日常
まだ何もない世界。ただ虚空のみが広がるその世界で俺は剣を振るっている。
「996!997!998!999!」
そうしてその日の目標に達した時、虚空にウインドウと文字が浮かび上がった。
『スキル2連斬を取得しました』
顔を上げ暫く虚空を眺めると、俺はニヤリと笑う。そして剣を振りかぶる。
「いけーー!2連斬!!!」
瞬間、虚空を美しい2つの斬撃のエフェクトが弧を描くように舞った。
俺、本田火威人は現在26歳。学生時代は天才と呼ばれ大学も首席で卒業。そしてとある科学研究所に勤務している。研究所では主にVR技術に関する研究をしているのだが、実は給料から少しずつ機材を集めて、休日にはこうして趣味で作り上げたフルダイブ機のテストをしていたりするのだった。
そして今日もデバッグを繰り返しては現実世界へと戻り、プログラムを修正したりしている。
「ふう…2連程度のスキルにしてはエフェクトが派手すぎるよなぁ…もう少し抑えるかな」
メニューを呼び出しログアウトすると、ヘッドマウントディスプレイ(と言ってもヘルメットのようなゴツイものなのだが…)を外し、腕や足に取りつけていた機材を外す。そして最後に胴体に巻かれた機材を外すと、ベッドから起き上がりそのまま流れるようにして俺はディスプレイの前の椅子に座った。
この一連の流れはほぼ習慣と言って良いのかもしれない。それくらいに俺はこの趣味に没頭しているのだった。
「うーん…やっぱりVR内でもプログラム修正が出来れば楽なんだよなぁ…でも弄れるようにしてしまうと現実逃避もできなくなるしなぁ…」
そんな事をブツブツ言いながらも、結局俺はオペレートシステムを組み込む。薄暗い部屋の中にはカチャカチャとキーボードを叩く音が響いていた。
「あとはあれか、世界観とかどうしようか未だに決めてなかったな」
そんな事を呟くと、部屋の片隅に置かれたレトロゲーム機が目に入った。本体にはその昔大ヒットしたRPGのカートリッジが差し込まれている。そう言えば昨晩、仕事帰りに押入れの奥から引っ張り出して遊んだんだっけ。
初期の剣と魔法のファンタジーの名作で、8ビット機のゲームでありながら奥深く、いまだに最新のゲーム機用に新作が作られている。
「ドラゴンファンタジーか…」
俺はゲーム機から配線を引っ張り自作VRへと繋ぐと、ゲーム機の電源を入れた。
「面倒だから自作AIを使ってコンバート…レベル制限は解除しとくかな。あとは被ってる魔法やスキルは削除して…そうだ、『ファイナルスレイヤー』のデータも入れたいな。あれの魔法は錬金術に似てるし召喚魔法もあたっけ」
部屋には俺の独り言以外には無機質な音だけが響く。これが俺の日常。俺の休日だった。