スーの追跡術
「おかえりなさい」「ピー!」
足取り重く帰ってきた二人をマリオンが出迎え、その足元でスーが上機嫌に跳ねた。
ミヒトは「ただいま」と軽く流し、バツが悪そうにするティナを連れて奥に入る。
マリオンとスーは二人を不思議そうに見ていたが、追及することなく後を追った。
――あの時起きたことを、どう伝えるべきか。
悩みながらミヒトが広場に一歩入ると、サリーが飛びついてきた。
「おかえりなさい! 帰りを今か今かとずーっと待ってたデース!」
「嘘つけ、お前寝てたろ」
寝癖が付いてるぞ、と指摘され、サリーは指摘された箇所に手を当てながら「日の出る時間帯は眠くなるデス……」と気恥ずかしそうに目を反らした。
「そうだサリー、良い物を買ってきたんだ」
背負っていたリュックを正面に回しながらそう言うと、サリーの瞳が輝いた。
「ワタシにお土産デス!?」
「うん、気に入ってもらえると嬉しいんだけど……」
わくわくという擬音でも付きそうな表情でサリーはリュックを開け、一番上に入っていたシルクハットとコートを取り出すと、ぎゅっと抱きかかえた。
「これをワタシのために? 嬉しいデス!」
心の底から嬉しそうな表情を向けられ、ミヒトの顔も綻ぶ。
「ああ。日除けの効果があるらしいんだ。なんでも吸血鬼も着てることがあるらしくて、これなら散歩程度の時間だったらサリーも明るい外を見れると思って」
ミヒトの言葉を聞いていたサリーは、次第に目をうるませ、我慢できないといった様子で身を震わせてミヒトに飛びついた。
「うわっ!? な、なっ……」
驚いて言葉も出ないミヒトの顔を、満面の笑みで見上げる。
「アリガト! とっても嬉しいデス! これからはずっと一緒デス!」
「そ、それはちょっと……」
四六時中彼女と行動を共にしては文字通り寿命が縮まりそうで勘弁願いたいが、サリーは心底幸せそうで、買って良かったと、ミヒトも柔らかな笑みを浮かべる。
サリーはミヒトから離れると、着替えてくると言って上機嫌に自室に戻った。
それを見送ったことで、説明しなければならない逃避していた現実を思い出し、気が重くなる――
やがて、サリーも戻って来た頃、ついにミヒトは事のあらましを語った。
「ほんっとうにすまない! 俺の不注意だ!」
「そんな、あれは私が……」
「喋れないティナを放置してしまった、俺の責任だ!」
庇い合う二人を、マリオンと彼に抱かれたスーが不安そうに視線で追う。
この状況を打破したのは、未だ機嫌のいいサリーのひょんな一言だった。
「大丈夫! 取られたのなら、取り返せばいいだけの話デス!」
どんと無い胸を叩いて、買って貰ったばかりのマントを靡かせ、大きな牙を覗かせながらサリーは得意気に笑った。
「ミヒトに貰った装備があれば私は無敵! 敵も日差しも恐るるに足らずデス!」
意気揚々とレイピアを抜きポーズを取るサリーの勢いに引っ張られるように、マリオンがスーを抱きしめたまま高らかに「僕もご一緒させて頂きます!」と宣言した。
「戦闘経験はあまりありませんが、ここで引いては男が廃ります!」
「よく言ったネーマリオン、偉イ偉イ!」
サリーに小さな兄弟を褒めるように乱暴に頭を撫でられ、「やめてください……」とマリオンは諦めながらも一応といった感じで呟いた。
「熱意は嬉しいけど……、問題は、どうやって犯人の元まで辿り着くかだ」
居場所を探そうにも、何度も強奪現場を目撃していて、なおかつあの町の警備をしている人物でさえ捕らえられないのだから、がむしゃらに探しても到底無理だろう。
ミヒトの論には説得力があり、一同は頭を悩ませる。
「どうにかして、手掛かりの一つでも見つけられたら……」
「ねえねえ!」
「……スー。今真面目なこと考えてるから」
どうせまたくだらないことだろうと、手でしっしっと追い払うような仕草をするミヒトだったが、次のスーの一言で振り向くことになった。
「スー、盗まれた物探せるよ!」
ざわつきの中でも臆さず、スーはほがらかな顔で、ティナの胸に飛び込んだ。
豊満な胸の上にちゃっかり座りながら、スーは大きく口を開く。
「ティナのバック、そのまま持ってったんでしょ? だったらにおいがするはずだもん」
「においって……」
そんな犬みたいなことがスライムに出来るとは思えないが、スーはアホだが無意味な嘘をついたりはしない。……信じがたいが、本当に可能なのかもしれない。
「……わかった。スー、犯人を追跡してくれ」
「あいあいさー!」
***
においが消える前にと、ミヒト達は再び町中にまで戻ってきた。
もう夕暮れだが、サリーは念の為日陰で、マリオンは少し離れた場所で待機する中、スーを抱きかかえたまま歩いていたミヒトが、広場中心にそっとスーを放した。
人に近い外見を持つサリー達とは違い、普通のモンスターではあるものの、野良猫に負けるほど弱く、人慣れもするスライムは特に警戒されることがない。
「おっと、中々賢そうなスライムじゃないか。踏まれないようにな」
時折声を掛けてくる人物も居るが、基本的に好意的なものだ。
それほどまでにスライムが最弱であることに、今は感謝するべきだろう。
「スー、どうだ? わかるか?」
地面にへばりついているスーの隣でしゃがみ、小声で語りかけた途端、スーはバネのように飛び出して、弾みながら勢いよく走り出した。
「スー!? ちょ、ちょっと待てって!」
突然の行動に慌て、バランスを崩しかけながらもミヒトが後を追う。その後ろを、ティナ達が置いて行かれないよう慌てて走り出し、追っていく――
人の隙間を抜け、路地裏を通ったかと思えば、割れた塀の隙間を潜ったりと、めちゃくちゃなルートを通りながら走るスーを、ミヒト達が追いかける。
一応ギリギリ人間でも通れるルートを選んでくれてはいるようだが、どんな隙間も液体のようにするりと抜けていくスーの後を追うのは至難の業だ。
町を離れ、今度は荒れた岩場や大きな岩の隙間を走らされ、へとへとになりながらもなんとか見失うことなく追い続けていた時、ついにスーが足を止めた。
「スー、落ち着け! もっと人が通れる道をだな……」
ぜーぜーと酸素を求め肩を上下させるミヒトの前で、スーはじっと正面を見ている。
無視されたことに少しムッとしながらも、同じ方向を見た。
そこには、今までと変わらない、岩だらけの景色しかない。
(特に足を止めるようなものは見当たらないが……)
首を捻るミヒトの背後から、足音が追い付いてきた。。
「もー、二人ともしっかりするデス!」
振り向けばサリーが呆れながら二人を連れて走って来ているところだった。ティナは手を引かれながらふらついていて、マリオンに至っては首根っこを持たれて宙に浮いている。
「速すぎますよ……僕が魔力でサーチしてなければ見失ってました」
「そんなこと言ったって、スーが飛び出して行っちゃったんだから……」
指さした先からスーの姿が消えている。
「スー?」と少し見回すと、離れた岩の隣で平たくなっているのが発見された。
どうしたのだろうかと近づく一同の前で、スーはドヤ顔で跳ねる。
「見つけたよ! ここ!」
「ここと言ったって……岩場じゃないか」
近くを見ても、遠くを見ても、どこを見渡しても岩、岩、岩……。迷いそうなほど単調な景色の中、サリーが何かを閃いたらしく、ミヒトの前に出た。
「ここ、ということは……、ここデスネ!」
サリーは大岩の端を両手で掴んで力むと、力強い掛け声と共に大岩を転がした。
するとどうだろうか。その岩の下には、ぽっかりと不自然な穴が開いているではないか。
ミヒトがそっと覗き込んでみると結構な深さがあり、反射的に背中が泡立った。
「とりあえず、ロープか何か――」
振り向こうとした瞬間、金色の束がふわりと横を通り過ぎていった。
軽い着地音の後、唖然とするミヒトに穴底から「精々七~八メートルだと思うデス!」と元気な声が上がって来て、ええ、と思わず困惑の声が漏れた。




