レイド島探索2日目③
冒険者達の歓声がレイド島のサバンナに木霊すと、拠点から様子を見ていたドギやギルド職員達も声をあげていた。なんでも、イーシスのギルド組合で上位の竜種を倒したのは何十年ぶりの快挙らしい。今晩は本来の目的も忘れて宴会になりそうだ。
そんな皆の表情を眺めながら、俺は手の中にある黒い輝きを放つ結晶の手触りを愉しんでいた。こいつは強力な装備を作る際の材料になるし、超空間魔法を操る際の触媒にもなる。
――ひょっとしたら現実へ戻る鍵になるかもしれない…!
太陽に透かして見てみると、まるで黒曜石のような輝きを見せてくれた。そんな風にまじまじと黒魔石結晶を眺めていると、アーニャが不思議そうな顔で覗きこんできた。
「師匠、それは何なのニャ?」
「ああ、これは黒魔石結晶って言って、高度な魔法や魔術の触媒になる代物だ。グラットドラゴンからのドロップさ」
通常のグラットドラゴンからドロップする確率が1/255であるのに対して、黒い亜種からのドロップ率は1/20くらいだ。運Eの俺としては上々…いや、ラッキーに過ぎるかもしれない。
「なるほどニャー。つまりレアモノ?」
「ああ、レアモノだ。こいつは黒い魔石の周辺に発生し易いんだが、発生条件としてはその個体が通常よりも多くの魔力を蓄える必要があるんだ」
そう、たぶんこの個体は、7頭ものワイバーンの魔石を喰らった事で相当な魔力を得たのだろう。急激な魔力増強のせいか、少し脆い。手の平に黒く細かい粒子が幾つか付着してきていた。
「超空間魔法って、お師匠が使うアイテムボックスの事かニャ?」
「それもあるけれど、歪みを空間に作って別の場所へ跳んだりとかも出来るし、任意の相手を空間に閉じ込めたりなんて事もできる…はず」
尤も、俺は空間転移に触媒を使ってないけどね。使えば負担が減る程度の認識かな。
「そもそも空間を歪ませるって、どんな感じニャ?」
ふうむ…ちょうど良いサンプルが目の前にあるし、少し見せてやるか…
「じゃあ、この粒子状になってる物を使って実演しようか」
黒魔石結晶を左手に持ち替え、右手の粒子を天空に振りまくような仕草をしながら魔力を籠めると、粒子が羽を得たかのようにキラキラと輝き、俺の周囲を舞った。
「更にこいつに念を送ると――」
言い終わる前に俺の周りの空間が揺らぎ始めると、アーニャは感嘆の声を漏らしていた。
「まあ、こんな感じかな」
揺らぎを止めようと軽く右手を振る――…あれ?
「お師匠、なんだか空間のユラユラが強くなってるニャ」
――軽い干渉のはずだぞ?何がどうなってるんだ?
動揺しながら何度か同じような動作を繰り返すが、一向に空間の揺らぎが治まる様子はなく、それどころかその範囲が広がって行くような感覚を憶えた。眺めている野次馬の数も増えていく。
――まずい!まずいまずいまずいぞ!皆を巻き込むわけには…!!
騒動に気付いたアドリア―ナが咄嗟に聖剣ドラグーンを俺の足下へと放り投げ、フェニアが祈りを始める。すると一瞬揺らぎが止み、聖剣が青白い光を発して俺の周囲を照らしだしたのだった。
「光が…」
「天を貫いていく…?」
アドリア―ナもフェニアも、その青い光に魅入られるようにして天空を仰いでいる。当の俺はと言えば、得体の知れない力にグイグイと魔力…この場合はMPか。兎に角、魔力が引っ張られている感覚に、軽く身震いをしていた。
「天空より舞い降りし者…」
「異なる世界より来たりし勇者様…」
――え!?
頭上を見上げると、俺の真上に光に包まれた人影が二つ…え…あれ?
「ビイトーーーーーーーーーー!!!」
その二つの人影から、聞き覚えのある声がする。これは夢…か?てか、もう一人はグーグー寝てるような?いや、あれ、酔っぱ?
「マスター!お助けに参りましたー!」
――おう、よく見ればカレンの肩に妖精さん…ん?カレンだと!?それにあの妖精は…ぷにこか!!
そこにはキャラクター生成の際に作られた姿ではなく、素のまま…リアルなカレンと、それに負ぶさって寝ているセレナ、そして『ぷにこ』が居た。
「あ、あ、あれは…妖精王女プニコリエール様!」
――え
感動の再会であろうその場面に、違和感と不協和音をもたらした言葉に俺は横を向く。そこには涙をこぼして天を仰ぎ見るフェニアが居た。
――妖精王女プニコリエール…?ぷにこの事か!?ぷにこの事なのか!!?
カクカクと壊れたロボットのような動作で、俺はまたカレン達が舞い降りて来る姿を見る。嬉しさと戸惑い、そして言いようのない脱力感を味わいながら心の中で叫んでいた。
――俺はそんな設定、した憶えがねーーーーー!!!