レイド島探索2日目②
ヤーン隊とアドリア―ナ隊が先行して、グラットドラゴンに対して本隊とは反対側に移動する。そして本隊は歩調を合わせ、ゆっくりと進行した。
本隊、それは俺を中心として戦闘向きのBランカーを集めた集団である。グラットドラゴンとの戦闘に自信のないBランカーとCランカー、そしてドギ率いるギルド職員には草原に設置し直した汎用拠点で待機してもらっている。
今回のグラットドラゴン退治に関しては、実はギルドと冒険者とで意見が割れた。慎重に事に当たりたいギルド、ドラゴン討伐で名を上げたい冒険者達…。
しかし意外だと思えたのは、ヤーン率いる帝国パーティーまでもがそれに乗って来た事だ。名目上とは謂え休暇を使ってのクエストである彼等にとって、メリットがないと俺は思っていたからだ。
――やはり帝国の特務は何かを企んでいる。しかもそれを隠そうとする気もない。いったい何を仕掛けているんだ。
疑問と不安はある。しかしこちらとしては、早く例の仕掛けを晒してしまいたいと言う思惑がある。連中が何か罠を用意しているのなら、その罠ごと打ち砕く――つもりだ。
「何はともあれ、やっとゲームらしくなってきた」
思わず口角が上がる。どうやら異世界に来ても、俺はゲーマーらしい。
遠巻きに配置が終わると、ヤーン隊とアドリア―ナ隊が動き始めた。ヤーンとアドリア―ナが先を争うように突出している。
「嬢ちゃん達は右だ。俺達は左から攻める」
「指図される謂れはありませんが、引き受けました」
「よーし、ダン!ラムズ!動きを合わせろ!」
グラットドラゴンの後方から側面へと2つのパーティーは更に移動する。俺はそれを見届けると、アドリア―ナから託された指揮権を振るうべく声を張り上げた。
「前衛部隊全速前進!後衛部隊は距離を見ながら移動しろ!」
張り上げた声は食事に夢中になっていたグラットドラゴンを振り向かせるには充分だった。ドラゴンは俺達を一瞬睨んだかと思うと、その獰猛な牙を見せつけるように咆哮した。
グルオオオオオオウ
大地を揺らすかのような咆哮に、前衛のうちの数人が立ち竦んだり転倒したりしている。
「後衛!精神回復魔法!前衛!死にたくなければ動ける者は動け!」
声を張り上げながら、俺はいつしか部隊の先頭を走っていた。首元を心地良い汗が流れて行くのを感じながら加速すると、本隊で一人突出してしまっている事に今更気付く。
――少し速度を落とすか
走りながら後方を確認すると、必死に追いつこうと走るBランカーに混ざってケモ娘が物凄い勢いで追随してきている姿を発見した。あれは――
「アーニャ!お前は拠点防衛組のはずだろうが、何でそこにいる!」
「ウチを置いて行こうなんてズルいニャ師匠!」
油断した。Dランカーであるアーニャは当然拠点班だったのだが、どうやらいつの間にか勝手にレイド班に潜り込んでいたようだ。引き返させようにも既に戦端は開かれている。仕方がない――
「アーニャ!他の部隊員から離れるなよ。周りの連中と息を合わせろ」
「わかったニャー」
グラットドラゴンまで50m。良く見れば、例の帆船の残骸が視界に入ってきた。そして転がっているワイバーンの死骸は7頭、どれも綺麗に腹を食われている。さすがグラットン―大喰らい―だ。
この世界のワイバーンは、尻尾から頭頂までの長さは12~3m位になる。そのうち胴体部が占める大きさは1/4くらいだろうか?風属性の竜種では最弱であるが、群れを成すため厄介とされている。
――今回はその群れ丸々1グループを撃墜して仕掛けておいたのだが…まさかこんな大物が食いついているなんてなぁ。
30m手前まで近寄ると、餌を死守するような体勢だったグラットドラゴンも、ようやく餌から離れて脚をこちらに向けてきた。俺以外の本隊の連中は…まだ60mくらい後方のようだ。
「まずは牽制だ、2連斬!」
グラットドラゴンの気を俺に集中させる為、声をあげながらスキルを発動させると、思惑通りに奴の視線は俺に釘付けのようだった。スキルが空を斬り裂く音をあげながらグラットドラゴンに迫ると、ドラゴンはオーラを纏ってそれを弾きながら突進の体勢で肉迫した。
「ドラゴニック・オーラかよ」
竜種特有のスキルの一つで、防御力超上昇、魔法攻撃半減という主に防御に使われるものだ。これを使える竜種は一応上級種に位置する。と言ってもグラットは、上級でも下層に位置する。それでもギルドの公式ランク的には、B+~A-となっているようだ。
ギリギリでグラットドラゴンの体当たりを躱すと、黒い軍服を着た3人の姿が目に入る。手には電撃槍を構えていた。
「仕掛ける!」「「了解であります!」」
息の合った連係で電撃槍をグラットドラゴンに突き刺すと、ヤーンはニヤリと笑った。そしてグラットドラゴンの向こう側に視線を飛ばしながら離脱して行った。そしてその視線の向こう、そこには真っ赤な髪の少女の姿があった。
「アドリア―ナ・クリスティア、参る!!」
聖剣ドラグーンを天に掲げ、真っ直ぐとグラットドラゴンへと疾走するその姿は、正に天使か勇者か――。そんな事を思いながら、俺は俺でガンソードに魔力を籠める。そしてチラリと視線を本隊の方に向けると、アーニャが先行しているのが見えた。
「アドリア―ナの攻撃が入った後に一斉攻撃をかける!アーニャ!遅れるなよ!!」
「わかっているニャー!」
光を纏ったアドリア―ナの一閃がグラットドラゴンに突き刺さると、冒険者達は大声をあげながら各々の武器を振りかざす。アーニャのガントレットの鉤爪は、そんな冒険者集団の誰よりも速く、そして確実に獲物を抉った。
――もうDからCランクと言わず、Bランクでも十分通用しそうなんだがな
アーニャの後ろ姿を見ながらそんな事を思った。英雄には及ばずとも、彼女は既に戦士として完成しつつある。それを阻んでいるのは、ギルドという縛りなのではないだろうか。
ヤーンの電撃槍による麻痺に、アドリア―ナの一閃による深手、そこへ幾多の戦士達による攻撃は殊の外グラットドラゴンを弱らせた。その背をピョンピョンとケモ娘が攻撃を加えながら跳ねていく。
「師匠!今ニャ!!」
――アーニャ、お前は俺が魔力を増幅させている事に気付いていたのか?!
跳躍と攻撃を続け、グラットドラゴンの頭頂にまで到達したアーニャの叫びに一瞬だけ動揺したが、俺はアーニャの声に反応するかのように、剣戟モードのガンソードを魔力を籠めて振るっていた。
魔力を伴なった衝撃は地を這い、その足元から腹を掻っ捌くと余波が天空へと昇って行った。
「あれは、剣聖の技………天昇覇…」
アドリア―ナが目を疑うかのような表情で俺を見ている。
「ふっ、ハハハハハ!」
ヤーンは嬉々とした表情で笑っていた。
俺はスキルの余波を拭うようにガンソードを振ると、スッとグラットドラゴンであった物体を見上げる。すると何かを察したようにアーニャはその頭頂から飛び降り、俺の背中に負ぶさった。
ズーン
直後にグラットドラゴン亜種は地に倒れた。
そしてログが流れる。
ピロローン
――黒魔石結晶を手に入れました――