初めての戦い
(どうしよう、まさか知り合いを襲うことになるなんて……)
血の気が引き、青ざめた顔を甲冑の中で振る。
(いや、何も命を奪うわけじゃない。……大丈夫だ、しっかりやろう)
臆病な自分に言い聞かせ、スライムに指示を出す。
「戦況はどうだ? 被害状況は……」
「誰も戦ってないよ!」
ミヒトはずっこけた。
――そうだった、俺が来た時も誰も出てこなかったんだった。
頭が痛くなりながらも納得し、別の疑問を抱く。
(……じゃあアイツ一体何と戦って……)
その答えは、直ぐに出た。
部屋の入り口付近で爆音が響き、ミヒト達が一斉に岩陰に隠れる中、青髪の少年が勢い良く飛び込んできた。
「んだよ、念のため行き止まり調べたけど、隠し通路無いのか。モンスターも全然出ないしどういうことだ? ダンジョンじゃないのか? 絶対何かあると思ってたのに!」
ミヒト達に気付いておらず、誰も居ないと思っている少年は無駄足を運んでしまった鬱憤を晴らすべく、大声で独り言を漏らしていた。
「――ミヒトのやつ、旅立つったって何の用があってこんな場所に……」
ミヒトの心臓が跳ね上がる。
まさか、入るところを見られていたのだろうか。
「違う場所に行ったのか? ……でも、あの先は行き止まりだし、やっぱりこの洞穴に入っていったとしか思えないぜ!」
どうやら違ったようだが、それでも洞窟に入ったということは殆どバレていると言ってもいい。……少々厄介なことになるかもしれない。
「お前達、ここは慎重に作戦を」
「きゅぴーーーー!!」
立てよう、と続けられる前に、スーが侵入者の前に飛び出した。
再び頭を抱えるミヒトを余所に、スーは元気良く名乗りを上げた。
「我こそスライムだ! よく来たな侵入者よ!!」
「来たな! お前がここのボスかってスライムかよ……」
わかりやすく意気消沈する少年を前に、スライムはムッとして跳ねる。
「ピキー! 油断してるとアレだぞ! 喰うぞ! 前に侵入してきたガキのように!」
「アイツスライムに喰われたの!? マジで!?」
――頼むから余計なこと言わないでくれーーーーー!
心中で叫ばれた想いがスーに伝わるわけもなく、更に大ボラを盛ろうとしているスーを制止するべく、慌ててミヒトが飛び出した。
「待てスー――ぎゃあ!?」
が、初めの一歩で重心のバランスを崩し、盛大な音を立てて地面に突っ伏す。
「おおっ! こんなところにイドロナイトが! ……なんか弱そうだな」
『イドロナイト』
レア度 ☆☆☆
どこから来るのか、どこへ消えるのか、謎に包まれた鎧の魔物。生息地によって極端に強さが違い、手練れの剣士が多い地域程強い。剣一本で戦う潔い姿勢に憧れる剣士も多く、この魔物を模したエンブレムも多く存在する。魔法が使えれば有利に戦えるだろう。
(……これ、見たことあると思ったら……)
自分が魔物の死骸を着ていると知り、途端に鎧を脱ぎ捨てたい衝動に駆られた
「……もしかして、中に別の何かでも入ってんのか? 正体を名乗れ!!」
とても歴戦の剣士に並ぶようには見えないぎこちない動き。怪しまれて当然だろう。
慌てるミヒトを庇うように、岩陰からサリーが躍り出る。
「頭が高ーい! この方こそワタシ達のダンジョンのボスデース! 畏まるデス!」
「ボス……、そうか! やっつけるまで正体はわからないということだな!!」
「ふ、ふははは! そういうことだ!!」
内心(助かった!)と状況に感謝しつつ、ミヒトは出来るだけ低く悪そうな声を出し、自分が思うボスっぽいポーズを取った。
変えた声色は甲冑内で反響し、元のものとは似ても似つかないものになる。
おかげで正体が露見しそうになることはなかったが……。
「よっしゃ! ミヒトのカタキの、スライムのボス……覚悟しろ!!」
(勝手に人を殺すな!!)
代わりに、ミヒトは少年の中で完全にスライムに喰われたことになった。
少年は剣を後ろに引き、伸ばした手に魔法陣を浮かび上がらせる。
「ウォーターボム!」
叫ばれると同時に魔法陣から球体の水が飛び出し、ミヒトの方へ向かった。
避けようにも機動力が足りず、危険な香りのする球体が直撃コースで迫り来る。
「ピピー」「ピー」「キュピー!」
当たるかと思われた瞬間、多数のスライムがミヒトの前に飛び出して盾となった。スライムの体表は水を弾く性質があり、彼等は無傷で着陸し得意げな顔をした。
「もう一度ッ!」
魔方陣から、先ほどよりも大きな水球が出てくる。それを動かそうとした時、奥で、ティナが尾鰭を水面に叩き付けた。
水球は魔法として発動されることなく弾け、少年の頭に雨となって降り注ぐ。
「なんだ!? ここ、俺の魔法と相性悪いのか……?」
理解が追い付かずたじろぐ少年の斜め後ろから、炎球が飛んできた。
「水魔法がなくっても……」
少年は炎を回避し、逆に飛んできた方向に突っ込んだ。
「俺には買いたてほやほや、新品の剣があるんだぜ!」
得意げに岩を飛び越え、いざ覚悟、と宣言し、見えない敵に向かって剣を振り上げた少年は「……え?」という困惑の声と共に固まった。
その瞳に映ったのはおずおずとこちらを見上げる少女であり、何故こんなところに小さい女の子がいるのか、いや、こういう魔物なのか、人に化けるのはなんて魔物だっけ、と思考を巡らせる。
「隙ありデース!」
サリーがビシッと少年を指差すと、物陰に隠れていたスライムやコウモリ、ネズミに似た見た目をした小さな魔物達が一斉に飛び掛かった。
魔物達が少年からどいた時には、少年はすっかり目を回していた――
***
「……それで、この後どうするんだ? まさか殺したりしないよな……?」
罪悪感を覚えながら恐る恐る尋ねるミヒトに、マリオンが笑って返した。
「僕達は少々の魔力を頂くだけです。命に係わることはしません」
派手なことをして強い勇者チームが殲滅に来たら大変だし、何よりも彼らは人間に対してあまり悪い感情を持っていないので、危害を加えるつもりは無いらしい。
一般的なダンジョンならば、全滅すればそこに生息する魔物の餌食になる。それが精力や魔力を糧にする魔物であれば、再度挑んで来るように身包みを剥ぎ、生きたまま外に放り出してくれるが、人自体を餌とする魔物が居れば、命は無い。
それを考えれば、魔力しか取らないというのは、かなり良心的だろう。
「そういえば、魔力を吸収するって、一体どうやって――」
ミヒトが疑問を言い終える前に、手のひらサイズの蟻に似た姿をした魔物が少年の周りに集まって、触角で体を探り始めた。やがて、触角を素肌に当てると、蟻の腹部が青白く光り、見る見るうちに膨らんでいく。
「……もしかして、あれがそうか?」
「はい。彼等は魔力を体に貯めておくことが出来て、その魔力はあちらに居る小型魔物達のご飯として活用しているんです」
マリオンによるとその効率はかなりのもので、彼の魔力だけで、小麦など普通の食事にして一ヶ月分程のエネルギーを賄うことが出来るらしい。どうりであんな地図を作って必死に冒険者を呼び込もうとしていたわけだ、とミヒトは一人納得し、頷いた。
「ここにはずっと人が来ていなくて……、私の鱗や、冒険者さんのために用意していた宝を売ってどうにか皆さんの食費を捻出していたのですが、もう限界で……」
本当に良かったと胸をなで下ろすティナを、ミヒトは複雑そうに見つめる。
……元々、魔物は目標と平和のためにただ薙ぎ倒すだけの存在としか思っていなかった。実際、魔法や剣の練習だって魔物を仕留めるためのものだ。
世界を駆けて冒険し、魔物から人を守る勇者を夢としていたのだから当然のことなのだが、それでも、罪悪感とも取れる感情がミヒトの胸を貫いた。
「マリオンー、お腹いっぱい食べとくデス! せーりょく? とかいうやつデス!」
「……サリーさん、精力って何なのか知って……」
そこまで口に出した直後、なになに、と興味津々な反応がサリーから返ってきて、余計なことを言ったと口を閉じたマリオンをサリーが話の続きを促しながら揺さぶった。
「いっつも詳しいコト教えてくれないデス! ケチー!」
「ほら、そんなことより彼を外まで連れ出してあげませんと」
サリーは「はあい……」と渋々目を合わせてくれないマリオンを揺さぶるのをやめると、少年を軽く肩に担いだ。あまりにも目を覚まさないので、心配するミヒトだったが、数日大人しくして魔力が戻れば回復すると聞き、ほっと息を吐いた――
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