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勇者を諦めたらスライムに勧誘された件~俺がダンジョンのボスだって!?~  作者: 飛龍 ナツキ
ダンジョンのボス、始めました。
3/40

セイレーンとヴァンパイア

「……ここか……」


 手元の地図と、目の前の岩壁を見比べる。

 書いてある通り、迫り出した岩の裏を覗くと、どうにか人が通れそうなくらいの隙間を発見した。


「……ダンジョン?」


 ダンジョン。それは過去の戦争で魔王軍が拠点として使っていた、跡地の総称。


 今も魔物が巣食っていて、入れば命の保証は無い代わりに、魔物が人を呼ぶために置いている宝や、魔物自身の素材などが狙え、一攫千金のチャンスがある。


――とはいえ、あんな間の抜けたスライムが暮らすような無名のダンジョンなら、宝があったとしてもせいぜい綺麗な小石くらいだろうけど……。


「うーん……だいぶ暗いな……」


 僅かに光が入っているようではあるものの奥が全く見通せず、いくらスライムの案内と言えどもこの状態で踏み込むのは気が引ける。


「一旦帰った方が良いか……?」


 少しだけ中を見ていこうと、一歩踏み出した足が、何かに取られた。


「ってぇ!!」


 暗かったせいで足元が見えず、盛大に転んだミヒトは「なんなんだよ……」と少し苛ついた様子で、自身が躓いた物に目を凝らす。


『ご自由にお取りください』


 数本の松明が刺さった箱には、地図のような汚い字でそう書かれていて、脱力した。

 丁寧に場所が書かれた地図を持ってきたスライムに、この親切な対応。常識からかけ離れているとは言え、一応ここも魔物の住むダンジョンだ。油断は出来ない。


(でもなあ……)


 先ほどから見かけるのは、小さなコウモリの魔物や虫の魔物に、スライム達ばかり。

 それも襲ってくるわけではなく、岩陰からじっとこちらを伺っていて、目が合うと逃げていってしまう。他人の家に不法侵入でもしているかのような気分だ。


 既に意気消沈しながらも進んでいくと、奥から水音が聞こえてきた。

 慎重に接近すると、曲がり角の奥から光が差し込んでいるのが見えた。

 中を覗いてみればそこは広間のようになっていて、どういう原理なのか松明が無くても中を余裕で見渡せる。例えるなら、窓から照らされた室内のような明るさだ。


 更に見回すと、湧き水が流れ込んでいる地底湖と、水を舐める小動物のような魔物達を発見した。どうやら生活のベースになっているらしい。


(ボスが居るとしたら、この部屋だろうな)


 奥にこれ以上道はなく、実質ここが最深部であろうことが伺える。

 ここだけ松明を持つ必要がないのも、おあつらえ向きだ。


「……まあどうせ、あのスライムだろうけど……」


 呟いて一歩踏み込み、辺りを見回す。

 視線は感じるが相変わらず出てくる魔物はおらず、広々とした空間と相まってなんとも寂しい。


「おーい! 来てやったぞ、出てこいよー!」


 静けさに耐えかね、ダンジョン内で大声を出すという暴挙に出たミヒトを迎えたのは、一際大きな水音だった。

 魔物でも落ちたかと思って地底湖に目を向けると、そこには――


「……へ?」


――可愛らしい女の子が、湖から顔を出してこちらを見つめていた。

 水面に浮いている胸はひらりと長めのフリルが付いた薄青色の水着で覆われていて、へその下にはスカートのようにひらひらした水着を履いているように見える。


 そして、その先に視線をやった時――彼女が人間ではないと、気が付いた。


「――セイレーン……!?」


 本来人間の腰がある部分から先は、ウロコに覆われた巨大な尾鰭になっていた。髪に隠れていて見えにくいが、よく見れば耳も魚のヒレのようになっている。


『セイレーン』

 レア度 ☆☆☆☆☆

 人の上半身に魚の下半身を持つ魔族。歌声には麻薬のような中毒性があり、襲われて一度は生還した漁師が再びセイレーンに近づき、沈められてしまったというエピソードもある。反響する洞窟内で歌われると驚異で、彼女達の暮らすダンジョンに潜る際は耳栓が必須。美しく丈夫な鱗が装飾品になる他、金持ちが道楽に飼うこともある。


(実物を見るのは初めてだ……なんでこんな田舎に……!?)


 ランクの高い魔物は、基本的に強者が多い街の傍に群れる。あえて目立つ場所に群れ、我こそはと闘争心を掻き立てられた勇者を誘き寄せ、協力して狩るためだ。


 駆け出し勇者どころか、勇者見習いしか居ないような寂れた農村の側――それも海辺ではない洞窟にセイレーンが生息することがあるなんて、見たことも聞いたこともない。


「お、お……」


 固まっている間に、セイレーンは胸元に手を当て、口を動かし始めた。


――まずい、歌われる!


 咄嗟に一歩下がり耳を塞ごうとするミヒトよりも、セイレーンは一足早く口を開いた。


「お客様ですか!?」


 言葉は広間内を反響し、消えた。


「………は?」


 茫然としていると、セイレーンは一人慌て出す。


「あわわわわっ! ごめんなさい何も出さず失礼しました!」

「い、いや……こっちが急に来たんだし」

「と、とにかく宝箱……は先週生活費のために売り払っちゃったし……!」


 盛大に尾ヒレを振り回し、セイレーンはあわあわと忙しなく周囲を見回す。


「い、いいって、そんな……ちょっと覗きにきただけだし」


 撒き散らされた水を被ってずぶ濡れになりながら、ミヒトはセイレーンをなだめる。


「いいえ! 初めてのお客様を手ぶらで帰すわけには……! せ、せめてお茶……はないから美味しい湧水だけでもお出しします! どうぞ!!」


 目の前に差し出されたのは、明らかにたったいま水中から掬い上げたコップ。


「……それ、今キミが浸かってる水だよね?」


――流石に女の子の出汁がよく沁みてそうな水を飲むのは、人として如何なものかと思う。


 もてなしをやんわりと断られたことで、セイレーンは更なるパニックに陥った。


「じゃ、じゃあえっと、お菓子、お菓子はなくても何か食べる物を……」

「いやいや、別にいいって本当に……」


 なんだか哀れに思えてきて、手をひらひら振って落ち着かせようとするミヒトだが、お客様にぞんざいな扱いをするわけには、と聞く耳を持ってくれない。


「……あっ……」


 ふと、セイレーンが自分の背後を見つめた。

 そのまま固まること、数秒間……。


「……お、お刺身でよろしければ、少しだけ用意出来ますけれど……」

「今何を見て何を考えた!?」


 物騒な予感に戦慄するミヒトの声に驚き、セイレーンが竦み上がる。


「ふぇぇ!? ご、ごめんなさい!! じゃ、じゃあ、じゃあ……!!」


 先程までは早く逃げなければと思っていたが、今は寧ろ危なっかしくて目を離せない。

 自分の尾鰭をちらちら見るのをやめ、セイレーンは水中に潜ったり出てきたりとかなり慌ただしく動き回っている。……こちらとしては、別に何も望んではいないのだが。

 どう声を掛けようか悩んでいると、突然背後から元気な女の声が聞こえてきた。


「ヘイ! 何の騒ぎデスカー?」


 振り向くと、輝く金髪をコウモリを象ったピンでサイドテールに纏めた少女が立っていた。その姿は黒いスーツとマントでピシッと着飾られた、一見可愛らしい女の子だ。

しかし、白い肌に赤い目。そして、ニッと口角の上がった口から覗く大きな牙――


(――この子……吸血鬼(ヴァンパイア)か!?)


吸血鬼(ヴァンパイア)

 レア度 ☆☆☆☆☆☆

 闇に紛れ冒険者に襲い掛かる上級魔族。繁殖力こそ低いが高い身体能力と再生力、力への飽くなき探求心と人より遙かに長い寿命からなされる戦闘力は一人で町を一つ滅ぼす程。聖属性以外の魔法に耐性があるが、日光に弱く、可能であれば天井を破壊するのも有効。美しく鋭利な牙は用途が多く、長寿の個体の物程大きく価値が高い。


 見た感じだと、年は自分と同じくらいか少し下か――吸血鬼としては子供だろうが、だからと言って駆け出し未満の実力では勝負にすらならないだろう。


「ワタシにビビってるデス? 恐れおののいちゃってるデス?」


 吸血鬼の少女はちょっとおかしい片言の敬語を口にして、怯んでいるミヒトの周りを煽るようにうろちょろすると、片手を振り上げてマントを大きく広げた。


「そう! このワタシこそ正真正銘、高潔なる吸血鬼、〝サリー〟デース!!」

「ッ!?」


 彼女の名乗りが終わるや否や、瞬間移動でもしたかのように距離を眼前まで詰められた。

身じろぎ、一歩後退するも、空いた距離を瞬時に詰められる。

 サリーはミヒトの顔を上目遣いにじっと眺めて、ふうん、と声を漏らした。


「中々キュートな顔してるけど、ちょーっと弱そうデスネー」

「なっ……」


 会って早々、なんて失礼な――と返そうとしたが、彼女の方が強いのは間違いないので、何も言い返せずに口を噤む。


「まあいいデス。侵入して来たからには、正々堂々、いざ勝負デス!」

「えっ!? ちょ、待っ!」


 ただスライムをからかいに来ただけなのに、なんでこんなことに。

 とても話を聞いてくれる雰囲気ではなく、一度下がって再度飛び掛からんと構えられ、ミヒトは反射的に目を閉じ、顔を庇うように腕を前に出した。


「……ッ!?」


 鋭い風圧が、顔の前で止まったのが感じられる。


「きゃあああああああ!?」


 かと思えば、唐突に間近で上がった悲鳴が遠ざかってゆき、驚いて顔を上げた。するとサリーが、洞窟の壁に背をつけ、怯えた目でこちら見ている。


「な、なんなんだ……?」


 困惑し、先ほどまで逃げようとしていたのも忘れて彼女に近付こうとすると、こっちに来るなと言わんばかりにマントが翼に変化し、威嚇するように広げられた。


「一体何をそんな……、!」


 彼女の視線を追って自分の腕を見ると、手首から血が垂れていることに気が付いた。そういえば、ここに来るまでに転んだような……。


(暗くて気付かなかったけど、結構深くやってるな……)


 深くて小さい傷なので見た目程痛くは無いのだが、自覚するだけでくらくらするような出血量だ。自分でもこうなんだから、他人から見たらもっと痛々しく感じるだろう。


(他『人』から見たら、だけど……)


――あの子、吸血鬼だよな? 人の血を主食にしてる。

 怪訝そうにするミヒトの後ろで、ちゃぷんと水音が鳴った。


「サリーちゃんは、血液恐怖症なのです」


 言葉の意味が理解出来ず、「……は?」と聞き返すミヒトの前で、サリーが頷く。


「そうなのデス! 赤くてドロッとしてるし何よりも臭いが本当無理で……!」

「キミ吸血鬼だよね!?」


 衝撃のあまりつい口に出してしまったが、特に不快に思った様子もなく、そんなことよりもこっちに来るなという必死な顔で見つめられて、最初に感じた恐怖が消え失せた。


「あの、少しこちらに寄って頂けませんか?」

「ん?」


 最早疑おうという気持ちすら持てずに素直にセイレーンの近くに寄ると、彼女はミヒトの傷ついた腕に向かって、そっと手を伸ばして来た。


「じっとしていてくださいね……」


 短い詠唱の後、彼女の手が白い光に包まれ、傷を癒していく。血が止まり、傷口が温かく塞がっていく中で、ミヒトは自分に回復魔法を使っている目の前の少女を見た。


(……この子、魔物なのに、なんでわざわざ治療なんて……?)


 セイレーンと言えば、トップクラスに危険な魔物として名が知れ渡っている。気まぐれに船を沈めることもあれば、ダンジョンで獲物を待ち構えていることもある、凶暴な魔物だって習ったし、本にもそう書いてあった。


 それだけじゃない。吸血鬼だって、もっと獰猛で、冷酷で、一切の情を持たないと、そう教わった……けれど、サリーは、確かに好戦的だが、とても冷酷には見えなかった。


本と実状が、これだけ違うなんてこと。あり得るのだろうか……?

第三話です。今後も、毎日18時半前後を目安に投稿していきたいと思います。

活動の励みになりますので、気が向かれましたら是非とも評価や感想をよろしくお願いいたします。

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