予想外の訪問者
「おかえりなさーい!」
広間に足を一歩踏み入れようとするや否や、待ち構えていたスライムを蹴飛ばしそうになりミヒトは慌てて体勢を整える。
「お帰りデス!」
「来てくれたんだ! ホントに来てくれたんだ!」
入って早々にサリーとスライムに飛びつかれ、ミヒトは照れを見せながら二人を引き離すと、改めて魔物達の生活空間に踏み行った。
「ねーねー、人間にはみんなお名前あるんでしょ? お名前はー?」
スライムはぴょんと抱きついて(?)きて、そう言った。
そういえばタイミングを逃して、ティナやマリオン以外にはきちんと挨拶ができていなかったと、ミヒトは簡単に名前を言って自己紹介をした。
「そういえば、スライム。お前に名前はあるのか?」
「スーはスライムだけどお名前あるよ! スーっていうの! スライムのスー!」
なるほど、言われてみればこのスライムは自分のことを『スー』と呼んでいたなと納得する。同時に、安直すぎるネーミングに誰がつけたんだと疑問も抱いたが。
上機嫌に飛び乗って来て頬ずりしてくるスーを抱いてみると、ぽよぽよしていて、涼しげな見た目とは裏腹に、以外となまあたたかい。
心地よい抱き具合を堪能していると、背後から大声が響いた。
「スーばかりずるいデス!」
ふわり。
背中にあたたかく柔らかいスライムが二つほど密着し、顔を真っ赤にして振り向いた。
「ちょ、ちょっとサリー!? 当たっ……近いって!」
「ワタシだってミヒトと仲良くしたいデース!」
「人の話を聞けー!!」
遠慮の欠片もなくぎゅうぎゅう抱きしめられ、視線で助けを求めると、ティナが「まあまあ」と、コップを持って割って入ってくれた。
「ミヒトさんもお疲れでしょうし、今はゆっくりさせてあげましょう」
今度は湧きたてのを掬ってきましたよ、と長い尾ヒレを引きずりながら隣に来たティナに、水から出ても大丈夫なのかと尋ねる。
「肺呼吸出来ますし、鱗が乾かない範囲なら平気です」
長い尾鰭をゆるく巻いてバランスを取り、腰から上を持ち上げた体勢でミヒトを見上げるティナの姿には、やはり魚が打ち上げられているような違和感を覚える。
「うーん……、本当に大丈夫なのか?」
「私のウロコは丈夫なんですよ。湿ってさえいれば傷一つ付きません」
えへんと得意げなティナは、ふとこちらを見てそういえば、と声を上げた。。
「まだ、きちんと名乗っていませんでしたね」
「名前? ティナじゃないのか?」
きょとんと問いかけると、正式にはもっと長いのだと、ゆったりと尾を流しながら彼女は微笑んで、口を開いた。
「ティナマリーヌと申します。皆さんティナと呼ばれるので、ミヒトさんもお気軽にそうお呼びください」
「へえ、可愛い名前だね。改めてよろしく、ティナ」
特に深い意味は無く、地元では聞きなれない名前のため可愛いな、と思っただけなのだが、ティナは顔を赤くして差し出された手を取り、こくこく頷いた。
「ティナまで仲良くして……ずるいデスー……」
そんな言葉と共に、背中に刺すような視線を感じ、ミヒトは苦笑いして振り向く。
「それから、サリーも改めてよろしくな」
構われようとじゃれていたのをことごとく流され、拗ねて睨み付けていたサリーは山の天気のようにころっと表情を変え、笑顔でミヒトの手を取り握りしめた。
ミシッ。
血が苦手でも、そこは吸血鬼。今だかつてない力に押しつぶされ、手指が悲鳴を上げる。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)
「よろしくデース!」
笑顔のまま心で叫ぶミヒトのことはつゆ知らず、サリーはご機嫌に握りしめた両手を上下に振り乱した――
***
「――さて、これで俺もダンジョンの一員となったわけだけど」
言いたいことはただ一つ、『ここで何をすればいいのか』だ。
ティナがその意思を汲み取ってくれ、尾をピチピチ振って愛らしく微笑みかけてくれた。
「そうですね、とりあえずは他の皆さんにもご挨拶を――」
「ピーー!!」
ティナの言葉を遮って、突如小さな乱入者が飛び込んできて、一同が驚いてそちらを見る。スーと比べて二回りほど小さく、赤いスライムが必死に叫んでいた。
「ピーピー! ピーーーー! ピーーーーーーーーー!!」
興奮した様子で警告音のような鳴き声を発するスライムを困惑して見ているミヒトの肩に、スーが飛び乗った。スーは、スライムをじっと見つめている。
「スー、アイツはなんて言ってるんだ?」
スーは頷きながらスライムの話を聞いた後、突如短く跳ね、口を大きく開けた。
「――きゅぴー!!」
小さな体のどこから出たのか。
耳を劈くような大声は反響し、洞窟中に響き渡った。
同時に、あちらこちらから小さな影が顔を出す。
「……な、なんだなんだ……?」
反射的に耳を塞いでいたミヒトは、くらくらしながら辺りを見回した。
「きゅー」「ピー」「キュイッ」「ピー!」「キー!」
「キキッ」「チー!」「ヂッ…!」「キャウ!」「キィ!」
――見渡す限りの小型魔獣達が、次から次へと集まってくる。これがティナの言っていた『他の皆さん』かと納得するも、とても挨拶するような雰囲気には見えない。
「説明してくれ、どういう状況だ!?」
混乱しながら問いかけると、スーは真剣な眼差しを向けてきた。
次の瞬間、スーが発した言葉が、場の緊張感を一気に高めることになる。
「侵入者! 侵入者だよ!」
突然すぎて、一瞬その三文字の意味を誰も理解出来なかった。
〝ズドオォォォォォン!!〟
遠く聞こえた爆音が、直ぐに正気を取り戻させる。
「……みんな、落ち着け!」
――いささか突然過ぎるが、これは彼等にとって願ってもない来客の筈。
ミヒトは心の中で何度も精神状態を整え、前を向いた。
「侵入者を撃退する、作戦を立てるぞ! 初戦闘だ!」
魔物達は少しの間顔を見合わせ、ミヒトを向いてわっと沸き立つ。
あんな無茶な連れ込み作戦を取る程には、彼等も得物を望んでいたのだから。
「っと、その前に……」
ここにきて、ミヒトは改めて自分の立場を思い出した。
「何か顔を隠せる物はないか? 鎧みたいな……」
「鎧、ですか……探してみます!」
ティナは答えると同時にざぶんと勢い良く音を立て、ティナは水に潜っていく。
(……水中には無いんじゃないかな……)
首を捻りながらも、ミヒトは侵入者について考察した。
――この洞窟に入ってきたということは、少なくとも近隣に住んでいる者である可能性が高い。下手をしたら知り合いかもしれない冒険者に、顔を見られるわけにはいかない。
(勇者志望の俺が魔物側についたなんて知ったら、おじさん泣いちゃうよ……)
世話になった人を悲しませたくはないと、ミヒトは何か無いか辺りを見回す。
〝ガシャンッ〟
突如背後から重金属を落下させたような音が聞こえ、振り向く。
そこには、サリーが上機嫌な様子で立っていた。
「ヘイミヒト! お探し物はこれデスカ?」
足下にあるのは、とても重そうな立派な鎧。これなら、顔どころか全身隠せるだろう。
「でかしたサリー! ……これ、俺に着れるかな……」
試しに持ってみた甲冑が、ずしりと腕を下げさせる。
しかし、着ないわけにはいかないと、サリーとマリオンに手伝って貰いながら、どうにか体に合っていない鎧を装備することに成功した。
「どうかな……?」
「お、お似合いです――」
「鎧に着られてるデス!」
ティナの気遣いを、サリーがかき消した。
「……いや、まあ……格好付けたくてこれ着たわけじゃないし」
軽く凹みながらも自分に言い聞かせるように呟いて持ち直し、ダンジョンの様子を伺う。
どうやら侵入者は行き止まりの度に技を放っているようで、距離には余裕がありそうだ。
「侵入者の情報が来たよ!」
魔獣の群れにまざっていたスライムがぴょんと跳ね、ミヒトの前に座る。
「えっとね、青い髪の男の子で、派手な性格で、水を操って攻撃してくるんだって!」
(アイツだーーーー!!)
同じく勇者志望だった同期の顔が浮かび、甲冑の上から頭を抱える。
時折俺のことをからかって来たが、応援もしてくれていた、友人というほどではないが知り合い以上の間柄だった活発な少年――何の因果か、ここに入って来てしまったらしい。