スライムとの出会い
このさびれた村でも、十五、六くらいの少年達が、勇者を目指し特訓を重ねていた。
「……いくぞ! 雷光斬!!」
簡素な鎧を身に纏い、凜々しい出で立ちをした赤髪の少年が木で象られた剣を振るうと、切っ先から音を立てて稲妻が現れ、剣の軌道を描いた。
「すっげー! 俺も俺も! はぁっ……! 円水!!」
興奮した様子の青髪の少年が魔力を込めた木の棒で円を描くと、そこから水が噴き出して少年を守るように円柱が立った。
「よし、次はお前やってみろよ!」
「……今日こそは……!」
みすぼらしい衣服を着た黒髪の少年は、勢い良く足を踏み出し――
「うわっ!?」
――先程の術で水が掛かった木の葉を踏んで滑り、尻餅をついた。
「あははは、だっせー!」
「ミヒト。そんなんで勇者になれんのか?」
「う、うっせぇ! 見てろよ、俺だって……」
好奇の目が集まる中、ミヒトと呼ばれたみすぼらしい格好の少年は右手を真上に掲げ、自身の中にある魔力をかき集めた。
「出でよ炎玉!」
言葉と共に魔力が手のひらに結集し、勢い良く打ち上げられた、かと思えば……。
魔弾はほんの数十センチだけ上昇し、そこで軽い音と共に弾けた。
一瞬の間が空き、笑いが訪れる。
「ぶっ……はははは!! なんだ今のしょべー花火みたいなやつ!!」
もう堪えきれないと腹を押えて爆笑する青髪の少年の隣で、赤髪の少年はやれやれと息を吐いて、木の剣を地面に立てた。
「そんな有様で、まだ勇者なんて目指すつもりか? ……俺は来週から都市に行く。お前もそろそろ、生き方を考えた方が良い頃だと思うぞ」
生真面目な彼の目に映るのは、同情と哀れみ。
いくら努力を重ねても結果の出ないミヒトを、哀れんでいるのだ。
「……人には向き不向きがある。視野を広く持てよ」
背を向けた少年を追うように、次々と他の訓練者達も場を去って行く。
「やーい、落ちこぼれ! 落ちこぼれー!」
「一生薬草引き籠って薬草でも作ってな!!」
中には残酷な言葉を浴びせながら去って行く子供も居て、その言葉一つ一つを聞く度に、みすぼらしい少年は血が出そうなほど拳を握りしめる。
「ま、まあ気にすんなって、な! がんばれよ!」
青髪の少年はミヒトに同情したが、先導してからかってしまった手前、気の利いたことが言えず、誤魔化すように笑いながら去って行く。
その背中も見えなくなった頃、ミヒトの拳が木を打った。
「くそっ……!」
――何も言い返せないのが、悔しい。
父親が勇者だったから、自分もそうなれるのだと、漠然と信じていた。どんなに魔法書を読み込んでも、火球魔法一つロクに扱うことはできなかった。
これではとても、勇者になんて――
『人には向き不向きがある』凜々しい少年の表情が蘇る。
勇者になるための訓練をしたいと言った時、貧しいにも関わらず身寄りのない自分を引き受けてくれたおじさんは、反対せず、にこにこと応援してくれた。なけなしのお金で、魔法の勉強をするための書物まで買ってくれた。
その想いを無駄にしたくない。だがしかし、諦めることも必要なのではないか……?
揺れるミヒトの心境を映したように、茂みが大きく音を鳴らした。
「きゅぴー!!」
透き通った薄緑色が、ぽよんと跳ねて、落ちる。
ゼリーのような質感で、以外に弾力のある体と、つぶらな瞳。
野良猫にまでやられてしまう、みんな知っている最弱モンスター。
「……スライム?」
足下からキリッと見上げてくる不思議生物を、ぽかんと見下ろす。
スライムは大きく息を吸い込んで体を膨らませ、遙か頭上にある顔を見上げた。
「ぷるぷる! ボクは悪いスライムなんだ!」
『スライム』
レア度☆ 比較的平和な地域であればどこにでも居るモンスター。戦って得られる経験はゼロに近く、死ぬと溶けてしまい素材にならないため、狩るメリットは皆無。魔物だが習性は極めて中立で、人慣れするので、癒しを求めて飼う人も少なからず存在する。
(……いいスライムだから攻撃しないで、と主張するやつはたまに見るが……自分から悪いスライムを名乗るやつは初めて見たな……)
感心しながら、ミヒトはスライムを見る。
スライムは相も変わらず、鋭いながらも迫力に欠けた表情でミヒトを睨んでいる。
「はぁ……」
溜息を吐いて、スライムに向けて一歩踏み出すと、スライムはとっさに後ずさりし、体全体を伏せて、いつでも飛び掛かれる戦闘態勢に入った。
「ほら、そんな唸るなよ、警戒してるのか?」
「ちがう! 襲いに来たの! 悪いスライムなの!!」
興奮した様子で捲し立てて、〝ぷるるるるっ〟と間の抜けた唸り声を発するスライムだが、口だけで攻撃もしてこないし、何がしたいのかがよく分からない。
とりあえず、悪いスライムを自称してはいるが……。
「さっきから悪いスライム悪いスライムって……、そもそも、何をしたの?」
「ピッ!?」
スライムは口をひし形にぽかんと開けたまま、動かなくなる。
時が止まったように十秒弱の間を置いて、それは再びミヒトを鋭く睨んだ。
「ここで暮らしてたネズミや鳥をいっぱい食べてやった!」
「ああ、害獸退治してくれてたんだ、ありがと」
「あと、ちっちゃい子を追いかけて脅かしてるし!」
「そういや最近鬼ごっこで遊んでくれるスライムが居るって噂があるな……」
スライムはぐぐっと言葉に詰まり、口篭る。
「ぴぃ……。えーっと……、あ、そうだ!!」
ぷるんと跳ねて口を大きく開き、スライムはキッと顔を上げる。
「人間が育てたお野菜、盗んで食べてやったよ!」
「あっ……、それってもしかして、小屋の横に置いてあったやつか!?」
「うん! 持って帰ってみんなと一個残らず!」
これでどうだとばかりに、スライムは顔の位置を少し上げてえへんと口で言った。
きっと、これは人間で例えると胸を張るポーズになるのだろう。
「それ害獣退治のお礼に置いてあったクズ野菜だから食べてくれていいんだよ」
「ピッ……!」
今度こそスライムは固まり、茫然とする。
「……やっぱりお前、いいスライムじゃないか」
それも抜群に、と呆れたような言葉を聞いて、スライムは涙目で跳ね始める。
「ちっ……違うもん! 悪いスライムだから! がおー!!」
「はいはい、泣かないで……。それで、悪いスライムが一体何の用?」
スライムは何かを思い出したように跳ね、元気良く口を開いた。
「我は魔族に歯向かいし愚かな勇者の芽を潰すために来たのだ! いざ尋常に勝負だ!」
「よくそんな難しい言葉覚えたな、誰かに教わったの?」
一字一句言えたのに戦意を見せないどころか感心すらされ、ショックを受けて後ずさるスライムの前に、草団子を上に乗せた大きめの葉が置かれた。
視線を上げれば、ミヒトがにこにこと様子を伺っている。
「ほら怖くない怖くない。俺も飼ってたことあるんだよな、スライム」
スライムは目の前の団子をじっと見つめ、一気に口に含んだ。
かと思えば、突如ひっくり返ってもがき始める。
「う、うわー! やられたー!! 毒餌とは卑怯なりー!!」
「毒なんて入ってないぞ、それ俺の昼食だし」
スライムは、無言で起きあがった。
「勇者なら毒餌の一つや二つくらい持って歩くものでしょ!?」
「そ、そうだな、ちょっと意識が足りなかっ……いや、なんで俺が怒られてるんだよ! ホント、なんなんだお前さっきから!?」
「だから悪いスライムって言ってるじゃん優しくしないでよ!!」
スライムは歯の無い口を大きく開けて吠えていたが、ふと何かに目を付けた。
困惑するミヒトを余所に、スライムは体を縮めて狙いを定める。
そして、射出される弾丸のように勢いよく飛び跳ねた。
「うわっ!?」
斜め上方向に真っ直ぐ跳んだスライムは空中で減速せず、そのままミヒトの腰に下がっていた、木刀代わりの木の棒に正面衝突した。
「ぎゃー! やーらーれーたー!!」
「どこの当たり屋だお前は!!」
ひっくり返ってこれ見よがしに悶え苦しんだ後、スライムはよろよろと起きあがった。
「だ、大丈夫か……?」
「この私を退けるとは……今日はこのくらいにしといてやるぜ! 覚えているがいい!!」
「せめて口調を統一しろよ!!」
渾身の突っ込みを背に受けながら、スライムは勢いよく草むらに飛び出し、奥に消えていった。
「なんだったんだアイツ……、ん?」
カサリ。軽い物が転がる音を聞いて、足下に目を向ける。
「……なんだ、この紙切れ」
丁寧に丸められ、紐で括られた紙を拾った時。
草むらが、僅かな音を立てて揺れた。
「………」
先のスライムが、草陰に身を潜めじっとこちらを見ている。
「……?」
視線は手元の紙に向けられていて、怪しく思いながらも紐を引き、解いてみる。
そっと紙を開いてみると、スライムは再び奥に消えた。
「……『ひみつのちず』?」
ボロボロの紙切れにはその文字と共に、大きな木や変わった形の岩といった目印や、『ここ』と赤字でマークされた×印が描かれていた。
「きったない字だな……あのスライムが書いたのか? ……いや、そんなまさか……」
紙とペンを渡したところで文字通り手も足も出ないフォルムを思い浮かべ、再び手元に視線を落とす。
(……でも、まあ……)
――行ってみても、いいかな。
何をしても進展しない、陰鬱とした日常。
あの変なスライムに流されてみれば、少しは変化が訪れるかもしれない。
何に対してすらわからない僅かな期待を胸に、スライムが逃げた方角を追った。
その好奇心は、彼の人生を大きく動かすことになる――
キリの良いところまで連続投稿させていただきました。これからは毎日投稿を目指して活動していきたいと思います。もし面白いと思っていただけたら、評価や感想などをいただけますと今後の活動の励みになりますので、是非ともよろしくお願いいたします…!