狭な印象を受けるソレは、ビイトの欲望のままに高性能に作られた逸品ではあったが、その大きさ故に熱処理が追い付いていない。室内の温度はエアコンによって保たれてはいるのだが、既にPC内の温度は60度を超えようとしていた。
――VR内――
『マスター、PCの温度が限界域を超えそうです』
不意に手の平サイズのガイド妖精姿の『ぷにこ』が肩に乗り、耳元で囁く。やはり自作VR端末を2台も繋いだのは無理があったようだ。早急にテストを切り上げよう。
「カレン、そろそろ戻ろう。PCへの負荷がヤバいらしい」
「え、もう?来週にはセレナにもオンライン参加してもらうんでしょ?もうちょっと試しておいた方が良くない?」
日向井 瀬玲奈はカレンの高校時代からの親友であり、俺の職場の同僚でもある。チンチクリンなカレンとは違い高身長容姿端麗。唯一の欠点は甘味の事となると何も見えなくなるところ、か?
そしてカレンの言うように、来週にはセレナにも既製品のVR端末でテストしてもらう約束になっている。勿論、大量のスイーツで釣った上で了承を得たわけだが。。。
「いや、安全第一だ。メニューを開いてログアウトだ。ファイナルスレイヤーVRとやり方は一緒だから」
「そうね。仕方ないわね。じゃあ先に落ちるわよ」
「ああ、確認したら俺も落ちる。出来たらコーヒーでも作っておいてくれたら嬉しい」
「はいな。砂糖多めよね?」
笑顔で手を振るカレンの姿が一瞬で掻き消えると、俺は管理システムを立ち上げてログを確認する。
…まあ、自作品の出力が高すぎるんだな。カレンが落ちた途端に軽くなったようだ。既製品の端末なら普通に多人数でもいけそうだ。なら問題ないと言うことで、俺もログアウトしよ…うん?
目を皿にして隅々までメニューを眺める。
…しかしない。なにがって…。
テンプレぽいけど、ログアウトのアイコンがだよ!
荒野の真ん中で大空を見上げる。今俺は恐らく無表情だろう。必死に脳味噌を回転させているのだが何も閃かない。管理システムを呼び出そうとメニューを覗きこんでも、管理システムアイコンには×印が付いており起動する気配がまるでない。
――そうだ!こんな時こそ『ぷにこ』だ!『ぷにこ』の出番だ!
しかし、いくら周囲を見ても『ぷにこ』の姿はなかった。まさかカレンのログアウトと共に『ぷにこ』も落ちたのか!?
気が付けば目の端に黒いものが目に入り、そちらを見る。それまで青空が広がっていた大空に暗雲が垂れ込めている。雨雲?いや、そんなデータをそもそも俺は入れただろうか?
少しの不安を胸に感じながら、それでも頭脳を働かせる。そして周囲を確認すると、視界が朧げになっていくのを感じた。
不安を煽る光景に再び大空を見上げると、閃光が俺を包むようにして大地を貫いた。
ピシャー
ガラガラガラー
俺の世界に初めての雷鳴が轟いた。その瞬間、俺の頭に『ブツリ』と電子音のようなものが響いたように聞こえたが、あれはなんだったのだろうか。